日本語のあれこれ日記【69】
[2024/11/13]
このシリーズの記事では、基本的に漢字を使わずに表記することを"かな表記"と読んでいます。
かな表記の文章は、どのように表記すれば読みやすいでしょうか。
いままで、かな表記の文章をいくつか作ってきた経験から、私なりの考えをまとめてみようと思います。
このようなことは、個人ごとに、職場ごとに、業界ごとに、など、いろいろに違ってくるでしょう。
いくつかのポイントが考えられます。代表的なものをリストアップしてみます。
(1) 分かち書きの方法
(2) フォント(ひらがな/カタカナの選択を含む)
(3) 同音異義語など、かな表記ゆえのわかりにくさの対策
(4) ツールの助け
まず、言葉を分ける単位の問題があります。品詞分けと分節分けです。
品詞分けは、品詞ことにスペーサー(ここでは半角の空白文字)を入れるものです。助詞は分け、助動詞はつなぐのが普通でしょう。
分節分けは、大まかには分節ごとにスペーサーを入れます。
(例)
品詞分け 「おじいさん は やま に しばかり に、おばあさん は かわ に せんたく に いきました。」
分節分け 「おじいさんは やまに しばかりに、おばあさんは かわに せんたくに いきました。」
私が住む市で採用されている小学校1年生の国語の教科書は、初めの部分は漢字が使われていません。その部分の書き方は分節分けでした。
ちなみに、ローマ字表記では、品詞分けとするのが普通です。文化庁ののサイトにある「国語施策・日本語教育」のところに「9 ローマ字分ち書きの問題」というページがあり、そこでは おおむね、「単語ごとに分ける、接頭語・接尾語はつなぐ、固有名詞の直後はあける」、などの原則が書かれています。
私のイメージは次のようなものです。
ローマ字表記 「Ojiisan wa yama ni shibakari ni,obaasan wa kawa ni sentaku ni ikimashita.」
なお、この例では、長音は母音をふたつ続けることで表しています。
私の考える"かな表記"では、原則は分節分けで、ただし、いろいろと細かな規則を追加する、ということになります。
では、追加する細かな規則とはどのようなものでしょうか。このシリーズの記事ですでに書いたり、かな書きの例に含まれたりしていますが、ここであらためてまとめておきます。
1. 数
・数は、1~10までは、ひとつ、ふたつ、など、かな書きする("ひとつ"から"とお"まで)。11以上の数、その他小数などはアラビア数字(0, 1, 2, 3, ・・・・, 9の10種類の数字)で、半角文字として書きます。
半角文字と書きましたが、これはあとで触れますが、かな表記と言っても、例外的に漢字を用いることを考えていて、漢字は全角文字と考えており、これに対応して、英数字、英記号は半角と考えているからです。ひらがな、カタカナは全角文字です。
・1枚、2本のように助数詞が付く場合には、助数詞をハイフン(-)でつなぐ。また数は、1桁の整数は全角数字、2桁以上の整数や少数など2個以上の数字で表すときは半角で表す。
5-まい、20-かしょ。
・日付け、時刻は次のようにする
2024-ねん 8-がつ 3か 9-じ 15-ふん、へいせい-6-ねん
ひ-にちは、ついたちからとおかまでは、このように"かな書き"とする。なお、ふつか以降は「2-か、3-か・・・・10-か」でもよい。11-にち以後は2桁の数字と"-にち"をつなぐ。14日、24日は通常は"じゅうよっか"、"にじゅうよっか"と発音されるので、"14-か"、"24-か"とする。また、20日は通常は"はつか"と発音されるので、"はつか"とし、"20-か"でもよいものとする。
2. 複合語
・複合語は、独立した言葉がつながれるときにはハイフン(‐)で結び、独立した言葉ではない接頭語、接尾語は半角の中黒(・)で結ぶ。
せっきょく・てき(積極的)"、とうかいどう-53・つぎ(東海道53次)、とうきょう-とぎかい-ぎいん、ちば-けん うらやす-し まいはま
・複合語でも切れ目が曖昧な場合、切ったときに独立語が残る切り方を採用する。ただし、わかりやすさを優先して分ける。
"栃木県立図書館"は、栃木-県立-図書館では"県立"が独立語に近い。栃木県-立-図書館は、"栃木県"がひとつになって具合いがいいが、"立"が独立語とは言えないので、前者を採る。
・五六枚(ごろくまい)、二三百(にさんびゃく)などについては、5,6-まい、2,3-びゃくのように表す。二三百については、意味の上からは2~3-びゃくでもよさそうだが、これは 2~300という意味にもとれるので採用しない
3. 1音語
・"し(詩)"、"市"、"ひ(火)"、"て(手)"など1音で単語となる言葉は、必ず、前後にスペーサーで挟むか、引用符で挟む
「たんか と し を おさめた ほんを よむ」。「この'し'に ひっこして きたので まず し-やくしょに いった」。「かじかんだ て を たきびの ひ に かざす」
ペースとなる文字種としてひらがなを使うか、カタカナを使うかは、大きな分かれ目です。
私は、ひらがなを使うこととしています。そのために、"かな表記"と書いています。
理由は、以下のようなものです。
(a) カタカナは直線的、ひらがなは曲線的で、曲線を使った方が、文字の形のバリエーションが増え、文字の区別がしやすいこと。
英字では、a, c, e, o などの小さくて丸い形を基本形という言い方をすると、基本形を上に延ばした b, d, h、基本形を下に延ばした g, p, q、基本形の直線型の i, x, z、横に細長い m, w など、いくつかの形の上での違いがはっきりしています。
(b) プロポーショナル・フォントにすることにより、文字の形の違いを、より明らかにできる
日本古典文学作品の影印本を見ると、書き手のセンスによって違ってくるのでしょうが、ひらがなの大きさ、形は文字によって大きく異なります。'き'が思い切って縦長であったり、'の'が形としては正方形に近いものの、サイズが大きかったりします。これらは縦書きですので、横書きに適応したフォントの開発が必要です。
(c) 外来語をカタカナとして区別する方法が、現在の漢字かな交じり表記と連続性が良い。カタカナをペースにすると、外来語をひらがな表記することになり、漢字かな交じり表記から移行するときに、飛躍が大きい。
上に上げたひらがなの特長は、実際にフォントを開発して、効果を確認したいところですが、私にとって、フォントの開発は技術的に難しいのがネックになっています。
フォント開発の上で、必要なことについて、現在思っていることを書いておきます。
・縦長の文字、横長の文字など、文字ごとに異なる形を積極的に取り込む(プロポーショナル・フォントであることが前提です)。
・濁音、半濁音がはっきり区別できるような形にする。(現在の世の中のフォントでは、たとえば、"ば" と "ぱ" の区別がわかりにくいと感じています。)
・"へ"、"り"は、現在のフォントではカタカナとひらがなの区別がわかりにくいなので、これを改善する。
わかりにくい例としては、同音異義語がその典型でしょう。
たとえば、このシリーズの記事の中に、"市展"という言葉が出てきました。"市展"と書けば問題無いのですが、かな書きで、いきなり"してん"と言う表記がでてきたら理解に苦しみます。「○○-しが しゅさいする てんらんかい」などとするのがいいでしょう。
このように、言葉を補う方法でかなりの部分が対処できると思います。ただし文字数は増えます。
個人名は、有名人であれば大体は見当が付きます。あおぞら文庫の作家リストをみてそのように感じました。また、外国人の名前はカタカナで表記しますから、これは漢字かな交じりの表記と同じです。
有名人でない人の場合、どうしようもありません。
私は、現在のところ、人名と地名は漢字を残すことを考えています。人名については、いままで、当用漢字制定後、なんども人名用漢字の追加が行われてきました。
たとえば"あきら"に対応する漢字が129文字あると言うことを以前の記事で書いているように、日本人における人名の漢字へのこだわりは非常に強いようです。また、地名も、戸籍、不動産登記など、漢字は残るのではないかと思っています。このあたりはもっと詰める必要があります。
このほか、漢字表記ではさほど問題ないのに、かな表記では問題になる場合があります。たとえば、"五十歩百歩"という言葉は、歴史的には"ごじっぽ-ひゃっぽ"が正しいのですが、かなりの頻度で"ごじゅっぽ-ひゃっぽ"と発音されます。地名では、○○町は"まち"なのか"ちょう"なのか、一意にはきめるのが困難です。
開高健という小説家は、"かいこう-けん"と"かいこう-たけし"の2種類の読みが使われています。
このような例を数え上げると、きりがありません。
かな表記を支援するツールが必要です。
スペーサーの入力が頻発するので、当然ながら、ブランク・キーは半角スペース(スペーサー)になリます。
ハイフン('-')、中黒('・')の簡単な入力方法が必要です。
文が1行に収まらないで先の行につづくことを、正しい言葉を知らないので、こことでは行送りと表記します。日本語の文章では、漢字かな交じり文では、行送りの位置に関して、句読点以外では制限がありません(細部においては種々の制限があります)が、かな表記の文章では、英文のように、スペーサーなどの区切り文字のところで切って次の行につづける、すなわち行送りすることが重要です。
このような規則は、英文ではふつうに処理されているので、実現は難しくないでしょう。
ワープロ・ソフト、ブラウザー・ソフトなどは、この行送りの機能をサポートする必要があります。これは英文では実装済みですから、技術的にはむずかくはないでしょう。
ひらがな・カタカナの切り替えは必要です。カタカナは外国の地名、人名の表記に使います。漢字は原則として使いませんから、中国の地名、人名もカタカナ書きになります。
例を示します。
・漢字かな交じり表記 ・・・・「釈迦、孔子、ソクラテス、キリストは、四聖人と 呼ばれています」
・想定しているかな表記・・・・「シャカ、コウシ、ソクラテス、キリストは、4-せいじんと よばれています」
釈迦の場合は、シャカとかゴータマ・シッダールタなどと、カタカナで書くケースもあり、大きな違和感はありませんが、孔子のことを漢字を使わずに書いている例は、読みがなとして"こうし"と書くケースはあっても他にはなく、ピンと来ません。
ただし、「シャカ、コウシ」と書くと、「釈迦も孔子も外国人なんだ」、と、思いを新たにさせられるという側面もあるでしょう。
昔、ドイツの詩人・小説家のゲーテを、英語での綴りが"Goethe"であることから、"ギョエテ"と書いていた時代があり、「ギョエテとは、俺のことかとゲーテ言い」という川柳があったそうです。
これをもじって、「"コウシ"とは、俺のことかと孔子言い」などと言われそうです。
中国の地名をカタカナで書くことについては、私には思い出があります。
小学校の上級生だった頃、地図帳を眺めるのが好きでした。その当時、中国の地名はカタカナで表記されていました。「中国といえども外国であり、カタカナ表記すべき」、という気運があったのではないかと思っています。
チョンチン(重慶)、ターリエン(大連)、シーアン(西安)、カオシュン(台湾の高雄)などをなんども眺めて憶えていました。ペキン、シャンハイ、ホンコン、タイペイなどは今でもこのように表記する場合があります。
漢字が併記されていたかどうかは、定かではありません。
実は、この記事を書いていて、「昔おぼえた中国の地名で、どんなものがあったかな」と、記憶をたどっていて、"カオシュン"を思い出しましたが、それがどこの市なのか分らず、ネットで"カオシュン"を検索して台湾の高雄であることを思い出したのです。60年前の記憶がもどったわけです。
また、今回のコロナ騒動で、最初の発見他として"武漢"が取りざたされていて、ニュースを読むアナウンサーは"ブカン"といっていたことに違和感を感じていました。私にとっては"武漢"は"ウーハン"と憶えていたのです。
こういうところを見ると、要は"慣れ"なんだな、と実感します。子どもの頃から触れていれば、"チョンチン"でも"ウーハン"でも違和感はないのです。はじめから"シャカ"、"コウシ"という表記に接していれば、なにも問題はないのだろうと思います。
問題は、このような"慣れ"が行き渡るのに数十年、あるいは100年もかかるということでしょう。そして、その移行期間を日本人はどのように過ごせばいいのか、解決方法が私にはわかりません。
さらに、移行期間がおわっても、さまざまな問題がわき出て、それを、じみちに、解決し、さらに、現在、図書館にあるようなさまざま書物、また裁判の判例、国や地方自治体の法令、大学などの研究論文などが蓄積されて、ようやく実用になるのです。
このような事を考えると、現在の漢字仮名交じり表記から、かな表記に切り替える、などと言うことは、実現性は全く無いと言っていいくらいです。
では、私がこのシリーズの記事を書く意味は何か、と言うと、かな表記でも"かなりいける"という感触があるからです。
漢字が伝わった1500年、あるいは2,000年ほど前、日本の近くにあったのが、表意文字である漢字を使っていた中国ではなく、表音文字を使っていた国であったとしたら、日本人は、きっと、日本語に合った文字を創造していたでしょう。
日本人は、表音文字を参考に、50音図に近いような独自の文字体系を作り出したか、あるいは現在のローマ字表記のように、子音と母音を組み合わせるか、どうなっていたかは分りませんが、100文字ていどの文字数で足りる文字文化を作り上げていたでしょう。
これは、2,000文字とか3,000文字とかの文字数が日常の生活で必要になる"漢字かな"による文字文化とは様相がかなり違います。
漢字のおかげで、非常に多様な言葉、つまり具体的な事物から抽象的な概念までを表記できるようになったのは事実です。
では、表音文字を導入していたら、このような事はできなかったのか、というと、どのように、ということは分りませんが、日本人なら、具体的な事物から抽象的な概念まで、必要な言葉は作り上げていたと思うのです。
この、空想上の世界に近づきたいのです。