日本語のあれこれ日記【36】

原始日本語の手がかりを探る[27]―ふたたび・自動詞と他動詞の対応関係

[2018/6/10]


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動詞のリストについて

前回の記事で、自分なりの動詞のリストを作ったことを書きました。

これを基に分析していこうと思います。

最初に、この個人版動詞リストの内容をはっきりさせる必要があります。そうしないと、どこまで信用できるかという限界がはっきりしません。

前回の記事で、この動詞リスト作成の経緯を書きました。

その結果、全部で2087語がリストアップされています。

この数は、随時変化しています。

たとえば、"詔す"は明らかに漢語+サ変の"す"の形ですから、漢字がもたらされる前にはなかった言葉です。しかし、8世紀前半の文例があります(日本国語大辞典 精選版。以下、精選と略する)。

いわゆる和語の一番古い文例でも、記紀のもので8世紀前半ですから、古さという点では最古のものになります。

こういう言葉を除外するかどうかは微妙なところで、判断に迷います。(結果的にはできるだけ削除しました。)

また採録漏れはいつまでたっても見つかります。

たとえば"飛ばす"という動詞は、"飛ぶ"をリストにいれながら漏らしていて、偶然気がついて追加したものです。

辞書にはあったものを見逃したか、辞書になかったのかは分りません。無かったとすると、古典文学の中で"飛ばす"は出現頻度が低いのか、あるいは現代語と同じ形、同じ意味であるために採録しなかった、という可能性があります。

古語辞典には、現代語と同じ意味の言葉が漏れていることはたびたび感じます。

そういうわけで、個人版動詞リストは、少しずつですが、常に増減しています。

動詞のリストから自動詞・他動詞の対応関係をみる

この個人版動詞リストに対して、まず、自動詞と他動詞の対応関係を調べることにしました。

その手順は以下です。

(1)自動詞と他動詞が対応しているものを選び出してグループとする。

(2)言葉の要素ごとに分解する。(すでに、自動詞化する要素として"ar"、他動詞化する要素として"as"を想定しましたので、同様に分解する)

(3)統計的に多く現れるパターンを抽出する。

自動詞・他動詞対応リストについて―微妙なこと

自動詞と他動詞が対応するリストを前記の動詞リストから探していくのですが、いくつか処理に悩むことがでてきました。

たとえば、"明く"に関しては、"明かす"、"明かる"は自動詞・他動詞が対応しているグループとして良いでしょうが、"赤る"は微妙です。

小学館 古語大辞典の"あかる"の項には、"明かる"と"赤る"の二つを含め、"語誌"の欄では

「明かる」と「赤る」との区別は微妙で、文脈によらなければならない場合も多い。枕草子・一の「やうやうしろくなり行く山ぎは少しあかりて」などは、その判別の微妙な例である。

と書かれています。

精選では、あか【赤・紅・朱・緋】の項について、以下のような記述があります。

名詞に関して、括弧書きで、

"「あか(明)」と同語源という"

また、語誌欄では

(前略)「アヲ・クロ・シロと並び、日本語の基本的な色彩語であり、古くは、光の感覚を示し「赤・明かし・明く・明け」と同根の類をなし、(以下略)

と書かれています。

考えてみると、「日の出の赤い太陽が上る」と、「空が明るくなる」、という現象は同じようなこと、と捕らえられていたのだろう、と想像できます。

もう一つ、今でも迷っているのが、"借る"と"貸す"、現代語では"借りる"と"貸す"です。

どちらも他動詞なのですが、語の構成としては、k-ar-[i/i/u/uru/ure]、k-as-[aiuue]と表せます。

[ ]で括った部分は変化部分(活用部分)です。四段活用の場合はすべて1文字なので、区切り記号"/"は省略しています。

今後とも基本的にこの表現を使う予定です。

また、命令形を除いていることも、このシリーズの記事での取り扱い方を引き継いでいます。

"命令形を除く"という扱い方については、以前の記事「原始日本語の手がかりを探る[4]―動詞の活用」を参照願います。

"ar"と"as"は、以前の記事で書いたように、自動詞化する要素と他動詞化する要素ととらえてきました。

k-ar-[i/i/u/uru/ure]と表せて、語の構成が自動詞に似ている"借る"が他動詞では困るのです。

例外として扱うべきなのでしょうか。

いろいろ考えましたが、今のところ、例外という扱いではなく、自動詞、他動詞という分け方と"ar"、"as"の使い方の区別がすこしずれている、ということに落ち着きました。

たとえば、"落つ"と"落とす"という言葉を考えてみます。

自動詞"落つ"は現代語で"落ちる"で、何かが落下する、ということです。

これに対して他自動詞"落とす"は誰かが何かを落下させるということです。落とす人と落ちるものとがあり、注目の対象は落ちるものにあるわけですが、落とした人に対する注目も保持していて、落ちているものは落としたひとから離れていきます。あるいは落とした人の視点で、落ちて自分から離れていくものを見ています。

"落ちる"という場合、落ちていくものに注目が集まっていて、落ちる前にそれがあった場所、あるいは落ちることになった原因に対する興味は薄れていますので、何かから離れていく、という状況は認識されません。

このように考えると、"ar"と"as"は、文法の自動詞と他動詞の分け方に一致するのではなく、それに近い、という風にすこし緩めて考えるべきと思われます。

そういう点では、自動詞的、他動詞的という言い方が適切でしょうが、"的"をつけたからといってそれほどの効果は期待できません。区分をぼかしただけですから。

これからも、自動詞、他動詞という言葉を使って、その二つを対比させて分析しますが、それは文法で言う自動詞と他動詞の違いと厳密に一致するものではない、という事はここで述べておきます。

具体的な手順

動詞のグループ化とは、次のようなものです。

"集まる"と"集む"は共通の意味合いがあり、それぞれ自動詞、他動詞ですから一つのグループとします。

自動詞"消ゆ"に対して他動詞には"消す"、"消つ"の二つがあり、最古の文例はそれぞれ9世紀。8世紀と近いため、これらの三つは一つのグループとします。

"携(タヅサ)へる"は自動詞、他動詞ともにあり、また他動詞"携(タヅサ)ふ"もあり、最古の文例はいずれも8世紀であるため、この三つで一つのグループとします。"携ゆ"は意味上は同じグループですが、出現が室町時代(精選)とされますから、これは除外します。

では、時代としてはどの範囲まで含めるか、というと、古代の日本語を知りたいのですが、奈良時代の文献は少ないため、奈良時代、あるいはそれ以前に使われていた言葉が、平安時代の文献に初めて見つかる、という事は十分考えられます。

平安時代の和歌、日記、物語は膨大な量があります。そのすぐあとに平家物語に代表される軍記物が出てきます。ここまでを含めることにして、13世紀を区切りにします。

グループ分けの結果

グループの数は132、動詞の数は298になりました。

それぞれについて、変化部分(活用部分)の直前に、自動詞特有のあるいは他動詞特有のパターンがあるかどうかを分析します。

以前の記事で書いたように、自動詞は"ar"、他動詞は"as"が目立っていました。

今回の調査では次の結果になりました。

表1 自動詞

分類 出現数 割合(%) 語の例
ar 51 17.1 別る、上がる、当たる、余る
or 18 6.0 埋(ウ)もる、籠(コモ)る、積もる、残る
ur 8 2.7 移る、隠る、過ぐる、外る
ir 2 0.7 似る、走る
iy 2 0.7 消(キ)ゆ、見ゆ
er 1 0.3 返る、
oy 1 0.3 超(コ)ゆ
ik 1 0.3 拗(ネジ)く
im 1 0.3 軋(キシ)む
ah 1 0.3 慣(ナ)らふ
oh 1 0.3 潤(ウルホ)ふ
その他 211 70.8
合計 298 100.0

表2 他動詞

分類 出現数 割合(%) 語の例
as 49 16.4 明かす、荒らす、驚かす、足す
os 20 6.7 潤(ウルホ)す、落とす、越す、直す
us 10 3.4 移す、隠す、尽くす、外(ハヅ)す、許す
at 4 1.3 頒(アカ)つ、過(アヤマ)つ、放つ、分かつ
es 2 0.7 返す、消す
ar 2 0.7 借る、携(タヅサ)はる
is 1 0.3 似る
et 1 0.3 消つ
ot 1 0.3 毀(コホ)つ
ir 1 0.3 軋(キシ)る
ah 1 0.3 失ふ
その他 206 69.1
合計 298 100.0

グループ内自動詞・他動詞のパターンの対応

"余す"、"余る"は一つのグループにあり、自動詞と他動詞の対応関係のパターンは"ar/as"と表現することにします。

"/"の左は自動詞のパターン、右は他動詞のパターンです。つまり自動詞が"ar"、他動詞が"as"のパターンを持つという事になります。

"集まる"、"集む"は一つのグループにあり、自動詞と他動詞の対応関係のパターンは"ar/-"と表現できます。

"ar/-"とは自動詞は"ar"のパターンを持ちますが、他動詞には該当するパターンがないというものです。

このように、自動詞と他動詞の対応関係をグループごとに表すと、どうなるでしょうか。

自動詞、他動詞のそれぞれが複数の形を取ることがあります。

たとえば、"極(キハ)む"には自動詞と他動詞があり、同じグループに自動詞"極(キハ)まる"もあります。

自動詞には、"ar"というパターンが付くものとそのようなパターンがつかないものがある、という事になります。このような場合には"-,ar/-"と表現します。"/"の左は自動詞で、特定のパターンがない("-")ものと"ar"というパターンがあるものという二種類があり、"/"の右の他動詞には該当するパターンがないというものです。

分析した結果は表3のようになりました。パターンの組み合わせは37種類で延べ数は132、このうち、1ケースだけ発生しているものは24種類です。

表3 自動詞・他動詞のパターンの対応


パターンの組合せ 出現数 割合(%) 語の例
-/as 30 22.7 遊ばす/遊ぶ、合ふ/合はす、荒る/荒らす
ar/- 26 19.8 上がる/上ぐ、当たる/当つ、生まる/生む
or/os 11 8.3 起こる/起こす、通る/通す、残る/残す
ar/as 9 6.8 余る/余す、足る/足す、成る/成す
-/os 7 5.3 起く/起こす、落つ/落とす、滅ぶ/滅ぼす
ur/us 6 4.5 移る/移す、隠る/隠す、外(ハヅ)る/外す
or/- 4 3.0 埋(ウ)もる/埋(ウ)む、
-,ar/- 3 2.3 極(キハ)む・極(キハ)まる/極(キハ)む、伝ふ・伝はる/伝ふ
-/- 3 2.3 伴(トモ)なふ、服(マツロ)ふ、柔(ヤハ)らぐ
ar/at 3 2.3 頒(アカ)る/頒つ、過(スグ)る/過す、放る/放す
-/us 2 1.5 生(オ)ふ/生ほす、尽く/尽くす、許(ユ)る/許るす
-,or/- 2 1.5 積む,積もる/積む、広ぐ,広ごる/広ぐ
-/-,as 2 1.5 伸ぶ/伸ぶ,伸ばす、揺る/揺る,揺らぐ
その他(出現数が1) 24 18.2
合計 132 100.0


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