創作ことわざ


[2020/12/14]-78日目

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【33】どんなことにも許容誤差がある

許容誤差の意識のはじめ

中学生の頃ですから、50年以上昔のことです。

私は、クラブ活動として計算尺クラブに入っていました。

このことはすでに別の記事で書いています。

その記事では触れませんでしたが、許容誤差は計算尺での計算には常につきまといます、

たとえば、2.73×5.38という計算をするとき、電卓を使うと、14.6874と求まります。

これを計算尺で計算すると、14.7位の結果になります。

計算尺の教本で答えを見ると、たとえば14.63~14.75などということになります。(この値は説明用に使ったもので正確ではありません。)

計算尺の計算では、計算結果は有効桁が3~4桁で求まり、しかもその値は許容誤差を含むものです。

上の例では、計算結果が仮に14.63であつても、14.75であっても計算尺を使った計算結果としては正しい、とされるのです。

このことから、私は計算とか測定とかで数値が現れると、それは誤差を含むものとして考えるクセができたのです。

許容誤差が意外に大きい例

カメラのシャッタースピードは、私が知るよい例です。

カメラ雑誌の「新機種の紹介記事」では、その評価項目の一つにシャッタースピードの正確さがあります。

たとえば、1/125秒のシャッタースピードでは、0.008秒、つまり8ミリ秒ですが、私の記憶では、30%の誤差は許されます。5.6~10.4ミリ秒というとになります。

5.6ミリ秒と10.4ミリ秒では、およそ倍半分くらい違うのですが、許容限度ということなのです。

高級カメラになるほどこのようなごとは小さい、という傾向があります。

許容誤差がないもの

その代表は、スポーツ競技での1位、2位、3位などどということでしょうか。

1位には1.05位とか0.95位が含まれることはありません。

ですが、たとえば1位と2位の差が僅差だった、という場合は簡単ではありません。

陸上短距離や水泳、スキー、スケートの時間を競う競技では、ゴールに入るのがほとんど同時ということがあり得ます。

同時の場合、両者が1位という扱いにすることがあります。サッカーではいつまでたっても同点であるとき、最後にはコイントスというとんでもない方法で決着をつける方法があります。

同時なのか、僅差なのか、その限界ぎりぎりの時はどうなるのでしょうか。

大相撲では、同体という処理の仕方があります。両力士が同時に土俵に体の一部がついたとき、同体として取り直しとするのです。

同体なのか、わずかの時間差があったのか、その限界ぎりぎりの時は審判団の審議になります。審議がまとまらなければ、多数決などの方法で決着をつけます。

その場合、興味深い決まり事が二つあります。

その一つは、行司はたとえ同体に見えても、必ずどちらかを勝者として軍配を上げなければならない、ということです。審判はその行司の判定が間違いである時と、同体であると判断したときには物言いをつけます。審判の協議の結果、行司が勝者とした力士が敗者と判定された場合は行司の差し違い、言わば誤審とされ、同体とされた場合は行司の判定は差し違いにはなりません、

もう一つは、審判が協議するとき、行司はそれに加わらない、ということです。

行司と審判の独立性を保つためなのか、あるいは協議に行司が加わると、行司はどうしても自分の判定に固執しがちなので冷静な審議ができにくい、という見方なのか、そのあたりはよくわかりませんが、結局はよく考えられたやり方だなあ、と感じます。

グレーゾーンの取り扱い

このように、常に判断が微妙な場合があり、人間の歴史ではその都度、いろいろな条件によって、「処理の仕方」が工夫されています。


結局、誤差に対して許容誤差を認めざるを得ないので、その処置の仕方は知恵を絞るほかはない、ということになります。

許容誤差がない場合はどうなのか

最初に、「どんなことにも許容誤差がある」と書いたのですが、「許容誤差がまったくない場合はどうなるのか」と聞かれたら、「そのようなケースは許容誤差の範囲内である」と言っておきましょう。


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