日本語のあれこれ日記【47】
[2019/1/25]
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上代特殊仮名遣い
上代特殊仮名遣いと呼ばれるものがあります。
知ってはいたのですが、このシリーズの記事では今まで取り上げませんでした。
一部の音(おん)に関して、上代では2種類の文字の使い分けがなされていた、というものです。
具体的には、記紀万葉において、i、e、o に対して2種類の文字の割り当てが行われていて、それは当時の発音の違いを反映したものであろう、ということがほぼ定説になっています。
岩波講座 日本語 5 音韻 1977年8月 岩波書店
実例詳解 古典文法総覧 小田勝 2015年4月 和泉書院
a、i1、i2、u、e1、e2、o1、o2の8母音ということになります。(甲類を1、乙類を2と略記しています。)
ただし、すべてのi音(おん)、e音(おん)、o音(おん)が2種類かというとそうではないのです。
たとえば、i音(おん)では、甲乙の区別があるのはキ、ギ、ヒ、ビ、ミであり、イ、シ、ジ、チ、ヂ、ニ、リ、ヰ(Wi)は文字の使い分けがないのです。(上記の岩波講座本による)
さらに、最初は日本語の母音は「a、i1、u、o2」の4種類だったとされています。(上記の実例詳解本による)
"最初は"と言うのは厳密には正しくなく、上代、あるいはその前の一時期では、とすべきです。4母音時代の前にそれと異なる母音構成の時代があった可能性はあります。
また、i、e、o に対して2種類の音(おん)の違いということを想定しているのですが、実は子音の違いではないか、という説もあります。また8母音ではなく6母音である、という説もあります。 (済みません、出典を忘れてしまいました)
そこで、よく分からないな、ということで取り上げなかったのです。
ですが、ひとつ、ふたつ…という数の数え方について考えてきて、「母音は a、i1、u、o2」の4種類」ということが当てはまるのだろうか、という疑問が湧いてきました。
調べた結果が次の表です。
ひとつ、ふたつ…のおしまいの"つ"は助数詞と考えて、それを除いた部分を取り上げます。また、甲類乙類の区別がない音(おん)は区別します。
たとえば、"1"は"ヒト(ツ)"で、"ヒ"は原初日本語ではi1、つまり甲類のはずです。これが乙類であったとしたら、原初日本語ではない。"ひとつ"という言葉は記紀万葉の時代よりも新しい、ということになります。
ここでも"原初"という言葉は、記紀万葉以前という意味で漠然と使っています。
同様に"ト"はo2ということから乙類のはずです。
甲類、乙類の区別は「小学館 古語大辞典」の見出し表記で判断します。
表1 甲類乙類の区別
1 | ヒト | ヒ1ト2 |
2 | フタ | フタ |
3 | ミ | ミ1 |
4 | ヨ | ヨ2 |
5 | イツ | イツ |
6 | ム | ム |
7 | ナナ | ナナ |
8 | ヤ | ヤ |
9 | ココノ | コ2コ2ノ2 |
10 | トヲ | ト2ヲ |
i音(おん)であるヒ、ミは甲類、o音(おん)のト、ヨ、コ、ノは乙類でした。
5の"イツ"における"イ"、10の"トヲ"における"ヲ"はそれぞれi音(おん)、o音(おん)ですが、甲類乙類の区別がない音(おん)です。
これから想像できること
甲類乙類の区別がある音(おん)については、「原初日本語での母音は a、i1、u、o2」の4種類」ということに対して、「ひとつ、ふたつ、みつ…とを」という数の言葉は例外なく一致します。ということは、「ひとつ、ふたつ、みつ…とを」という言葉は、記紀万葉の時代、あるいはそれ以前にあった言葉だろうと想像することができます。
このシリーズですでに書いたように、「ひとつ、ふたつ、みつ…とを」において、e音(おん)がまったく含まれない、ということと合わせて、この数の言葉は記紀万葉以前の時代の言葉と判断できます。
このことを逆に見ると、「原初日本語での母音は a、i1、u、o2」の4種類」ということの傍証になると考えることができます。
4母音の時代について
私には、原初日本語ではe音(おん)が存在しなかった、ということについて、なかなかすっきり納得ができませんでした。
その原因の最大なものは、「目、手、背、毛」といったもっとも身近にある、従って言葉が発生した時の最古の言葉に含まれるであろう言葉にe音(おん)があるのだから、ということでした。
また、"目"や"手"に対してその母音交替として目(マ)、手(タ)があり、目(マ)、手(タ)が元々の音(おん)であり、それが目(メ)、手(テ)に変化した、という説は、順序が逆だろう、という印象だったのです。
そうではない、と考えざるを得ません。
"目"について、マブタ、マユゲ、マツゲなどの"マ"は古い時代の目(マ)が他の言葉と一体化して、いわば化石のように"古いままで残った"、と考えるのが妥当と思われてきました。
"手"にしても、手綱(タヅナ)、手繰る(タグル)、手向く(タムク)、手挟み(タバサミ:古建築での用語)などがあります。