日本語のあれこれ日記【17】

原始日本語の手がかりを探る[8]―助動詞"る・らる"と"す・さす"の各使い分け

[2017/7/27]


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"る・らる"と"す・さす"の各使い分け

前回の記事で、助動詞"る・らる"の使い分け、"す・さす"の各使い分けについて考え出しました。

今回は、そのことをもう少し詳細に検討します。

助動詞は動詞とのつながりが重要ですので、繰り返しになりますが、前回の記事と同様に動詞の活用表と助動詞"る・らる"の活用表を最初に出しておきます。

表 1

活用の種類 四段 ラ行変格 ナ行変格 上一段 上二段 下一段 下二段 カ行変格 サ行変格
語の例 読む あり 往ぬ 見る 起く 蹴る 得(う) 来(く) 為(す)
未然 yom a zu ar a zu in a zu m i zu ok i zu k e zu φ e zu k o zu s e zu
連用 yom i te ar i te in i te m i te ok i te k e te φ e te k i te s i te
終止 yom u ar i in u m iru ok u k eru φ u k u s u
連体 yom u toki ar u toki in uru toki m iru toki ok uru toki k eru toki φ uru toki k uru toki s uru toki
已然 yom e do ar e do in ure do m ire do ok ure do k ere do φ ure do k ure do s ure do

表 2

助動詞 らる
未然形 られ
連用形 られ
終止形 らる
連体形 るる らるる
已然形 るれ らるれ

表 3

助動詞 らる
未然形 re rare
連用形 re rare
終止形 ru raru
連体形 ruru raruru
已然形 rure rarure

"る・らる"を使い分ける理由

使い分けとしては、"る"は四段活用、ナ変ラ変活用の未然形に接続し、それ以外の動詞では"る"の前に"ら"を挿入した"らる"が未然形に接続する、ということでした。

ここまでは前回の記事に書きました。

問題は、なぜ"る"は四段活用、ナ変ラ変活用の未然形から接続し、"らる"はそれ以外の活用形の未然形から接続するのか、ということです。

r+[e-e-u-uru-ure]という"る"の活用形に対し、"r"の前にさらに"ra"を付けてrar+[e-e-u-uru-ure]という活用形を持ち出すのか。

前回の記事では、四段活用、ナ変・ラ変活用の動詞に"らる"を接続させると、"a-rar"、つまり"arar"と2回繰り返すパターンが発生します。この繰り返しを避ける必要が感じられて、"らる"ではなく"る"となった、という可能性が考えられる、というところで終わっています。

"arar"と2回繰り返すパターンは本当に"避けるべき"音なのでしょうか。

このシリーズの最初の記事で、調査対象は古今集をベースにする、と書きました。

そこで"arar"という音のパターンを古今集でチェックすることにしました。

ローマ字表記の古今集

"arar"という音のパターンは直接的にかな文字と対応しません。よって、ローマ字表記の古今集のテキストが必要になります。

私は少し前に、古今集の字余りについて調査していたことがあり、そのときに仮名書きの古今集のテキストを作っていました。これは、かな漢字表記の古今集のテキストに対して、漢字をかなに書き換えたものです。

このテキストは、各歌を句ごとに分け、それぞれに歌番号と句番号を表す符号(a, b, c, など)を付けた物です。

これを今回は、ローマ字表記に変えて使用しました。次のような内容です。

0002a そでひちて sodehitite
0002b むすびしみずの musubisimizuno
0002c こほれるを kohoreruwo
0002d はるたつけふの harutatukehuno
0002e かぜやとくらむ kazeyatokuramu

合計5736行(つまり5736句)のテキスト情報です。

なお、今回は"arar"と2回繰り返すパターンは古今集では避けられたのか、ということが主テーマですから、チェックするテキストは句ごとに分離されていて支障はありません。歌を読む時には句の区切りでは切れ目が生じますから、句の終わりが"a"で、次の句の先頭が"rar"て始まる場合、"arar"のパターンを避ける、という時にはその対象にはなりません。もっともこの場合、次の句というものは"ら(ra)"で始まることになりますが、句の先頭がラ行のものはないことをすでに確認しています。(原始日本語の手がかりを探る[2]―ラ行の5文字の不思議)

このテキスト情報の信頼性については不安があります。次のような作成過程を経ているからです。

(1)仮名書きの古今集のテキスト(著作権フリーな物)をネット上で見つけました。これの正確さは不明です。

(2)漢字を手作業で仮名に変えました。漢字の読みは振り仮名を参照し、振り仮名がない時には古今集の全句索引で確認しました。

振り仮名は、高田佑彦訳注 新版古今和歌集 現代語訳付き 角川学芸出版 平成21年6月

全句索引は、片桐洋一訳注 原文&現代語訳シリーズ 古今和歌集 笠間書院 2009年4月

(3)かな表記のテキストを一文字ずつローマ字に変換しました。これはExcelの組み込み関数を使って自動的に変換しました。

このような手順で作成したローマ字表記の古今集のテキストで、正確さの点では不安が残ります。

本当は、仮名書きの古今集のテキストが著作権フリーとして公開されていればいいのですが。

古今集のような日本文学の古典的な作品は、国家事業としてテキストを作成・公開すべきではないかと思います。細かなことを言うと、伝本の問題とか、漢字表記の問題とかいろいろあると思いますが、代表的な一つの伝本に対して行えば、大いに役立つでしょう。

"arar"のパターンの検索

それではローマ字表記の古今集テキストで"arar"のパターンを検索してみます。二首ありました。

1005n あられみだれて -araremidarete

1077b あられふるらし -ararehururasi

1005nとは、1005番歌のn番目の句、ということです。1005番歌は長歌で、"n"ですからその14番目の句ということです。

1077bとは、1077番歌の2番目の句、ということです。

"あ"のところをローマ字では"-a"としていますが、これはローマ字表記の時に五つの母音はローマ字では各1文字で、ほかの仮名文字がローマ字で2文字になることから"-a"としたものです。特別な意図はありません。

"arar"というパターンは二つの歌のどちらも"霰(あられ)"です。

ちなみに、高田・新版古今和歌集では、1005番歌では漢字(振り仮名付き)で、1077番歌では仮名表記、片桐・古今和歌集ではどちらも漢字(振り仮名なし)です。角川・新編国歌大観ではどちらも仮名表記です。

"arar"のパターンの検索結果の検討

"arar"というパターンは、二首ともに句頭にありました。四段活用、ナ変ラ変活用の未然形に相当するかというと、なりません。かりに四段活用で"う"という動詞があり、"あ-い-う-う-え"と活用するのであれば対象となりますが、そのような動詞はありません。

"arar"に似たパターンの検索

"arar"に似たパターンはどうでしょうか。たとえば"rar"が避けられた、などという場合です。

"rar"は"らる"という助動詞として頻繁に使われますから、これが避けられたのではないことは確かです。

"ara"はよく使われていて、避けられたということはあり得ません。

結論として、"arar"というパターンは古今集では句頭を除くと見つからない、という結果です。これは、避けられた結果"ない"のか、もともとそのようなパターンは滅多にないものなのか、区別はできません。

見つかれば、「避けられたのではない」、と判断できますが、ない場合には「避けられた」のか「もともとないもの」なのかわかりません。

"す・さす"を使い分ける理由

次に"す・さす"の使い分けについて検討します。。

まず助動詞"す・さす"の活用を示します。

表 4

助動詞 さす
未然形 させ
連用形 させ
終止形 さす
連体形 する さする
已然形 すれ さすれ

次にローマ字で表記してみます

表 5

助動詞 さす
未然形 se sase
連用形 se sase
終止形 su sasu
連体形 suru sasuru
已然形 sure sasure

四段活用、ナ変・ラ変活用に対しては"す"を使うのですが、仮に"さす"を使うことにすると、"読まさす"、"往なさす"、"あらさす"です。ローマ字では、"yom-a-sas-u"、"in-a-sas-u"、"ar-a-sas-u"で、ここでも"asas"という繰り返しが発生します。"る・らる"では"arar"という繰り返しだったのとよく対応しています。

"asas"のパターンの検索

"る・らる"の場合に"arar"のパターンを検索したように、ここでは"asas"のパターンを検索してみます。

7首ありました。

0177b あさせしらなみ -asasesiranami

0374b せきしまさしき sekisimasasiki

0700e まさしかりける masasikarikeru

0987b いづれかさして -idurekasasite

1010a きみがさす kimigasasu

1042d まさしやむくい masasiyamuku-i

1063e ことぞやさしき kotozoyasasiki

"asas"は次のような言葉に対応します。

0177b 名詞:浅瀬(あさせ)
0374b 形容詞:正(まさ)しき
0700e 形容詞:正(まさ)しかり
0987b 動詞:指(さ)し
1010a 動詞:差(さ)す[笠を差すの意]
1042d 形容詞:正(まさ)し
1063e 形容詞:やさしき

これを見ていると、「"asas"のパターンを避けている」、という印象はありません。

一つ前の記事で、

"る・らる"の使い分け、"す・さす"の使い分けに付いては、"arar"、"asas"と言うパターンを避ける、あるいは低減するため、という理由である、という可能性があると考えられます

と書いたのですが、このことは裏付けがとれませんでした。


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