前書き・後書きの部屋 [5]


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41. 講談社 中日辞典 第二版
42. かなづかいの歴史
43. 日本書紀の謎を解く
44. 楽しく歩ける!楽々わかる! 英語対訳で旅する京都
45*. 身近な放射線の知識
46*. 折たく柴の記
47. 人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ
48. 原子力と地域社会
49. フリー <無料>からお金を生み出す新戦略
50. 君は、こんなわくわくする世界を見ずに死ねるか!?


41. 講談社 中日辞典 第二版

講談社
編集 相原 茂

はじめに

 本辞典は言語を通じて等身大の中国の姿を理解することを目的に編まれた。
 その前身である第一版は、早くも1980年代初頭に故小峯王親先生の企画のもとにスタートし、その後長谷川良一先生を中心として編集作業がつづけられ、相原も加わって、1998年に出版された。第一版は、(中略)企画以来20年近くを経ており、(中略)基本を踏まえたより本格的な学習社向けの辞典として、監修者の一人であった相原が第二版の編集を担当することになった。

このシリーズの no.40で「重修」という言葉について考えた。
そこでは、「中日辞典もチェックが必要だ」と書いた。

近くの図書館で中日辞典をあたり、一通りは確認できたのだが、図書館の辞典類は古いものが多く、また手元に1冊は持っておきたい、とも思い、旧版で(といってもそれほど古くはない)物を探して入手した。それがこの本である。次の第3版も出ているのだが、IT用語などの新しい言葉を引く可能性はないので、第2版で十分である。

上記の no.40 の記事では、前書きの読みが浅かった、ということを思い知ったので、今回は最初から気をつけて前書きを読んだ。

しかし、今回は、変なところが気になってしまった。

第1版の編集の途中から、第2版の編集者である相原氏が加わり、いよいよ第1版が発行された。しかし、どうも、すぐに第2版の編集が始まったようである。

それだけなら、ありうる話である。辞書というものは常に改訂作業がなされるものだから。

特異なのは、第2版の編集が短期間で終わっていることである。

奥付をみるとこうなっている。

1998年11月20日 第1版発行
2002年2月20日 第2版第1刷発行

第1版から第2版まで3年3カ月しかない。

この辞書の企画から発行までに20年近く経ている、と書かれている。まあ、初版は時間がかかるだろう。

改定版を出すのに3年3カ月というのはあまりにも短い。かといって、なにか大きな欠陥が見つかり、大至急で改訂版を出した、というようなことでは決してない。

というのは、第2版でなにかを変えたか、という点を見ると、「親文字の語義について再検討を加え、これに基づいて語義の派生関係を図示した『派生ツリー』を新設した」とか、コラムを充実させ、1,100点ものコラムを盛り込み、「なかでも類義語の弁別コラムは本辞典の特徴である」、などとあり、結構大きな変更が加えられているのである。

「派生ツリー」については中国の専門家を動員したようで、かなりの労力が費やされただろうと素人にも想像できる。

ちなみに、第3版は2010年4月8日発行で、第2版から8年以上が経過している。このくらいが普通ではないだろうか。

勝手な想像だが、第2版は第1版の編集の後半から方針が固められ、平行して進められていたのではないだろうか、あるいは、実際に進められたのではないにしても、根回しはしてあって、第1版発行と同時に全速力で第2版の編集が進められたのかもしれない。

特に書かれてはいないが、第1版の発行が大幅に遅れたのだろうか。新しい構想の辞典の場合、これはよくあることである。

それが根底にあって、第2版がごく短期間に発行されることになったのではないだろうか。

最初の計画から随分遅れてしまった。さらにここをこうしたい、ということはあるが、そのようなことをしていたらいつまでも終らない。一旦ここでまとめて出そうよ。

第1版の発行については、その様な気がしてきた。
もちろん何の根拠もないが。


42. かなづかいの歴史

中公新書
中央公論新社
今野真二

はじめに

「かなづかいの歴史」とは
「かなづかいの歴史」を本書の題名とした。・・・・

本書の構成
本書全体の構成について説明をしておきたい。第一章では・・・・  ・・・・について第二章で述べる。・・・・ ・・・・第三章では・・・・ ・・・・第四章では・・・・

日本語史と日本語学史
ところで、第一章に入る前にもう一つだけのべておきたいことがある。・・・・

9ページ半の長大な「前書き」である。子見出しを付けて三つの部分から構成されている。一言で言うと、くどい、という印象をうけた。だから私の好みにかなっている。

読んでみた結果、introductionとprefaceとforewardとの違いについて考えさせられた。

この三者にうまく対応する日本語はない。この「前書き・後書き」のシリーズては、「前書き」というあいまいな書き方である。ただし、英語ではそれぞれの性格付けがなされている(*1)。introductionはあくまで本文の一部であり、prefaceとforewardは本文に先立ち、本文の内容について背景とか著述の経過とかをコメントするものである。ではprefaceとforewardはなにが違うか。辞書の解説では、forewardについて「著者以外による執筆の場合がある」としていることからすると、著者をよく知る人がこの著作について推薦の辞というべき内容を持つのが典型的なものだろう。そうなると、この「前書き・後書き」のシリーズにおける「前書き」とは主としてprefaceとforewardを対象としているものである。

(*1) ランダムハウス英語辞典 第2版 小学館 introductionの項の[類語]欄の文章

introduction 書物などの内容の一部で,その主題の序論;常に著者自身が書く. foreword 短い,簡単なまえがきのことで,しばしば著者以外の人の手による: an unusual foreword 一風変わったはしがき. preface 本論の前に独立の節を形作り,本論への導入または理解を助ける情報の提供を主な目的とする序文;謝辞を含むことが多い;通例著者の手によるものだが,編者や著者の関係者によって書かれることもある: a short preface 短い序言.

いみじくもこの例文にあるように、この書の前書きは、長いことで"unusual"であり、もっと"short"であるべきなのかもしれない。

なお、introduction、preface、forewardなどの実例をいくつか調査した。長くなるので別の記事としたので、興味のある方はご参照願いたい。こちらのリンクから(別ウィンドウで開く)


長くなっていることの原因の一つは、この著者がある辞典の改訂作業で「仮名遣い」の項目を担当していて、発刊前ではあるが、その項目の内容を引用していることにある。3ページ弱にもわたって長々と引用している。その一部はすでにこの「はじめに」のところで解説してあって重複している。この引用をのせるなら改めて文章をおこして説明するのをやめて、この引用で代表させればいいし、むしろ、全文をまるまる引用するのではなく、ポイントを絞って解説した方が分かりやすいのではないだろうか。

「本書の構成」と子見出しを付けた文章では、第一章では・・・・などと、各章の内容を説明しているが、これも必要性を感じない。たとえば、
第一章では、まず「かなづかい」とはそもそもなんであるかについて説明し、以下の各章での理解を助けたい。
とあるが、それなら、「第一章 仮名の成立とかなづかい」という広い範囲をカバーする言葉ではなく、そのままに「第一章 かなづかいとはなんであるか」とすれば十分である。

そのほか、各章の内容を説明しているのだが、それではこの部分を読んだからと言って、章の構成がわかりやすくなるという印象は受けない。かといって、読者が「自分はこの内容をまず知りたいから、第何章から読もう」と考えることがあるとも想像しにくい。

昔のことだが、文章を書いて上司にチェックしてもらった時、「ここのところはどういうこと?」と聞かれ、「要するにこれこれこういうことです」と答えると、「じゃあ、今言ったことをそのまま文章にした方がわかりやすいよ」といわれたことがある。わかりにくいことを書いて、それをあとから一生懸命に説明するよりは、最初からその説明内容を書いた方がよい。このことは自分への戒めである。

最後の三番目の子見出しは「日本語史と日本語学史」であり、「日本語史」と「日本語学史」との違いについて述べられている。特別ななにかがかかれているかというと、そうでもない。そもそも「日本語の歴史」と「日本語学の歴史」といえば、それだけでなんとなく想像がつくものだ。つまり、「日本語学の歴史」なら「日本語を研究した歴史」だから「日本語の歴史」とは意味合いが異なる。どういうわけかこれについて、色々な事例を取りあげて説明している。

以上の様に、この「はじめに」と題された文章は、もっと簡潔に書く事ができるのではないか、という印象だった。

と勝手なことを書いてしまった。

誤解されては困るのだが、本文の内容はとても興味深く、参考になる個所がいくつもある。「かなづかい」という日本語の一つの側面をくわしく分析し、分かりやすい形で書いたものが中公新書という手に入れやすい形で出版されるというのは、専門家でない私のようなものにとってとてもありがたいことである。


43. 日本書紀の謎を解く

中公新書
中央公論新社
森 博達

あとがき

私はこの本を書くために生まれてきた。書き終えての余韻でしょうが、そんな気がします。

(中略)

書き出すと俄然面白くなって、没頭しました。一時は飲酒を忘れたほどです。途中幾度か身体が浮遊するような感覚に襲われました。

この本は、一つ前に書いた「かなづかいの歴史」よりだいぶ前に読んだのだが、さらっと読む、とか、興味のあるところだけつまみ食いするように読む、ということがどうしてもできなくて、いずれ腰を落ち着けてじっくり読もう、と思いながら時間ばかりが経ってしまった。

「一時は飲酒を忘れ」というフレーズを取り上げるような軽薄な対応は気が引けるが、著者はここでちょいとギャグをかませているようなので、それをスル―するのはいかん、と思い、取り上げることにした。

「飲酒を忘れ」か。まさか、「寝食を忘れ」の間違いではないだろう。こういうボケかたもあるものなんだ、と感心してしまった。

似たものがいろいろと思い浮かぶ。

「飲食を忘れ」・・・・寝ることは寝た

「深酒を忘れ」・・・・晩酌程度は欠かさなかった

「新酒を忘れ」・・・・楽しみにしていたボジョレー・ヌーボーを我慢した

「禁酒を忘れ」・・・・仕事に打ち込むあまり、禁酒の誓いを破った

「淫酒を忘れ」・・・・女と酒を断った

いかん、調子に乗りすぎた。

昔の思い出だが、会社勤めをしていたとき(結構若い時)、社内の研修でなにかのコースを受講したことがあった。講師の方は、いわゆる豪傑肌という感じの人で、講義の最後に宿題を出してこう言ったのである。

「私はいたって"ざっくらばん"な人間です。質問があったら後で遠慮なく聞きに来てください。」

せっかくボケたのに、受講生は誰も相手にしない、という結果に終わった。

また、別の方だが、出張でよく行く部署の課長さんだったが、ホワイトボードに「何々 & 何々」というところを、「何々 [Sの筆記体] 何々」と書くのである。毎回そうするので多分そのように思い込んでいたのだろう。[Sの筆記体]というのは "&" を左右反転させた字体である。部下の人に聞くと、「あの人はいつもそう書いている」とのこと。もしかして突っ込んでほしかったのかしら、という気がしないわけではない。


このようなことをここで取り上げて終るのは失礼なので、あとで何とかきちんと書いてみたいと思う。この「あとがき」にもいろいろと興味深いことが書いてある。このシリーズは前書き・後書きを対象としているが、本文がとても教唆に満ちていて、本当にじっくり読むべき本である。もっとも私の実力では十分に理解することは難しいのだが。


44. 楽しく歩ける!楽々わかる! 英語対訳で旅する京都

じっぴコンパクト新書
実業之日本社
ブルーガイド編集部編

Introduction

Kyōto is Japan's most popular tourist destination, and as such is visited by many tourists from abroad. This book introduces Kyōto, international city of tourism. The original Japanese is presenteded side by side with an English translation. The Japanese text was prepared by the Burū Gaido editorial staff, guidbook professionals. It is designed to be useful for those who wish to understand the guide articles in English, use the English versions of the guide articles explore Kyōto themselves, and those who would like to try guiding foreign travelers around Kyōto in English.

はじめに

京都は日本で最も人気のある観光地だけに、多くの外国人観光客も訪れています。本書はそんな国際的観光都市・京都を、日本語と英語の対訳で紹介する一冊です。日本語の原文は、旅行ガイドブックを制作するブルーガイド編集部によるもので、ガイド記事を英語で理解したい人、それを基に実際に歩いてみたい人、さらに外国人の旅行者を英語で案内してみたい人それぞれに向けて、役立つつくりとなっています。

自分のホームページに英語のページをつくれないか、と考え、いろいろ調べている。写真主体のページなら文章は簡単な説明だけでいいだろう、と考え、はじめてみたが、これが難しい。もともと英語に強いわけではなく、辞書ソフトと翻訳サイトに頼らざるをえない。

私のウェブサイトの中の写真は寺院関係のものが多数あるが、本堂、三重塔、仁王門、あるいは阿弥陀堂、薬師堂など、基本的な言葉でもつかえてしまう。

辞書ソフトや翻訳サイトで検索した言葉が本当に適切なのか、その判断が難しいのである。

その時に見つけたのがこの本で、さすがに京都は見所となる寺院が多いので、その説明文の英語版は大変役に立つように思えた。

それで、いつものように前書きを注意して読みだしたが、どうしても引っかかるところがでてきた。

それが最初に引用した文である。

この本の本文は、各章ごとに英語と日本語の文章が続けて書かれている。原文は日本語で英文はそれを英訳したものであることは、上記に引用した「はじめに」を読むと分かるので、おそらく、そのやり方が「前書き」にも適用されていて、最初に英文の"Introduction"があり、次に日本語の「はじめに」があるのだろう。

日本語のページの上部の右端には「PREFACE / はじめに」と書かれている。"introduction"と"preface"については、このシリーズのno.42で次の様に書いている

introductionはあくまで本文の一部であり、prefaceとforewardは本文に先立ち、本文の内容について背景とか著述の経過とかをコメントするものである。

この書き方なら、英文は"PREFACE"、日本文は「はじめに」というタイトルにすることにしたのではないかと思うが、何か手違いがあったのだろうか。内容から見ると、"PREFACE"の方がふさわしい。

次にもう一つの気になる点。

The original Japanese is presented side by side with an English translation.

"side by side"というのは、左右のページのそれぞれに英文と日本文を割り当てる構成なら分かるが、本文は、先ず英文があり、続けて日本文がある。"side by side"というのとはちょっとイメージが違う。(*2)

An English translation is presented first and the original Japanese text follows it.

という様な表現なら分かるのだが。

なお、「PREFACE / はじめに」の見開き2ページは、左のページの英文の長さがちょうど1ページなので、英文と日本文が左右のページに分かれているのか、英文と日本文が一列に続いているのかここでは判断できない。

英文の作成は、「英文翻訳者」として解説されているから、日本語の文章ができてから、その英訳が行われたのだろう。その時に、「対訳」という言葉から、「左右のページに英文と日本文を分けて配置する」ということがイメージされて、"side by side"という表現になったのではないかと想像できる。対訳というのは普通はこうである。

本文を見ると、一つ一つの記事は、1ページの半分くらいのものから1.5ページくらいのものまでいろいろであり、"ページの切れ目で記事を分ける"なら余白が目立つことになる。だが、左ページに英文、右ページに日本文として、記事の切れ目を左右のページで合せると見やすいはずでである。

でもそうはしなかった。左右のページで分けると、ページの切れ目を意識し、さらに記事の先頭が左右のページで同じ位置になるように編集しなければならない。編集はちょっと面倒になる。これが問題だったのだろうか。今の構成なら、英文と日本文を一列につないだ一つの文章として処理でき、たしかに扱いは単純である。

ところで、前書き・後書きとは直接は関係ないが、ひとつ不思議なことに気付いた。奥付きを見ると、

2014年11月15日 初版第1刷発行

とあるが、私が購入したのは 2014年11月11日 なのである。

レシートと奥付き

中央の横線の上部がレシート、下部が本の奥付きである。

大手の書店なので、正式な発売日に先だって販売してしまう、という"ごまかし"があるとはとても思えない。出版社側は何か特別な理由があって、とにかく急いで発売したかったのだろうか。

「11月15日発行というスケジュールを立てて作業を進めてきたのだが、10日前倒しで作業が進捗している。それなら予定より早めて発行してしまおう。発行日付は印刷済みなので変えることはできないが、大きな問題はなかろう」などということがあるのだろうか。ちょっと考えられない。いや、もしかして、このようなことは"よくある"ことなのだろうか。私は発売日に間髪も入れずに書店で購入する、という経験がないので、不思議な気分である。

「対訳」というタイトルでありながら、本文が"side-by-side"の形式でないのは、編集作業を簡単にするためかもしれない、ということをすでに書いたが、この日付のずれを合せて考えると、なぜか分からないが、「とにかく発行を急いでいた」、という事情があったのかもしれない、と、根拠はないのだがつい思ってしまう。

(*2) 「対訳」をオンライン翻訳機能を利用して検索してみた。(2014/11/11確認)
  (なお、ここでは各翻訳サイトのurlアドレスは明らかと思われるので省略する)

Yahoo!翻訳  Side-by-side translation
Google 翻訳  Parallel translation
excite翻訳  Text and its translation
@nifty翻訳  Translation with the original
weblio英語翻訳  translation, [機械翻訳の結果] Side-by-side translation 研究者新英和中辞典 a paginal translation

weblio英語翻訳では、研究者和英中辞典を引用して次の例文を表示している

•a text 《of Hamlet》 with 《its》 《Japanese》 translation (printed) on the opposite page •a translation printed side by side with the original text [用例] この双書は英和対訳になっている. In this series the English original has its Japanese translation on the opposite page.

"side-by-side"は結構使われるとともに、典型的には、(見開きの)左右ページごとに原文と翻訳文を並べる、というイメージである。

45. 身近な放射線の知識

丸善
放射線医学総合研究所 編
佐々木康人 著

まえがき

 本書は放射線についての正しい知識を一般の方々に普及することを目的に編集した
(中略)
関連分野の専門家の解説をもとに、専門家ではないが放射線に詳しい金重義宏氏が執筆し、著者が最終校正を行った。
(中略)
協力していただいた方々のリストを巻末に掲げ謝意を表したい。
(中略)
独立行政法人 放射線医学総合研究所 理事長
佐々木 康人

何気なく「まえがき」を読んでいたら、理解できない文章が出てきた。

執筆は金重義宏氏、最終校正は著者(佐々木康人氏)という。ということは、執筆から最初の校正までは金重氏が行ったのだろう。だが、表紙でも奥付きでも、編者は"放射線医学総合研究所"、著者はその理事長である"佐々木康人"氏である。執筆した金重義宏氏の名前はない。

そもそも、執筆した人が著者ではないのか。最終校正を行うとともに「まえがき」を寄せた"佐々木康人"氏がどうして著者なのだろうか。どうしても佐々木氏を入れたいのなら、監修者としてではないか。

「協力していただいた方々のリスト」があるが、これは「関連分野の専門家の解説」を提供した人のように思われる。巻末の当該個所は、「執筆協力および資料提供」というタイトルになっている。それが"編者"とされる"放射線医学総合研究所"の所員なのだろう。「執筆協力」だから執筆をしているようだ。とすると、放射線医学総合研究所の専門家が原稿を書き、金重義宏氏が全体をまとめて"リライト"したような印象も受ける。それだったら、編集はどう考えても金重義宏氏ではないか。

「協力していただいた方々」について、そのうちの数人の名前をネットで検索すると、全員が"放射線医学総合研究所"に所属していた時の論文や寄稿文が見つかった。"放射線医学総合研究所"の所員であることは確かなようだ。

「協力していただいた方々」としては「取材協力および写真提供」という項目もある。「写真提供」はわかるが、「取材協力」とはどんなものなのか分からない。

執筆した金重義宏氏については本書には何も情報がない。放射線医学総合研究所の所員なのだろうか。それなら「放射線医学総合研究所 編」とすればそれに含まれるからおかしなことではないかもしれない。でもそうなると「専門家ではないが放射線に詳しい」とは何だろうか。可能性として、その研究所の総務課とか経理課などの「放射線の専門家ではない人」なのだろうか。長い間研究所に勤めていて、専門家とは言えないが詳しい知識を得ている、ということなのだろうか。専門的な事柄を分かりやすく解説するという技術に長じていたので依頼したのだろうか。

疑問はちっとも解決しないが、でも"最終校正を行うとともに「まえがき」を寄せた"人が"著者"というのはどうしても理解できない。

出版が"丸善"というしっかりしたところだから、間違いでこうなったとは考えられない。なにか特別な事情があったのだろう。

46. 折たく柴の記

【その1】
中央公論社
日本の名著 15 新井白石
桑原武夫 責任編集

【その2】
岩波書店
日本古典文學大系 95
小高敏郎 松村明 校注

【その1】
むかしの人は、言うべきことははっきり言うが、そのほかは無用の口をきかず、言うべきことも、できるだけ少ない言葉で意をつくした。私の父母であった人びともそうであった。

【その2】
むかし人は、いふべき事あればうちいひて、その餘(よ)はみだりにものいはず、いふべき事をも、いかにもことば多からで、其義を盡(つく)したりけり。我父母にてありし人々もかくぞおはしける。

ある目的で「折たく柴の記」を読もうと思い、上記【その1】の「日本の名著」の本を図書館から借り出して読みだした。「序」があるのを見つけ、読んでみると、とにかく簡潔で引き締まった文章で、大したものだなあ、と感動した。こんな文章は何年かかっても自分には書けないだろうな、と思ったのである。

これは原文も読まなくては、と思い、【その2】の序文を読んだ。

現代語訳が「原文と付かず離れず」になっていて、しかも文章が"ぎくしゃく"していない。先に読んだ現代語訳は「桑原武夫訳」と書かれている。なるほど、並の人ではないのだ。

訳文のできがよい場合、原作が優れていて、訳者もすぐれている、という場合が多いのは、外国語の文章を日本語に翻訳する場合と同様である。原文が悪い時には 、翻訳者がいくら優れていてもよい訳文はできない。もちろん、よい原文でも悪い翻訳者では良い訳文は得られない。

たとえば、「義を盡くし」を「意をつくし」と訳するのは、本当にうまいなあ、と思う。

ただし現代語にうまく訳することができないところもある。「我父母にてありし人々もかくぞおはしける」は「私の父母であった人びともそうであった」となっている。「おはし」に含まれる尊敬の感情は抜け落ちている。確かに、自分の父母に関して尊敬語を使うのは現代ではほとんどない。このような場合は難しい。

じつは、そのあとの文章は、「父であられた人は、七十五になられたとき、はげしい熱病にかかり危篤におちいられた」とある。「あられた」、「なられたとき」、「おちいられた」と、敬語表現のオンパレードである。

さらに言うと、「我父母にてありし人」というのはなにか"もってまわった"表現である。昔は身近な人を直接的に言わずに、ぼかして表現するのが普通だった。たとえば、この「序」に続く「上」の冒頭は、「父にておはせし人」という表現であり、現代語訳では「私の父であられた方」となっている。このようにぼかす表現を別の作品で探せば「蜻蛉日記」がある。そのはじめのところで、「親とおぼしき人」とあり、脚注に「藤原倫寧(ともやす)。『・・・・とおぼしき』は身内を卑下する婉曲表現」とある(*3)。現代ではそのようなぼかす表現はしない。したがって、ここは単に「私の父母」とか「私の父」にしたほうが良いのではないかと思う。もっとも、「父にておはせし人」に含まれる尊敬表現を残すなら「私の父であられた方は」ということになる。

この「序」のなかで、もうひとつ深く感じたところを挙げる。作者の父があるとき「はげしい熱病にかかり危篤に」なり、医者から薬を勧められた時に
「父上はいつも人を戒めて『若い人ならともかく年いった者が、命には限りがあることも知らないで、薬のためにかえって息苦しいありさまで死ぬのはみにくい。よく注意するがよい』と言っておられたので」と書いている。

最近、延命治療の是非について議論が高まってきている。今までの近代医学の考え方はとにかく死ぬことを遅らせることが絶対的な目標だった。しかしそれはただ苦しい期間を長くするだけ、という批判がおこり、「回復の望みがない延命はしない」という考え方が徐々に広まってきているように思える。この「序」を読むと、そのような考え方は昔からあった事がわかる。

この話の続きはどうなったか。苦しそうな様子を見かねて、指定の薬をしょうが汁に混ぜて父親にすすめたところ、父は次第に呼吸が楽になり、やがて病気から回復したという。なかなか難しいものだ。

(*3) 蜻蛉日記 今西祐一郎校注 岩波文庫 岩波書店 2006年4月 第6刷

47. 人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ

【その1】
河出文庫
河出書房新社
人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ
ロバート・フルガム著 池央耿訳

【その2】
Ivy Books
Ballantine Books
All I Really Need to Know I Learned in Kindergarten
Robert L. Fulghum

【その1】 訳者あとがき
本書は1988年秋の発売以来アメリカで広汎な読者の支持を得て、今なおベストセラーの上位を保っているロバート・フルガムの"All I Really Need to Know I Learned in Kindergarten"の全訳である。本文を読めばわかるとおり、これは巻中の一文をほぼそのままに書名としたもので、副題に"Uncommon Thoughts on Common Things"とある。ありきたりのことに関するありきたりでない考察、というほどの意味と解してよかろうが、人間、幼稚園さえ出ていれば、と読むことのできる表題のあとにこの言葉が添えられているあたりに、すでにしてただならぬ気配が漂っている、と言ってはいささか先走りがすぎようか。

いわゆる"本の自炊"をしていることは別のページに書いている。本をスキャン入力する際には、以前に読んでその後ずっと目を通していない本でも、その時にはちょっと目を通すのが通例である。

今回の本、「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」も以前に一度読んで、良い印象を持っていることはまだ記憶にあった。パラパラとページをめくって、さらに"訳者あとがき"を読んでみると、何か違和感を感じた。

スキャン入力するときには、原則として、カバーのおもて側とそで(折り返し部分)、表紙、本文、カバーの裏側とそのそで、という順序でスキャンする。その結果、「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」というタイトルを何度も目にする。

違和感というのは、「砂場」だ。原著の表題は"All I Really Need to Know I Learned in Kindergarten"であり、訳者あとがきにもそのように書いてある。ところが、翻訳書では「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」である。原著で「幼稚園で学んだ」が翻訳書では「幼稚園の砂場で学んだ」に化けているのである。

"砂場"って、どこから来たんだ?

"砂場"という言葉は、実はほとんど出てこない。本のカバーや表紙、扉などに書名として、これは当然に出てくる。そのほかには、というと、「人間、どう生きるか、どのようにふるまい、どんな気持で日々を送ればいいが、本当に知っていなくてはならないことを、わたしは全部残らず幼稚園で教わった。人生の知恵は大学院という山のてっぺんにあるのではなく、日曜学校の砂場に埋まっていたのである。」という一節が、最初の章にある。おそらく本書で最も有名な部分で、これ以外の章は単なる付け足しのようなものであろう。少なくとも読んで感動する95%はその最初の章にある。そして、そのフレーズをそのまま引用したものが、カバーの裏側にもある。

この本を読んだ人の全ては、この最初の章に感動するのだろう。

「はじめに」(これは原著にある)の中で、「このなかの一節――わたしが幼稚園で何を学んだかについて述べたくだリーーが、あちこちで取り上げられて、いつの間にかひとり歩きをしはじめた」と書かれているように、この章の内容が、いわば口コミの様な形で広まり、それで、他の文章を加えて、この本が出来上がった、ということが書いてある。

要するに、「本当に知っていなくてはならないことを、わたしは全部残らず幼稚園で教わった」のであり、砂場という言葉は、「人生の知恵は大学院という山のてっぺんにあるのではなく、日曜学校の砂場に埋まっていたのである」という一節にだけあるのだ。

「人生の知恵は大学院という山のてっぺんにあるのではなく、日曜学校の砂場に埋まっていたのである」という言い回しは、特に英文ではよくあるパターンである。極端な例をあげて、主張を際立たせる、という手法である。ここでは「大学院」とうアカデミズムの頂点と、誰でもが行くことができる「日曜学校の砂場」である。

しかも、ここでも「幼稚園の砂場」ではなく、「日曜学校の砂場」である。「幼稚園の砂場」というものは原著にはないのである。

では「幼稚園の砂場で学んだ」ということと「幼稚園で学んだ」ということは違いがあるのか。

明らかに違う。「幼稚園の砂場で学んだ」では、周りは幼稚園児である。もちろん、幼稚園児との交わりの中で学ぶことは多いだろう。だが限界もある。「幼稚園で学んだ」であれば、幼稚園の教師から学んだ、あるいは、幼稚園全体の教育システムを通じて学んだ、ということで、格段にひろがる。

その最初の章では、「私が幼稚園でまなんだこと」が列挙されている。訳書では「わたしはそこで何を学んだろうか。」とかいてある。その中には、次の様な項目がある。

食事の前には手を洗うこと。
トイレに行ったらちゃんと水を流すこと。
焼きたてのクッキーと冷たいミルクは体にいい。

とか

毎日かならず昼寝をすること。
おもてに出るときは車に気をつけ、手をつないで、はなればなれにならないようにすること。

などがあげられている。

こういうことからも、「幼稚園の砂場でまなんだ」ということは破綻をきたしている。


そう考えると、「訳者あとがき」では翻訳本の書名に言及することが"注意深く"避けられているような気もしてくる。"触れないようにしよう"という意識である。

上記に引用した訳者あとがきで、「人間、幼稚園さえ出ていれば、と読むことのできる表題のあとに・・・・」と、微妙な言い回しで書名に言及しているあたりが特にそのように感じられる。

これは私の勘ぐりが過ぎるのであろうか。

どうしても私には、原著にない、そして内容にも合致しない「幼稚園の砂場で学んだ」という言葉を翻訳者が書名にするとは考えられないのである。

ではどういうことか、というと、これ以上は憶測でしかないのだが、少なくとも"意図的に変えられた"のではないかという可能性をどうしても排除できないのである。

翻訳者が翻訳を終えた時点では原著に忠実に「幼稚園で学んだ」という書名であったのに対し、何かの原因で、だれかの力により、「幼稚園の砂場で学んだ」という表現が選択され、書名が手直しされた、ということではないだろうか。そして、それは翻訳者の"らち外"で行われたのではないたろうか。

おそらく出版社の力は翻訳者の立場を圧倒するものであろうから、出版社の事情で、書名が「幼稚園の砂場で学んだ」に決定し、それに応じて、細部の手直しが行われたのではないだろうか。訳者あとがきは、書名が最終的に決まってから、その事実を翻訳者が知っての上で、矛盾しないように書かれたものか、あるいは、すでに書かれた物を、書名と矛盾しないように部分修正が行われたのか、そのあたりは全く見当がつかない。

「幼稚園の砂場で学んだ」の方が「幼稚園で学んだ」より印象が強烈で、記憶に残りやすいことは私も同意する。だが、これは、原著の書名と対応しないし、内容とも矛盾する。

どうしてもこの翻訳書の書名が気になってしまうのである。

48. 原子力と地域社会

文眞堂
原子力と地域社会
 ―東海村JCО臨界事故からの再生・10年目の証言
帯力治 熊沢紀之 有賀絵理編著
2009年2月28日発行

まえがき

1999年9月30日に茨城県東海村で起こったJCO臨界事故から、10年目の年を迎えています。この事故では、従業員2名の死亡のみでなく、JCO従業員、救急隊員の被曝、さらには周辺住民の被ばく、350m圏住民の避難、10km圏住民の屋内退避という措置がとられました。・・・・東海村は原子力と共に発展してきた村でもあり、住民の原子力に対する理解と期待は高いものだと言われていました。しかし、この事故により、原子力の安全神話は崩壊しました。

1999年のこの事故で、"原子力の安全神話は崩壊した" と明言している。

ネットで"原子力 安全神話 崩壊"を検索すると、東日本大震災で東電福島第一原発が事故を起こした記事が多数検索される。

しかし、その12年前の事故において、実は"原子力の安全神話は崩壊した"とされているのだ。

JCO臨界事故は、放射線量の高い液体をバケツで手作業で取扱っていた、という、いわばトンデモナイ事例だった。

"トンデモナイ"会社において"トンデモナイ"行為がなされていたのであって、"例外的"な現象と受け取られていたと思う。

"トンデモナイ"ことをしていたのだから、"トンデモナイ"ことが起こったのも不思議はない。

こんなことはよそではあり得ない...と

2011年3月の東京電力福島第一原発の事故は、しっかりしていると思われていた会社で"トンデモナイ"ことが起こってしまった。

いろいろと調べていくと、"しっかりしている会社"で、"トンデモナイ"ことがいろいろとあったと分かってきた。

高さ15mの津波に襲われたのだが、その場所の津波の可能性は日本の最高権威者によって最大5mとされていた、東京電力社内では5mをはるかに越える津波の可能性があることを社内で発表されたが握りつぶされた、事故の後しばらくの間は東京電力はメルトダウンはないと言っていたが、東京電力社内にメルトダウンの規定のあることをほとんどの人が知らなかった、などなど。

JCO臨界事故は、原子力の世界が実は"かなりいい加減だ"ということを知らしめた・・・・はずだった。

しかし、この企業がマイナーな存在だったために、"特殊ケース"という扱いにされてしまった。

2009年2月に発行されたこの本で、明確に"原子力の安全神話は崩壊しました"と書かれた。こういう表現はよく目にするのだが、考えてみると、とてもおかしなことである。

神話とは、"昔から語り継げられている"ということと、"根拠がない"という二つを主要な構成要素とする。

「神話は歴史的な事実である」、なんて考えている人はいないでしょう。

"根拠がない"ことがどうして問題にならないのかと言うと、誰も真実と考えていないからである。そして、真実でなくても被害がないからである。

"原子力の安全"とは"神話である"、とするなら、それは"根拠がない"事を意味する。"根拠がない"事は崩壊して不思議はない。

もし言うとすれば、"原子力の安全説"は"神話だった"と言うことではないのか。"神話"だから"根拠がない"ということと同じ程度に"真実ではない"と言える、ということである。

神話には根拠がない、でも、根拠があるかなんてことはいちいち言うもんじゃないよ、という風潮がこの国にはある。

"それは事実なのか"、"根拠は何なのか"、"どの程度の精度があるのか"、という事を言いだすと、"この国では嫌われる"のである。

この国では、曖昧なことをそのまま大事にして、詳しく掘り下げて分析することは嫌われる。何となく全体の流れに乗って生きていく事が正しい、とされる。

「空気が読めない」という表現がある。「空気を読む」ことが重要だとされる。クソッ、"へど"が出そうだ。

49. フリー <無料>からお金を生み出す新戦略

NHK出版
フリー
 <無料>からお金を生み出す新戦略
クリス・アンダーソン著
小林弘人監修・解説
高橋則明訳 2010年3月5日第9刷発行

プロローグ

伝説のコメディーユニット、モンテイ・パイソンのオリジナルメンバーでいまだ健在の面々は、自分たちのビデオがデジタル世界で大々的に著作権侵害に遭っていることに圧倒されていたが、2008年11月にユーチューブに登場して、反撃ののろしをあげた。

この三年のあいだ、君たちユーチューブのユーザーは、われわれの作品を踏んでは何万本もの映像をユーチューブに投稿してきた。だが、今から立場は逆転する。われわれが主導権をにぎるときが来たのだ。

われわれは君たちが誰でどこに住んでいるか知っている。口にするのも恐ろしい方法で君たちを追跡することもできる。だが、われわれはとんでもなくいい人間なので、もっといい仕返しの方法を思いついた。それは、われわれ自身がユ1チューブ上にモンテイ・パイソンのチャンネルを立ち上げることだ。

もはや君たちが投稿してきた質の悪い映像は用なしだ。われわれが本物を届ける。そう、金庫室から持ち出した高画質の映像だ。さらに、人気の高い過去の映像だけでなく、新たに高画質にした映像も公開しよう。さらにさらに、それらはまったくの無料だ。どうだ!

しかし、われわれは見返りを要求する。

君たちの無意味でくだらないコメントはいらない。その代わりに、リンクペlジからわれわれの映酬やテレビ作品を買ってほしい。そうすることで、この三年問、盗まれつづけてきたわれわれの苦痛や嫌悪感をやわらげてほしいのだ。

3カ月後に、この無鉄砲な無料映像配信の試みはどんな結果となっただろうか。モンティ・パイソンのDVDはアマゾンの映画とテレビ番組のベストセラーリストで二位まで上がり、売上は230倍になった。

どうだ!

無料にした効果はあった。それも見事なほどに。噂は口コミで広まり、2OO万人以上がユーチューブに公開されたモンティ・パイソンの映像を見て、親は子どもたちに『ブラック・ナイト』や『デッド・パロット』のコントをおもしろいよとすすめた。視聴者は、自分たちがモンテイ・パイソンをとても好きだったことを思い出し、もっと見たいとDVDを注文した。

(中略)

驚くべきは、オンラインではこれがよくある事例だということだ。似た話が無数にあり、かなり多くのものが無料で提供されている。それは、ほかのものを売りたいがためであり、さらには、まったく商売気がないことすらよくある。

最近、ネット社会で無料のサービスが増えている。何を狙っているのか不思議だった。

それでこの本を手に取ったのだった。

少しヒントがつかめたような気がする。

で、プロローグだが、実にリアルな一例からスタートする。それで読者の気持ちを引きつけよう、ということだろう。

ここでは、最初は無料で公開して、そのほかにおもしろい物がいっぱいあるよ、有料だけど、となる。

時間的に展開するケースもあるだろう。無料でいろいろと使えますよ、と最初はしていて、しばらくして、これからは一部は有料になります、というものである。

著者は、このような最終的に有料になるものばかりではなく、いつまでも本質的に無料であるものも説明している。

このプロローグの中ほどには、"GoogleもFacebookもWikipediaも完全に無料である"、という旨の記述がある。

実は、そうとも限らない。

つい先日、Wikipediaを開くと、寄付のお願いが表示されていた。お願いだから、もちろん知らないうちにお金が引き出されていた、ということは決してない。しかし、しつこい感は否めない。

こういうことが続いて、ある時、"あと何人かが700円を寄付すれば、Wikipediaは運用を続けることができる"、という様な文面が表れた。私は早速送金の手続きをした。数分後に再度Wikipediaのページを開くと、"あと何人かが1,000円を寄付すれば、Wikipediaは運用を続けることができる"という文面に変わっていて、だまされた印象を受けた。

きっと、誰かが意識的に寄付のメッセージを表示させたのではなく、寄付を求める表示をする仕掛けが組み込まれていて、何かの条件で、あと何人、金額はいくら、という部分に数字を埋めるのだろう。そうでなかったら、こんなに出まかせの様な表現にはならないはずだ。

いずれにしても、この様な状態では、"全く無料である"とは言えない。

つまり、無料と有料の二つがあると言うのではなく、無料と有料との間にいろいろな段階があるのだろう。そしてそれぞれの位置は時間と共に移動していく。

そう考えれば、無料という新しいアイディアに注目して記述する本書は、貴重な存在である。


最後に、これは蛇足に近いとは思うのだけれど、このプロローグの最後の段落が気にかかる。こうなっている。

新しいフリーを理解する者が、今日の市場を粉砕し、明日の市場を支配する。それはすでに始まっている。この本はそうした人々と、彼らが私たちに教えてくれることについて書かれている。そして、過激な価格の過去と未来について―。

"過激な価格の過去と未来"という言葉に引っ掛かってしまった。現在は無料がはびこっているが、未来はまた過激な価格の世界に戻るのか。ああ、ここは、"過激な価格の過去と、(無料が支配的な)未来"ということなのか。

原文はどうなっているのだろうか。

Amazonの"なか見!検索"では一部の本の最初の部分が立ち読みという感じで読むことができるので、もしかしたら、この本も読むことができるかもしれない、という考えが頭をよぎった。

さっそく本書の原著を検索すると、いやはや、本当に読めた。こうなっていた。

It is about the past and future of a radical price.

(Free: How today's smartest businesses profit by giving something for nothing Kindle版 Chris Anderson(著))

どう読んでも"未来もまた過激な価格"である。

解釈としては、過去はその高価なことで過激であり、未来は無料という点でこれまた過激な価格である、ということか。

では現在は、というと、高価な時代の過去から無料の時代の未来への移行期ということだろう。

考えてみると、一部ではあるが、このように著作を"無料"で読むことができるというのは、正に無料の時代の反映だろう。

50. 君は、こんなワクワクする世界を見ずに死ねるか!?

株式会社 マガシンハウス
君は、こんなワクワクする世界を見ずに死ねるか!?
田村耕太郎 著
2012年7月19日 第3刷発行

はじめに

私がなぜこの本を書こうと思ったのか?それには3つの理由がある。

一つは「君らはこんなワクワクする世界を見ずに死ねるか?」と思うからだ。

(中略)

そして二つ目の理由は、これからは外に出ないと生きていけなくなる事実を、正確に伝えたいから。

(中略)

3つ目の理由は「しっかり"詰め込んで"から外に行け」と言いたいからだ。

(中略)

私は60歳で定年退職し、現在、66歳である。元気でいる、という条件をつけるなら先は長くはない。

いろいろと考えていること、いままでに強く感じたことをまとめておこう、と考えることがある。

実は、私がもっとも言い残したいことの第一と第二は、正にここに書かれた一つ目と二つ目のことなのである。

これほど整理された言葉で的確に書かれているのを目にすると、自分では何もしなくていいのではないだろうか、とさえ思ってしまう。

「世界はこれほど魅力にあふれ、興味をそそられることばかりなのに、どうして無関心なのか。なんともったいないことか」と、つねづね思ってきた。

人々の多くはこの世界に対して関心が薄いと感じることが多い。どうしてだろうか。

この世界は面白いことだらけではないか。

もちろん、目をそむけたくなるような悲しい状況もある。怒りに震えることもたくさんある。

そして、癒されることも、感動することも限りなくある。

だったら、できるだけ元気で長生きして、できるだけ多く経験し、できるだけ多く活動した方が楽しいのではないか。

日本は素晴らしい国だが、世界は広い。

日本の外にある高揚感を少しでもかじつたら、いてもたってもいられず君たちはすぐに海外へ出ていくだろう。

これからは外に出ないと生きていけなくなる。

全くそうである。

英語を小学校から教えるべきという議論がある。これに対し、日本語をきちんと読み書き聞き話せるのが先決である、という主張を聞く。

もっともである。

ただし、教えるべきは、文学作品ではない。大事なのは議事録や出張報告の書き方であり、製品の取扱説明書の書き方であり、新製品の提案書や発生した問題の原因究明と対策の説明であり、町内会の回覧版に掲載する行事案内の文章である。

私の世代はベビーブームの終りかけた世代であり、小学校、中学校では1クラスで55人前後の構成だった。このうち、後に文学作品を書く立場になった人間はクラスに一人もいないだろう。一方、多くの人が議事録を書いたり、問題の対策方法について書かなければならない状況を経験していると思う。

以前に多分テレビの番組だったと思うが、ヨーロッパの音楽大学で何を教えているのか、について報告があって強く印象に残っていることがある。

オペラのいくつかの個所を何度も繰り返して練習させるのだそうだ。

音楽大学の学生は、卒業すると、その多くが地方の歌劇場に職を得る。そこで確実に仕事ができるように、代表的な歌劇の中で、演奏にてこずる個所を訓練するというのだ。そうでないと脱落して行くから。

ソロのプレーヤーとしてやっていけるのはほんの一握りである。大多数が地方の歌劇場に行くなら、それに対して最適なトレーニングをすることが必要であると考えられている。

ヨーロッパの、長い伝統の音楽大学でも実用を重んじていることにとても強い印象を受けた。


同様に英語も必要である。読む・書く・聞く・話すの4つをバランスよく身に付けなければならない。

個人的には、小中学校で習うべき事は、掛け算九九をはじめとする計算能力、日本語の読み書き聞き話す力、そして簡単な英語の読み書き聞き話す力ではないかと思っている。

注意すべき事は、これらが欠けてていても、代替手段はあるのだが、それでも必要だと言うことである。

極端な例を引くと、掛け算九九を覚えていなくとも、9x9マスの九九の表を持っていれば計算はできる。ではなぜ覚えなければならないか。スピードが全然違うのである。それは思考するスピードが全然違ってくるということである。

英語にしても、最近では翻訳ソフトなどのツールはネット上で簡単に利用できる。でも自分の頭で処理するのとではスピードがまるで違う。また、英語の場合では、ツールが出した結果が妥当なのかを判断する力が必要なのである。

社内では英語が当たり前のように使われ、日本語を話す新興国の優秀な若者も日本の会社にもっと多く採用されてくる。これからは日本の中だけの日本人同士だけの競争ではなく、多くの外国人と同じ土俵で競争をしなけれはならなくなる。年齢も国籍も性別も関係なく、世界中の人材との競争が当たり前になる。グローバル対応ができていなくては、仕事を見つけるのも困難になる。

(中略)

顔、皮膚の色、話す言葉、慣習、心情も全く違う人々に囲まれる経験がないだけにパニックになりかねない。詳しくは後述するが、「そんなの当たり前の常識」という表現が通用するのは日本国内だけ。"人の数だけ常識"があるのが世界だ。

「空気が読めない」なんてことはまるで問題にならない。言葉で正確に表現して意思の疎通を図る、そういうことが大事なのだ。

「理屈ばかり言うな」などという人が昔はあり得た。今は、理屈以外に話すことはない、というべきである。論理的に伝え、また聞く。こう言うことを当たり前のこととして処理できなくてはならない。

私の考えをここで書くよりは、この本を読んだ方が良い。本当はもっと多くを引用すれば良いのだが、引用部分が多くなると、著作権の問題が出てくるので、ここでは引用は控えめにしている。

最後になるが、「この3つの理由がある」と冒頭にあり、二つだけ触れた。残りの一つは、「しっかり"詰め込んで"から外に行け」である。

これについては賛成しない。もちろんその方が望ましいのだが、"詰め込みが足りない"状態でもかまわないと思う。ゼロでは困るが、ある程度の経験や知識があれば、世の中を渡って行けるものだと思う。

準備することばかりに集中し過ぎると、それだけで終わってしまう。知識や技術、あるいは外国語を使う力を考えても、きりがないのである。本当は学ぶべき知識や習得すべき技術はまだまだあるのだが、と思いつつ、ある程度のところで見切り発車すべきだと思う。

早い話が、英語をマスターする、などということはどれだけ時間をかけてもあり得ない。


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