日本語のあれこれ日記【80】

日本語と漢字―その23―大(だい)と大(おお)

[2026/3/18]アップロード


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「大好き」、「大嫌い」という言葉

「大好き」、「大嫌い」は不思議な言葉です。"大(ダイ)"という漢語が、"好き"、"嫌い"という和語の先頭に付いています。

ここで、"大(ダイ)"の意味は、"大いに"とか"とても"というように考えていいでしょう。その意味であれば、"大(おお)"を使うのが妥当のように思えます。

"大(ダイ)"は"大(タイ)"となる事も多いです。大小、大学、大規模、大臣、大体などの"ダイ"に対する、大賞、大枚、大勝、大半、大して、などです。これは漢字の辞書によると、"大(ダイ)"は漢音、"大(タイ)"は呉音と説明されていますから、基本的に同じです。なお、"漢音"と書くと、"和語"に対応する"漢語"という言葉との混乱が生じやすいかもしれないと思うので、これからは、"漢語"は"中国語"と書くことにします。もともと、"漢"が中国を代表する呼称とするのが不適切だと思います。

一般に、湯桶読みとか重箱読みという言葉があるように、和語+中国語という組み合わせ、中国語+和語という組み合わせがあるのですが、わざわざこのような言葉があると言うことは、これらが例外的な事象と考えられているものと思われます。

なぜ「大好き(だいすき)」、「大嫌い(だいきらい」が気になるかというと、「好き(すき)」、「嫌い(きらい」というきわめて使用頻度の高い言葉に中国語の"大(ダイ)"をもってきたか、という事が不思議なのです。

身近な言葉の場合では、大山、大川、大岡、大谷、大雨、大風のような和語の名詞に"大(おお)"を付けます。

動詞の連用形が名詞化した言葉としては、大違い、大助かり、大賑わい、大弱り、大笑いなど。

名詞でないケースでは、と考えると、・・・・、見つかりません。

大違う、大助かる、大賑わう、大弱る、大笑うなどは存在しません。

そもそも「好き」、「嫌い」とはどのような言葉なのか、と思って辞書(*)を引くと、「名詞、形容動詞」という規定がなされ、それぞれ、「動詞の"好く"、"嫌う"の名詞化」とされています。

精選版日本語大辞典による。

ここには二つの問題があるように感じます。

一つは、いろいろと論争のある形容動詞である、ということです。形容動詞は品詞として認めない、という考えがあることはよく知られています。品詞を考えると厄介な面があります、

もう一つは、「動詞の名詞化」ということです。

"好き"、"嫌い"という感情はとても身近なものですが、動詞の"好く"、"嫌う"という言葉は、"好き"、"嫌い"という感情から距離がある、という印象です。

別の例を出すと、英語では"beauty"という言葉は、"beautiful"という言葉を名詞のように変形してできた言葉である、ということを聞いたことがあります。最初に聞いたときには、それはないだろうと感じました。どう考えても"beauty"があって、それを形容詞化して"beautiful"ができたのではないのか、と。

"beauty"が沢山ある、あるいは"beauty"に満ちているということから"ful"あるいは"full"を付けて"beautiful"ができたにちがいない、と。"wonder"がたくさんあるから"wonderful"という、というのと同じです。

ずっと後になってから、"beautiful"が先にあって、あとで"beauty"という言葉が出てきた、と考えるようになってきました。

"beautiful"(きれいだ、美しい)という感情はとても身近なものであるのに対し、"beauty"(美)という概念はとても抽象的で高度なものなので、"beautiful"からずっと後になって、"beauty"という抽象的な概念を表す言葉ができた、ということです。

"好き"、"嫌い"という感情はとても基本的なもので、"好く"、"嫌う"という言葉はそのあとから出てきたのではないか、と感じるのです。この考え方の方がしっくりきます。

「私はこの花は好きだ」、「私はあの娘が好きだ」、「私はこの食べ物は嫌いだ」、「私はあの男は嫌いだ」という感情は、「私はこの花を好く」、「私はあの娘を好く」、「私はこの食べ物を嫌う」、「私はあの男を嫌う」という意識よりずっと古くからにあったように感じられます。

ですから、この点において、動詞の名詞化ということは腑に落ちないのです。


そうこうしているうちに、"好き"、"嫌い"という言葉が以外にも古くからある言葉ではないような記述に気づきました。

精選版日本語大辞典によると、私なりの解釈ではこうです。

好き…(1)一般に好むこと、(2)風流の道、(3)恋愛の道、の三つの意味

嫌い…(1)一般にいやがること、(2)悪い傾向にあること、(3)差別・区別、の三つの意味

そして、私が最も基本的な意味と感じる(1)の意味では、"好き"は18世紀になってから、"嫌い"は15世紀になってからの言葉とされています。これは驚きでした。

"好きだ"、"嫌いだ"というとても身近な感情の表現は、文字が使われるようになった最初のときから記録されていて当然だと感じていたのです。

"大(ダイ)"という言葉が和語の先頭につく言葉は他にはないのではないか、とちらっと考えました。

形容動詞を探す

要は、形容動詞をリストアップし、何かの傾向がないかどうかを調べようと思ったのです。

このとき、形容動詞である言葉は、それほど多くはないだろう、という印象を持っていたのです。

ところが、調べてみると、とても多いのです。

言い切り型が"だ"で終わり、語尾が活用するというところから、思いつくままに、"偉大だ"、"健康だ"、"異常だ"、"豪快だ"などと、並べ立てていきました。

次から次へと出てくるのです。

和語では、"・・・・やか"、"・・・・らか"など、特定の接尾語を持つ言葉が沢山あるのです。"おだやかだ"、"明らかだ"のたぐいはとても多いと言うことは容易に想像できます。

中国語で言うと、"・・・・的だ"というものがあります。これも相当の数がありそうです。"積極的だ"、"感情的だ"、"感傷的だ"などと、どんどん出てきます。

ネット上でなにか公開されている情報はないかと探してみると、ありました。

野呂幾久子 日本語教育における「形容動詞」の取扱いに関する一考察 静岡大学教育学部研究報告 第25号(1994.3) pp.1~12

この論文の本題は外国人への日本語教育に関するものですが、その中に、初級日本語教科書に取り入れられた形容動詞がリストアップされています。その数は110。"ドライだ"、"ハンサムだ"という英語由来の言葉が含まれていたのは予想外でした。

私が拾い上げた者も併せて145の形容動詞を対象に、頭に"大(ダイ)または"大(オオ)"が付きそうなものを抜き出しました。・

表1

語の構造 形容動詞
大(だい)+和語 大好き、大嫌い
大(だい)+中国語 大賛成、大反対、大満足、大迷惑
大(だい)+外来語
大(おお)+和語 大まじめ
大(おお)+中国語
大(おお)+外来語 大馬鹿

なお、ここで、外来語とは、日本、中国以外の由来を持つ言葉を意味します。また、"馬鹿"の由来は必ずしもはっきりはしていないものの、起源は"梵語"とする辞書が多いように感じられたので、"外来語"に分類しました。

考察

大(だい)+中国語、あるいは大(おお)+和語は当然であると考えられ、また"馬鹿"は語源に曖昧な点が残るので、いずれも除外すると、「大好き、大嫌い」が残る結果となりました。

もっとも、大(だい)または大(おお)が付く言葉が意外に少ないことは、これまた驚きでした。

"とても"または"大いに"という副詞はほとんどの語に付くので、大(だい)または大(おお)を付けて1語で表すということの必要性が小さかったという事かもしれません。

なお、"迷惑"は微妙なところがあって、"大(おお)迷惑"という読み方もあるようです。"はた迷惑"(リストアップした145個にはいれていません)という言葉もあり、"はた"という和語が中国語の"迷惑"に付いた形です。

備考

この記事は、2025年末に書いたものですが、一つ前の「日本語のあれこれ日記【79】」の記事と共になぜかアップロードしていませんでした。新しく記事を追加するに当たって、このたびアップロードすることにします。記事の冒頭に日付を載せていますが、ここには原則としてアップロードした日付を書くことにしていますので、記事を書いた時期から大分遅れていますが、原則に従ってアップロードした日付を書きます。



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