日本語のあれこれ日記【37】

原始日本語の手がかりを探る[28]―自動詞と他動詞の対応関係の分析

[2018/6/14]


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前回の記事で、動詞の特徴的なパターンを整理しました。

それを基に分析していこうと思います。

分析1 "ar"と"as"

まず、"ar"と"as"です。

"ar"を含む自動詞は51個、"as"を含む他動詞は49個で、それぞれ2位の出現数の約2.5倍と際立っています。

2位の出現数は自動詞では"or"で18、他動詞では"os"の20個です。

類似の意味を持つ自動詞と他動詞のグループとしては、"-/as"が最多で30、その後は"ar/-"の26、"or/os"の11、"ar/as"の9と続きます。

"ar/as"がそれほど多くなく、"-/as"、"ar/-"が3位より約2.5倍ある、ということは、基になる自動詞に"as"をつけて他動詞にしたり、基になる他動詞に"ar"をつけて自動詞にする、という作用が多い、という事になります。

この"基になる"動詞は自動詞、他動詞のいずれかに片寄っていません。

つまり、自然に自動詞が生まれ、それに"as"をつけて他動詞を作る、あるいは自然に他動詞が生まれ、それに"ar"をつけて自動詞にする、という作用があったものと思われます。


代表的な例として、"上ぐ"、"下ぐ"を取り上げます。

"上ぐ"は "ag-e/e/u/uru/ure"、"下ぐ"は "sag-e/e/u/uru/ure" で、他動詞です。

自動詞化すると、"上がる"は"ag-ar-aiuue"、"下がる"は"sag-ar-aiuue"となります。

"基になる"動詞はいずれも下二段活用ですから、アガル、サガルの"ガ"の音(おん)は活用からは出てきません。

ですから、動詞を作る四段活用型の助動詞"る"という事を想定するのは難しい、と感じます。

ただし、一つの可能性として、原始日本語ではすべての動詞が四段活用で、その時に未然形に接続する助動詞"る"があって、"上がる"、"下がるができ、その後、徐々に上一段、上二段、下二段などの活用の種類に分離していった、と考えることはできます。

原始日本語ではすべての動詞が四段活用四段活用だった、という考え方は、以前の記事(原始日本語の手がかりを探る[18]―9活用形以前について)の末尾のところで次のように触れました。

想像力をたくましくして"さらに"続けていくと、活用形は"a-i-u-u-e"がもっともオリジナルな形で、そのバリエーションとして、未然・連用形が"i-i""e-e""o-i""e-e"という活用の種類が発生した、ということを思いつきます。(元記事の語句を少し修正しました。)

"上ぐ"と"上がる"、"下ぐ"と"下がる"はどのような関係にあるのでしょうか。

"上ぐ"があってそこから"上がる"が生じた、あるいは"下ぐ"があってそこから"下がる"が生じた、と考えるなら、"上ぐ"、"下ぐ"がより基本的、一般的で、"上がる"、"下がる"がより限定的でしょうか。それほどの違いは無いように思われます。

分析2 "ar"、"or"、"ur"

"ar"のように自動詞に多く現れるパターンとして"or"、"ur"があります。この三つが自動詞パターンの出現頻度のトップ3です。

"or"は"ar"の1/3程度、"ur"はさらにその1/2と出現頻度は低いのですが、"or"、"ur"には共通する特徴があります。

"or/os"、"ur/us"という組合せが多いのです。

"or"の出現回数は18で、そのうち"or/os"のタイプは半数以上の11です。

同様に"ur"の出現回数は8で、そのうち"ur/us"のタイプは3/4の6です。

"or/os"の例には、"残る/残す"、"こぼる/こぼす"(水がこぼれる/水をこぼす)、"通る/通す"があります。

"ur/us"の例には、"移る/移す"、"隠る/隠す"、"外(ハヅ)る/外す"があります。


いろいろ考えましたが、結論めいたことには到達できませんでした。

それよりも、"ar"、"or"、"ur"がどのように選択されるのか(選別されるのか)、という事が気になってきました。

自動詞では出現回数が3番目の"ur"が8、それに続くのは"ir"、"iy"ですが、出現回数は2と少ないので、上記の3パターンについて考えてみます。

分析3 自動詞のパターン"ar"、"or"、"ur"

直前の母音との比較をします。なお、たとえば"or"の出現回数は18で、そのうち、"乗る"、"寄す"の二つには自動詞のパターン"or"以外に母音はありませんので、それ以外をカウントします。

表1 自動詞

分類 arの前の母音 orの前の母音 urの前の母音
a 27 2 2
i 5 0 0
u 6 3 5
e 1 0 0
o 8 11 0
合計 47 16 7

見事にはっきりした結果となりました。

arの前の母音は"a"が最多で47個中の27(57%)、orの前の母音は"o"が最多で17個中の11(65%)、urの前の母音は"u"が最多で7個中の5(71%)。

つまり、"当たる(at-ar-aiuue)"、"残る"(nok-or-aiuue)、"移る"(ut-ur-e/e/u/uru/ure)のように同じ母音が続くのです。

これは母音調和の表れなのでしょうか。

私が作った動詞のリスト、そしてそれを基にした自動詞、他動詞の分類などについて、漏れや誤りがあるのは確かですが、このような統計上現れた特徴については妥当性があると考えます。

分析4 他動詞のパターン"as"、"or"、"us"

他動詞のパターンは、出現回数の上位の三つが"as"、"os"、"us"で、自動詞のパターンと同じでした。

分析3 と同様に、直前の母音との比較をします。

結果を表2 に示します。

表2 他動詞

分類 asの前の母音 osの前の母音 usの前の母音
a 17 2 2
i 7 0 0
u 6 1 7
e 3 0 0
o 10 13 0
合計 43 16 9

"as"の前の母音は"a"が最多で43個中の17(40%)、"os"の前の母音は"o"が最多で16個中の13(81%)、"us"の前の母音は"u"が最多で9個中の7(78%)。

"as"については、自動詞での"ar"ほど集中しているものではありませんが、"os"、"us"については自動詞の"or"、"ur"の場合と同様にはっきりした結果となりました。

もっとも、"as"では出現回数が2番目は"o"の10(23%)ですから、"a"は、2番目の1.7倍の出現回数なので、「"as"の前の母音は断然"a"が多い」といえるでしょう。

分析3、4の結果に対する考察

一つ前の記事で、自動詞、他動詞のパターンに対する動詞の例を表示しています。

上位の3パターンについて再度掲載します。

表3 自動詞

分類 出現数 割合(%) 語の例
ar 51 17.1 別(アカ)る、上がる、当たる、余る
or 18 6.0 埋(ウ)もる、籠(コモ)る、積もる、残る
ur 8 2.7 移る、隠る、過ぐる、外る

表4 他動詞

分類 出現数 割合(%) 語の例
as 49 16.4 明かす、荒らす、驚かす、足す
os 20 6.7 潤(ウルホ)す、落とす、越す、直す
us 10 3.4 移す、隠す、尽くす、外(ハヅ)す、許す

母音調和のような現象に相当するものとそうでないものを分けて表すとつぎのようになります。

表5 自動詞

分類 出現数 割合(%) 語の例[母音調和的] 語の例[非母音調和的]
ar 51 17.1 別(アカ)る、上がる、当たる、余る
or 18 6.0 籠(コモ)る、残る 埋(ウ)もる、積もる
ur 8 2.7 移る、過ぐる 隠る、外る

表6 他動詞

分類 出現数 割合(%) 語の例[母音調和的] 語の例[非母音調和的]
as 49 16.4 明かす、荒らす 驚かす
os 20 6.7 落とす 潤(ウルホ)す、直す
us 10 3.4 移す、尽くす、許す 隠す

母音調和によって、"ar"群(ar, ir, ur, er, ir)から一つが採用されるなら、それはそのままで議論の余地はありません。興味は非母音調和的な語の成立に向くでしょう。

非母音調和的な語に注目してローマ字表記(ただし変化部分(活用部分)は省く)も交えると、以下のようになります。

表7 自動詞

分類 出現数 割合(%) 語の例[非母音調和的] ローマ字表記
ar 51 17.1
or 18 6.0 埋(ウ)もる、積もる um-or、tum-or
ur 8 2.7 隠る、外る kak-ur、had-ur

表8 他動詞

分類 出現数 割合(%) 語の例[非母音調和的] ローマ字表記
as 49 16.4 驚かす odorok-as
os 20 6.7 潤(ウルホ)す、直す uruh-os、nah-os
us 10 3.4 隠す kak-us

"埋(ウ)もる"はなぜ"埋(ウ)むる"とはならなかったのか。

理屈をつけることはできます。

"埋(ウ)もる"に対応する他動詞"埋(ウ)む"の活用の種類は下二段なので、その連体形は"埋(ウ)むる"です。自動詞を母音調和的な"埋(ウ)むる"とすると同じ音になってしまいます。

もう一つの例の"積もる"はこの説明が当てはまりません。母音調和的な"積むる"としても、他動詞"積む"は活用の種類が四段なので、"積むる"と同音にはなりません。

ただし、"積む"と同音の"詰む"は下二段活用ですから、その連体形"詰むる"とは重複します。

考えてみると、"積む"と"詰む"は意味が近寄ったところがありますから、古くは両者は区別がなく、"ツム"だったという可能性はないわけではないと思われます。

"隠る"、"外る"はどうでしょうか。これはどちらも"ar"-"as"型で他動詞はそれぞれ"隠す"、"外す"ですから、他動詞の音(おん)と重複する、という問題はありません。

"隠す"-"隠る"は、"カク"が共通で、kaku-ru、kaku-suという構造ととらえるべき、とも考えられます。

"外す"-"外る"も同様に考えると、"ハズ"が共通で、hadu-ru、hadu-suという構造ということになります。

なお、この他動詞の連体形と重複する、という問題は、変化部分(活用部分)に"ル"が含まれることから"ar"群の自動詞のパターンと重複する訳で、他動詞のパターンである"as"群(as, is, us, es, os)は無関係です。

まるで分っていないのですが

"kaku-ru"、"kaku-su"という構造は、今まで主として母音+子音、あるいは母音で始まり子音で終わる形で語の構造を考えてきたのと、異なる見方です。

もともと日本語の音(おん)は、基本的に"子音+母音"を単位とするCV型(CがないV単独も含む)と言われます。

"母音+子音"という、いわばVC型というものは考えないのが普通です。しかし、今まで見てきたように、VC型として扱った方が構造がわかりやすい、という側面もあります。

VC型というのは、真実はどうなのか、ということはさておき、分析に便利、という、それだけで見ているだけです。

ですが、ここに出てきた"kaku-ru"、"kaku-su"という構造は、VC型として見るときにはうまくいきません。

「まるで分っていない」というのは、VC型で見た方がわかりやすい場合とCV型として見た方がわかりやすい場合があると感じるのです。

二重構造になっている感があります。

感じがするだけで、本当の所は「まるで分っていない」のです。


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