気まぐれ日記 5


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[2012/5/5] 「しばしば」と「時々」


古文と英語のネタです。

かくて、しばしばのたまはする。御返も時々聞こえさす。
和泉式部日記 岩波文庫

(試訳)このようにして、(宮)からしばしば手紙が届く。時々は返事を返す。


「しばしば」と「時々」か、なつかしいなあ、と思いました。

だいぶ昔のことになりますが、中学一年生になると、英語の授業が始まりました。

"いつも"とか、"時々"などについて、以下のような説明を聞きました(おぼろげな記憶ですが)。

always--usually--often--sometimes
always:いつも--7日のうち7日
usually:たいていは--7日のうち5~6日
often:しばしば--7日のうち4~5日
sometimes:時々--7日のうち2~3日

このうち、"しばしば"というのが、イメージがわきませんでした。

中学生は、"しばしば"なんて、普通は言いませんよね。

ただ、"often" は "sometimes" よりは頻度が高い、ということは覚えました。

和泉式部日記では、"しばしば"届く手紙に対して、その返事は毎回書いたのではなく、"時々"だった。

2,3回に1回くらいなんでしょうかね。

上のsometimesでいえば、2/7~3/7 ですから、30%から40%くらい。

2,3回に1回、とすると、30%から50%くらい。

まあまあ、いい対応です。

もちろん、日本語と英語とで単語がきっちり対応するわけではないので、英語の"often"=日本語の"しばしば" というわけではありません。


それでは、私が眼にした唯一の英訳本ではどうでしょうか。

He wrote often and she answered―sometimes―

Diaries Of Court ladies Of Old Japan by Annie Shepley Omori and Kochi Doi Houghton Mifflin Company(1920)

"しばしば" と "時々" は、そのまま "often" と "sometimes" になっています。

直訳なのかそうでないのかはわかりません。しかし、このような微妙なところは直訳にしておく、という考え方になり勝ち、というのは共感します。


ところで、男が気に入った女に手紙を送ったとき、2,3回に1回位の割合で返事が来る、というのはなかなか微妙ですね。

5回に1回くらいだと、望みなし、とあきらめてしまうかもしれないし、毎回返事が来るのでは、気持ちがかき立てられない。

2回に1回きちんと返事が来る、というのも味気ない。

今回は2回目で返事が来たが、前回は3回目だった。どういう内容の手紙が女の興味を引くのだろうか、などと頭をひねるくらいが丁度よいのかも。

これは、私の勝手な想像でして、現実はもっと厳しいようです。

蜻蛉日記の冒頭で、藤原兼家からの手紙に対して作者(後に道綱母)は、返事を書いたこともあったが、書かないことも多く、また侍女が代筆した、それも儀礼的な(よそよそしい)内容だった、というような記述があります。

それにもひるまず、情熱を込めた手紙を送り続けるのが普通のようです。


もう少し考えてみました。

(試訳)このようにして、(宮)からしばしば手紙が届く。時々は返事を送る。

のところで、"時々"の解釈として二つあります。ひとつは、(1)その都度(毎回)という解釈で、もうひとつは、(2)毎回ではなく、何回に1回には、という解釈です。

小松登美 和泉式部日記(上)全訳注 講談社学術文庫

にその検討があります。

手持ちの本を調べてみました。

増補版 全講和泉式部日記 円地文子・鈴木一雄著
和泉式部日記 川瀬一馬校注・現代語訳 講談社文庫

小松登美著と全講和泉式部日記は、(2)で、川瀬一馬は(1)をとります。

上記の英訳本は"sometimes"ですから、(2)でしょう。


古語辞典にあたりました。

角川全訳古語辞典では、「おりにふれて、時に応じて」と「たまに、ときおり」の二つの語義を載せています。最初の語義では、「時に応じて」なので、「その時が発生したときには常に」ということでしょう。
次の語義では、「時々おこり悩ませし御目も」という例文が出ています。眼病が時々出た、ということですから、「一度や二度ではなく、繰り返した」でしょう。

岩波古語辞典では、興味深い記載です。「ときとき」と「ときどき」の二つが独立した項目になっていて、漢字ではどちらも「時時」です。
「ときとき」の項目では、「その時その時」とあり、それに引き続いて、「時たま・時折の意では、トキドキと濁音で言う。」とあります。
その例文がズバリ語っていて、「時時をときどきと云へば希(まれ)なるやうに意得(こころえ)、・・・・ときときと云へば・・・・其のときときと云ふやうに意得るなり。これ皆云ひ習わしの世話なり」です。


つまり、「何かのタイミングの時には毎回」、という意味と、「頻繁というのではないが、一度や二度ではない」という意味の二つを含んでいる、と私は理解しました。

英語でいえば、「時々」というのは、"always"と"sometimes"の二つの意味を含んでいる、ということになります。


手元には、影印本が二冊あり、三条西家本と応永本系統の榊原本ですが、見てみると、どちらも「時々」でした。


こうなると、本文をどのように解釈するか、にかかっています。

本文のストーリーはこうです。

宮から橘の花が届けられて、「どう思いますか」ということに対して、女は歌を返した。それを見て宮は歌で返事を返した。その歌に女は心ひかれるところも感じたが、いつも返事を返すのもどうかと思い、返事は返さなかった。

翌日、宮から歌が届いた。心ひかれる歌だったので返歌を贈った。

こうして、宮から"しばしば"手紙が届き、女は"時々"返歌を返した。

この段階では、女は宮に対して、よく知らないし、警戒感もあるでしょう。

その前のところでは、「毎回返事を出すのもどうかと思い」とあり、「最初のやり取りの翌日に届いた宮からの手紙は、"心ひかれる歌だったので"返事を返した」ということです。

したがって、この段階で、「しばしば」送られてくる手紙に「毎回返答する」、というのは考えにくい、と感じます。つまり、(2)であると考えます。


さて、真実はどうでしょうか



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