日本語のあれこれ日記【70】

日本語と漢字―その16―分かち書きでの引用の助詞"と"の帰属

[2024/11/16]


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引用の助詞"と"

かな表記において、分かち書きをするとき、引用の助詞"と"について、なんども迷い、なかなか納得できませんでした。

「・・・・と思う」、とか、「・・・・と言う」、などの"と"です。

分かち書きの方法として、分節分けを用いることにして、今まで、かな表記をしてきました。

"と"は助詞なので、その直前の言葉につける、というのが原則だと思います。

ですが、「彼が犯人だと思ったが違っていた」という場合、どうもすっきりしません。

(a)「かれが はんにんだと おもったが ちがっていた。」

(b)「かれが はんにんだ とおもったが ちがっていた。」

私には、(b)の方が自然に感じられます。次のように書き換えると、よりはっきりします。

(c)「かれが はんにんだ」と おもったが ちがっていた。

(d)「かれが はんにんだ」 とおもったが ちがっていた。

別の例で考えて見ます。「少年は『オオカミがきたぞ』というと、すぐに走っていった。」という文章です。

(e)しょうねんは 「オオカミが きたぞ」と いうと、すぐに はしっていった。

(f)しょうねんは 「オオカミが きたぞ」 というと、すぐに はしっていった。

確かに、微妙な違いです。

古今和歌集 204番歌

古今和歌集 204番の歌は次のような内容です。

ひぐらしの鳴きつるなへに日は暮れぬと思ふは山の陰にぞありける

第三句から第四句にかけての「日は暮れぬと思ふは山の」の"と"が、第三句の最後の音(おん)なのか、第四句の先頭の音なのか、という問題です。

つまり、「日は暮れぬと 思ふは山の」なのか、「日は暮れぬ と思ふは山の」なのか、という問題です。

和歌は何より、声を出して読むものですから、切れ目の位置は声を出す上で重要です。

よく知られていると思われる文献から5件(備考1)を調べてみると、第三句の末尾とするのは1件、第四句の先頭とするのは4件と、大きく偏っていました。

結果は以下でした。

・第三句の末尾・・・・八代集総索引-新日本古典文学大系別巻

・第四句の先頭・・・・新版 古今和歌集 角川ソフィア文庫、古今和歌集-日本古典文學大系、古今和歌集-新日本古典文学大系、古今和歌集-新編日本古典文学全集

上記にあげた文献を以下では次のように略称します。

八代集総索引、角川ソフィア文庫、文學体系、新文学体系、新編全集。

それぞれの記載内容は以下の通りです。

八代集総索引・・・・「ひはくれぬと」と「おもふはやまの」を立項している。助詞"と"ではじまる句は取り上げられていないと思われる。

角川ソフィア文庫・・・・この歌の脚注に、「○と 三句の字余りではなく、四句の句頭」とはっきり書かれている。

文學大系・・・・この歌の頭注に、「と思ふは―この「と」のあり方には、注意される」とある。本文を見ると、「日は暮れぬ と思ふは」という表記で、"と"のまえに空白がある。この空白について、巻頭の凡例の最後に、「全体的に二句切れ、三句切れのとき、それぞれの切れ目に空白をいれてある」と書かれている。したがって、編者は、第三句が「日は暮れぬ」、第四句が「と思ふは山の」としていることになる。

新文学体系・・・・この歌の脚注に、「日は暮れぬの仮名(かな)にてよみ切りて、との字を下の句につけてよむなり(延五記)。」と、注釈書を引用している。延五記とは、巻末の古今和歌集注釈書によると、古今集延五記という注釈書で、成立は延徳4年(1492年)とある。また、本書には現代語訳が書かれており、第三句から第四句にかけての部分は、「日が暮れてしまう、と思ったのは」と、延五記の記述に沿った表記になっている。

新編全集・・・・この歌の頭注に、「『と』は第四句の句頭にあるものだろう」と書かれている。また現代語訳では、第三句から第四句にかけての部分は、「日が暮れたな、と思ったのは」とあり、頭注と共通の区切り方である。

このように、多くが、「・・・・、と思う」という切り方を採用しています。


この句の切り方には、別の側面があります。字余りです。

"と"を第3句の末尾に付けると、第3句は"ひはくれぬと"と6音で字余りに、第4句は7音となります。

"と"を第4句の先頭に付けると、第3句は"ひはくれぬ"と5音に、第4句は"とおもふはやまの"と8音です。しかし、句頭を除く位置の母音はカウントにいれなくてもよい、という傾向があり(*)、その場合は、6音、8音でも、それぞれ5音、7音として扱われ、この204番歌について字余りは生じません。

(*) 下に引用する論文「平安和歌における字余り歌 ・・・・」で、この点の議論を知ることができます。その中では、句頭以外の位置に母音があって字余りになるものを第一種字余り、それ以外の字余りを第二種字余りと呼んで区別しているが、第一種字余りは"字余りではない"ように取り扱われてきた傾向があり、私の記事では字余りではない、としています。

この点からも、"と"は第4句の先頭に付けるという考えに傾きます。というのは、古今集において、この句頭以外の位置の母音の例外的数え方を除くと、まったくといっていいくらいに、字余りの句を含む歌がないのです。

この字余りに関する論文として、「平安和歌における字余り歌 : 『古今集』時代から『千載集』時代まで」という論文があり、このリンク先のページから論文内容を読むことができます。

この論文を読むと、この歌の"と"の帰属に関して、字余りと絡めた説があり、昔から、"と"の帰属について、問題視されてきたことがうかがえます。

そして、そのなかに、佐竹昭廣氏による文章が引用されています。

一体、引用句を示す「と」助詞は「―と」と云ふ形から分離独立して「と―」なる形になる性質があるのである。

孫引きで気が引けるのですが、「『と―』なる形になる性質がある」と言う部分に強く共感します。「と思う」のように、引用の助詞"と"と、それに続く動詞は、特に強い結びつきがあるように思われます。

他の助詞ではこうはなりません。「野球場がある東京に行く」、「大阪めざして西へ歩き出した」の場合は、「・・・・、に行く」、「・・・・、へ歩き出した」のような切り方はできません。

引用の"と"では、その前にひとつのまとまりのある文章が来ます。「日が暮れた、と思ったのは」のように、「日が暮れた」で文が一旦完結してしまうので、その位置で切れ目ができるのだろうと思います

そのほかの例

(1)童謡 汽車 の歌詞

「今は山中(やまなか) 今は浜/今は鉄橋渡るぞと/思う間も無く、トンネルの」であり、「・・・・と」+「思う」の形になっています。これは、「思う間もなく」というように、"思う"が次の名詞"間"にかかり、さらに"もなく"と続いていくので、"思う"の前の位置で切れるのでしょう。

(2) 倒置法の場合

その男は叫んだ、「犯人はあいつだ」と。

この場合、"と"がなくてもおおむね変わりはありませんが、"と"を付けるなら、「その男は叫んだ」に付けることはできません。引用文+"と"の形になります。

(3) "と"のあとの動詞が長いときや、動詞の前に副詞句などの言葉が入る場合、引用文+"と"になることが多い。

「Aの案を採用すべきと、結論づけた。」この場合、「A案を採用すべき、と結論づけた。」では違和感が残ります。また、「Aの案を採用すべきと、悩んだ末に言った。」に対しては、「Aの案を採用すべき、と悩んだ末に言った。」はやや難があります。

(4) 本サイトでの例

a) 「翻訳の違いの影響―自省録 その4 英語訳との比較」での例

君は"あの世"でこのように暮らしたい、と思うような生活をこの世で送ることができる。

"と"を前付けして、「君は"あの世"でこのように暮らしたいと、思うような生活をこの世で送ることができる。」としても良いような気がします。微妙なところですね。

(b) 「日本語のあれこれ日記【55】日本語と漢字」から始まるこのシリーズの記事での例

「このように書けばよいのだ、と思ったのです。」「そんなことはないのではないか、と思うのです。」のように、単純に「・・・・、と思います」ではないことが多いようです。

「・・・・、と思うようになりました。」、「・・・・、と思ってのことです。」などです。

"と"の前で切れない形、つまり「特長がよく現われていると思います」、「可能性があると思われます」のように、単に「・・・・と思います」、「・・・・と思われます。」のような例は沢山あります。


これらは、私が感じるままに書いたものなので、ブレはありますが、おおむねひとつの傾向があります。

「・・・・と思います」、「・・・・と思われます。」のような、単純に言い切るときは、"と"の前で切らない。

「・・・・、と思ったのです。」、「・・・・、と思ってのことです。」のように、"と"に続く部分が長めのとは、"と"の前で切る。

まとめ

引用の助詞"と"の帰属について、ある程度の傾向は出てきましたが、明確な結論は出ませんでした。

これからも、悩みながら、場面に応じて、使い分けていくことになるのでしょう。

備考1

久保田淳監修 八代集総索引 新日本古典文学大系別巻 岩波書店 1995年1月 第1刷発行
高田祐彦訳注 新版古今和歌集 現代語訳付き 角川ソフィア文庫 角川学芸出版 平成21年6月 初版発行
佐伯梅友校注 古今和歌集 日本古典文學体系 8 岩波書店 昭和50年8月 初版第18刷発行
小島憲之・新井栄蔵校注 古今和歌集 新日本古典文学体系 岩波書店 1998年5月 第2刷発行
小沢正夫・松田成穂校注・訳 古今和歌集 新編日本む古典文学全集 11 小学館 2004年5月 第1版第4刷発行



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