日本語のあれこれ日記【18】

原始日本語の手がかりを探る[9]―原始日本語から古語までの変化

[2017/7/27]


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活用形の整理

このシリーズの第4回の記事で、動詞の活用形について原始的なものと想定してもそれほどおかしくはない、というものを考えていました。

この書き方が回りくどいのは、根拠があまりに少ないないことを書こうとしているからです。

根拠はとても薄いのです。文字がない時代のことなので、確かな根拠はないと思うので、想像をたくましくして、というやり方を採りたいと思います。

第3回の記事の表5と表8を再度引用します。

元の表5をここでは表1として引用します。各活用の種類ごとに、変化する部分を抜き出したものです。ただし元の表8に合わせるために列を入れ替えています。

表 1

活用の種類 四段 ナ行変格 上一段 上二段 下一段 下二段 カ行変格 サ行変格 ラ行変格
語の例 読む 往ぬ 見る 起く 蹴る 得(う) 来(く) 為(す) あり
未然 a a i i e e o e a
連用 i i i i e e i i i
終止 u u iru u eru u u u i
連体 u uru iru uru eru uru uru uru u
已然 e ure ire ure ere ure ure ure e

"a, i, u, e, o"が使われていますが、一部に"ir, er, ur"が付いたところがあります。それらの文字を除いたものが元の表8で、ここでは表2として引用します。

先頭行の前に、"原始活用の種類"という1行を追加しました。

終止・連体・已然系はすべて"u-u-e"というパターンで、未然・連用形は"ai, ii, ee, oi, ei"の5種類あります。そこで、原始ai正調とか、原始ii正調などと名付けました。このことは表3の後でもう少し詳しく触れます

なお"正調"とは、民謡で"正調○○節"といいますが、その"正調"です。

表 2

原始活用の種類 原始ai正調 原始ii正調 原始ee正調 原始oi正調 原始ei正調 ラ行変格
古語活用の種類 四段 ナ行変格 上一段 上二段 下一段 下二段 カ行変格 サ行変格 ラ行変格
語の例 読む 往ぬ 見る 起く 蹴る 得(う) 来(く) 為(す) あり
未然 a a i i e e o e a
連用 i i i i e e i i i
終止 u u u u u u u u i
連体 u u u u u u u u u
已然 e e e e e e e e e

原始日本語の活用表のイメージを明確にするために、原始活用の種類ごとに整理すると、次のようになります。

これが現在私が想定する原始日本語の活用表です。

表 3

原始活用の種類 原始ai正調 原始ii正調 原始ee正調 原始oi正調 原始ei正調 ラ行変格
語の例 読む・往ぬ 見る・起く 蹴る・得(う) 来(く) 為(す) あり
未然 a i e o e a
連用 i i e i i i
終止 u u u u u i
連体 u u u u u u
已然 e e e e e e

ラ行変格の終止形を表3では"u"と書いていましたが"i"の間違いですので修正しました。 [2017.7.31]

まずいえることは、終止/連体/已然形はラ変活用を除くと"u-u-e"で統一されていることです。

次に、未然/連用形では、五つのパターンがあり、"a-i"、"i-i"、"e-e"、"o-i"、"e-i"です。

"o-i"と"e-i"は古語ではそれぞれカ行変格、サ行変格活用ですから、対象動詞は極く少ないといえます。例外的と言っていいのかはまだ分からず、正調としていいのか、変格として扱うのかは決めかねますので、ひとまず正調として扱うことにします。

未然/連用形のパターンと古語での活用の種類の対応を示せば次のようになります。

"a・i…"四段・ナ行変格・ラ行変格

"i・i"…上一段・上二段

"e・e"…下一段・下二段

"e・i"…サ行変格

"o・i"…カ行変格

原始日本語での活用形

原始日本語での活用形として表3を考え、これに、何らかの作用が加わって、表1のような古語(おおむね平安時代)の活用に変化した、と考えます。単に仮定するだけです。

「何らかの作用」とは何でしょうか。まだ分かりません。考えつくものとしては、言語体系の異なる人種、あるいは多数の移民がはいって来て、言語体系が変化した、というようなところでしょう。

このときの「言語体系の異なる人種、あるいは多数の移民」は文字は持ち込まなかったようです。というのは、このときに文字が同時に入っていれば、言語体系が変化する途中の痕跡がもっとたくさん文字として残っていたはずでしょう。言語体系が変化するのは時間が掛かるでしょうから。

原始日本語に加えられた作用

「何らかの作用」とは何でしょうか。

上に掲げた表1と表2を見比べると、変化しない語幹(子音で終わる)とその次の変化する部分(母音で始まる)の間にr音が入り込んでいるように見えます。

私はそれが「"r"音の追加」ではないか、と考えます

その場合、二つのことが問題になります。日本語ですから、音は母音一つ、又は子音+母音という単位を取ります。従って「"r"音の挿入」とすると、語幹(子音で終わる)の後であれば、"母音+r"として挿入されるのでしょう。

つまり、挿入されるr音は"母音+r"という形をとることになります。

この挿入位置について考えてみると、確かに妥当だと思うのです。

動詞の最後の文字(母音ですが)は、次に続く体言や用言によって変化します。それがまさに活用ということです。

たとえば"書く"という動詞の場合は、否定の"ず"が続く時には、は"kak-a-zu"となり、係り助詞の"て"が続く時には"kak-i-te"となります。

動詞の末尾に"r"音を追加すると、そのr音が次に続く体言や用言によって変化しないと、それまでの活用による音感が変わってしまう。あまりに大きな変化になってしまいます。

かといって語の先頭に付けると、あまりに画一的な変化で、嫌われそうです。

ただし、大きな問題があります。

ここではローマ字表記しているために、語幹部分(子音で終わる)と変化する部分(母音で始まる)を分けて考えることはわかりやすいですが、本来は一つの音は"子音+母音"で構成されます。

"見る"という場合、終止形を"m-u"、つまり"む"を想定しているのですが、これはあくまでも"む"という音です。これに対し、"m"と"u"を分離してその間に"ir"を挿入して"miru(見る)"というように変化させるのは、ローマ字表記をしていなければ無理がある、という感じがします。

このような困難な点があることを踏まえた上で、話を進めます。

「"r"音の追加」は"母音+r"という形になる、と上で書きました。

r音の挿入の仕方

表1を眺めると、次のようなことに気づきます。

(1)四段活用とラ行変格活用にはr音は挿入されなかった。

(2)上二段・下二段・ナ行変格・カ行変格・サ行変格活用では、終止・連体形に"ur"が挿入されている。

(3)上一段・下一段活用では、終止・連体・已然系に、上一段活用では"ir"、下一段活用では"er"が挿入されている。

(4)サ行変格活用では已然形にのみ"ur"が挿入されている。

これについて、私は、次のように考えます。

(1)標準として、原始活用形において、"ur"が連体・已然形に挿入される。

(2)未然・連用形が原始ii正調では"i-i"、原始ee正調では"e-e"であり、その音の影響を受けて、一部の動詞において"ur"ではなく"ir"、"er"が挿入されることになった。この場合、連体・已然形にだけ"ir"、"er"を挿入すると、語幹の次の母音は終止形だけが"u"でほかは全部"i"または"e"となり、終止形だけが特異な形になるので、終止形に対しても"ir"、"er"が挿入された。

(3)上記の"ir"、"er"の挿入とならなかった動詞は、"ur"挿入のままだった。この結果、原始ii正調は古語において上一段活用("ir"挿入動詞)、上二段活用("ur"挿入動詞)の二つに分離し、原始ee正調は古語において下一段活用("er"挿入動詞)、下二段活用("ur"挿入動詞)の二つに分離した。

(4)上記において、どの動詞が"ir"、"er"の挿入となり、どの動詞が"ur"の挿入になるかの判別条件は不明である。

(5)サ行変格活用は已然形のみに"ur"が挿入されたが、その理由は不明である。

r音の挿入の仕方の多様性

どうしてこのように、r音の挿入の仕方に統一性がないのでしょうか。

上記で、「言語体系の異なる人種、あるいは多数の移民がはいって来て、言語体系が変化した」と書きました。

私は、根拠はないのですが、言語体系が異なる二つの言語が衝突・融合する時の、勢力のバランスではないか、という感覚を強く感じます。

原始日本語に対し、別の言語体系から"r音の挿入"という圧力が掛かり、どこまでそれを許すか、という点で戦闘・交渉が行われ、あるところで妥協が成立した、というものです。

以下では、戦闘・交渉・妥協の結果を大まかに想像して書いてみます。なお、今まで同様に、ラ行変格は終止形が唯一ウ段ではないという特異さがあるので除外して考えます。

(1)未然・連用形が"ai"である原始ai正調型の動詞ですが、これは最も強固なもので、「"r"音の侵入圧力」に対して頑固に耐えた。ただし唯一、"往ぬ"、"死ぬ"の2語を犠牲に捧げて「"r"音の侵入」を許し、その代わりに、残りのすべての原始ai正調動詞は「"r"音の侵入」を受けないですんだ。

(2)ほかの動詞は、連体・已然系まで「"ur"の侵入」を許す、ということで妥協が図られた。

(3)「"ur"の侵入」を認めると、原始ii正調、原始ee正調では、活用部分が"i-i-u-uru-ure"、"e-e-u-uru-ure"となり、活用形の差異が従来と同様に目立たない。"i-i"、"e-e"という特徴的なところをもう少し強調すべき、という考え方が出てきて、その対策として、"ir"、"er"を挿入する考えが出てきた。また、すでに述べた理由で、終止形まで"ir"、"er"を進出させた。

表3の原始日本語活用では、各活用の種類間の差異が目立たない、特に終止・連体・已然形は同じなのでとくにわかりにくい、という考えがもともとあった、ということを想定してもいいように思います。つまり"r音の侵入"という外からの圧力が加わる前から、各活用形の間で終止・連体・已然形の区別をもう少し明確にしたいという内的な欲求があった、という考えです。

最後に

ずいぶん恣意的に解釈した、という感を強くします。「ここまで来ると"妄想"ですね。でも、ひょっとしてこの中から何か役に立つことが見つかるかもしれません。」と以前の記事でも書きました。変わりはありませんね。

さらに

想像力をたくましくして"さらに"続けていくと、活用形は"a-i-u-u-e"がもっともオリジナルな形で、そのバリエーションとして、未然・連用形が"i-i""e-e""o-i""e-e"という活用の種類が発生した、ということを思いつきます。


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