日本語のあれこれ日記【21】

原始日本語の手がかりを探る[12]―中間まとめ

[2017/8/8]


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ここでいままで考えてきたことをまとめてみる

このシリーズの第1回の記事で"原始日本語の手がかりを探る[1]―始めにを書きました。

勉強しなければいけないことが山ほど有るのですが、自分の立場というものも把握しておきたい、とう気持ちがあり、一度まとめてみることにしました。

まとめるだけではなく、今まで書いてきたことについてあらためて考察し、少しは検討を深めていきたいと思います。

思い

私が今まで記事を書いてきて、これからも続けていこう、ということは、日本語の始まりの形、というものです。

そこで期待しているのは、規則的で、少ないルールで全体が規定されている日本語、というイメージです。

そのようなものがあるのか無いのか、まだ分かりませんが、そうでないと面白くありません。調べていて楽しくありません。

そうかといって、正しくないことをむりやり押し通すわけにはいかず、特に「期待する方向にバイアスがかかる」傾向がありますから、各論の評価では特に慎重に判断しなければいけません。

以上のことを心にとめていきたいと思います。

しょせん、素人の考えですから限界があるのですが、逆に"素人ゆえの僥倖(beginner's luck というものでしょう)"ということで、なにか新しいことが見つかるかもしれない、とも思っています。

前提

動詞の活用から調べ始めることにしました。

そのきっかけは、ラ行音で始まる言葉が擬態語・擬音語以外には存在しないといっていいくらいであるのに対し、現実には語頭以外で頻出するのはなぜだろう、という疑問でした。その結果、動詞・助動詞などの活用形の中にラ行音が頻発している、という事実に突き当たります。では"活用"とはどういうものなのだろうか、ということになり、動詞の活用について調べだした、ということです。

活用形は、未然・連用・終止・連体・已然・命令の6種類と言われます。これは古語の場合で、現代語では已然形がなく、仮定形が入ります。

それに対し、このシリーズでは命令形は除外しています。その理由は、たとえば"見る"の命令形は古語では"見よ"とされますが、この"よ"は活用形の一部なんだろうか、というと、そうではなくて助詞、あるいは接尾辞などと言われるものではないかと思うのです。

「○○君よ」、「こうしろよ」、「わかったよ」、「それは違うよ」などど思いつきますが、間投助詞のようなものですね、それであって、活用形の一部にするのは疑問があると感じるのです。

また、古い時代のことぱを探ろうとするのですから、古語を基準にします。現代語の取り扱いは、主に、古語から現代語へと変化した様子を逆方向にたどるという時に参照することになります。

活用形

表 1

活用の種類 四段 ラ行変格 ナ行変格 上一段 上二段 下一段 下二段 カ行変格 サ行変格
語の例 読む あり 往ぬ 見る 起く 蹴る 得(う) 来(く) 為(す)
未然 yom a zu ar a zu in a zu m i zu ok i zu k e zu φ e zu k o zu s e zu
連用 yom i te ar i te in i te m i te ok i te k e te φ e te k i te s i te
終止 yom u ar i in u m iru ok u k eru φ u k u s u
連体 yom u toki ar u toki in uru toki m iru toki ok uru toki k eru toki φ uru toki k uru toki s uru toki
已然 yom e do ar e do in ure do m ire do ok ure do k ere do φ ure do k ure do s ure do

ここでは語幹はすべて子音で終わるものとしています。例外は"得(う)"で、これは語幹がないので"φ"と表記することがあります。

通常は"見る"は"mi"を語幹とするなど、母音幹動詞と子音幹動詞と分類しますが、四段活用動詞と比べると、"m"が語幹で活用部分が"i"とした方が構造的にシンプルです。

シンプルな規則の方がより真実に近い、と考えたわけです。

正しいかどうかまだ分かっていないので、まず動詞はすべて子音幹として進めていき、問題が見つかったら改めて考え直すことにしようと考えています。

変化部分のみを取り出してみます。

表 2

活用の種類 四段 ラ行変格 ナ行変格 上一段 上二段 下一段 下二段 カ行変格 サ行変格
語の例 読む あり 往ぬ 見る 起く 蹴る 得(う) 来(く) 為(す)
未然 a a a i i e e o e
連用 i i i i i e e i i
終止 u i u iru u eru u u u
連体 u u uru iru uru eru uru uru uru
已然 e e ure ire ure ere ure ure ure

変化部分は、"a,i,u,e,o"の母音と"r"の組み合わせで、"r"が入るのは、"iru"、"ire"、"uru"、"ure"、"eru"、"ere"の6パターンで、"i,u,e"の一つと"ru,re"の一つがつながった形をしています。

このことからラ行音は"る"と"れ"といわれます。

たとえば上一段活用では終止・連体・未然が"iru・iru・ire"と変化している時に、"ru・ru・re"がラ行音である、と言うことです。

そこで、"ru・re"の部分を削除して見ます。

表 3

活用の種類 四段 ラ行変格 ナ行変格 上一段 上二段 下一段 下二段 カ行変格 サ行変格
語の例 読む あり 往ぬ 見る 起く 蹴る 得(う) 来(く) 為(す)
未然 a a a i i e e o e
連用 i i i i i e e i i
終止 u i u i u e u u u
連体 u u u i u e u u u
已然 e e u i u e u e u

終止・連体・已然は同じ音、すなわち"i・i・i"、"u・u・u"と"e・e・e"のタイプと、それ以外のタイプがあります。

次に、"iru"、"ire"、"uru"、"ure"、"eru"、"ere"の6パターンから、先頭の2文字("ir,ur,er")を除いてもラ行音を消すことができるので、それを試してみました。

表 4

活用の種類 四段 ナ行変格 上一段 上二段 下一段 下二段 カ行変格 サ行変格 ラ行変格
語の例 読む 往ぬ 見る 起く 蹴る 得(う) 来(く) 為(す) あり
未然 a a i i e e o e a
連用 i i i i e e i i i
終止 u u u u u u u u i
連体 u u u u u u u u u
已然 e e e e e e e e e

すぐに分かるのは、終止・連体・已然の各活用形で、ラ行変格を除いてすべて"u-u-e"というパターンであるということです。

これが共通の骨格を形成しているのではないか、と予想します。

また、改めてラ行変格活用というものはほかの活用形と全く違う性格を持っているといえるでしょう。

未然・連用形は、"ai"、"ii"、"ee"、"oi"、"ei"の五つのパターンがあります。

上記したように性格が全く違うかのように見えるラ行変格は四段、ナ行変格と同じ"ai"のパターンです。

この活用表から想像されること―活用のパターン

終止・連体・已然の各活用形で、ラ行変格を除いてすべて"u-u-e"という統一されたパターンであることから、終止・連体・已然の各活用形を共通とし、主として未然形がいろいろなパターンをとることにより相互に区別しやすいように活用形が分離した、という考え方をここでは採ります。根拠があるからというのではなく、仮にこうしたらどうなるのかを検討する、という意味だけです。

未然形がどうして相互に異なるパターンを持つと都合がいいのか。それは、助動詞が接続する動詞の活用形は未然形が多いことが考えられます。

試みに、辞書の助動詞の活用表で接続する相手の活用形を数えてみました。「三省堂 全訳読解古語辞典」の付録にある「主要助動詞一覧」(*1)から、その接続相手の活用形に関する記述を機械的に数える方法を取りました。

未然形…15
連用形…7
終止・ラ変の連体形…3
連体形…2
命令形…1
その他(体言など)…2

未然形が50%を占めます。

もっとも、助動詞が接続する相手の活用形が決まってきた時期と、活用の種類が分離して確定してきた時期のどちらが先なのか分かりませんから、この説明は根拠が弱いのは確かです。

また、動詞に直接接続する接続助詞、終助詞の相手の動詞活用形は連体形が多いので、その点からは未然形が重要視される理由にはならないともいえます。この点については、助動詞とその接続相手である動詞の結びつきは、あたかも一体化された用言、というように働き、一方接続助詞、終助詞はそれで一旦文の流れが切れ、それから次の文に続くもので、動詞とのつながりの密接度(あるいは切実度)は助動詞のほうが上回り、その点では動詞の未然形と助動詞との接続性がより重要視される、という見方は可能だと思います。

また、未然形・連用形では "a,i,e,o" のみが使われ、"u" が使われない理由に付いては、終止・連体形に "u" が頻出するためにこれを避けた、と考えればつじつまが合います。

この活用表から想像されること―ラ変動詞

助動詞の接続性に関して、接続する相手の活用形を「終止形・ラ変の連体形」とするものが三つあることも注目されます。

打消・推量の"まじ"、推量の"らむ(らん)、めり、らし、べし"、伝聞・推定の"なり"です。

ラ変動詞においては"ある"に、他の動詞においては終止形に接続する、ということであり、"ある"も助動詞の接続性については終止形と同等の扱い受ける、ということになります。

終止形に接続する例はほかにありません。従って、助動詞の接続性の観点では、ラ変動詞"あり"は"ある"が終止形に相当する、ともいえるでしょう。

室町時代には古語のラ変動詞"あり"については"あり"と"ある"が両方使われ、「終止形は『ある』が優勢」(新潮国語辞典―現代語・古語―(*2))であり、五(四)段活用に変化したと見られます。

古語以前の状態は分かりません。もともとは四段動詞だったものが終止形が"あり"に変わったためにラ変動詞となり、後に四段動詞に戻ったのか、あるいは最初から終止形は"あり"で、平安時代ころに、助動詞の接続としては他の動詞が終止形で接続するさいにラ変動詞"あり"では連体形が用いられ、その後、文の終止の場合にも"ある"が次第に用いられるように変わったのか。

この活用表から想像されること―活用のパターンの分類

表4までは、現実の状態(といっても過去のことですが、広く正しいと見られている事柄)からの演繹の結果ですが、これ以降は想像の世界になります。

すでに見たように、終止・連体・已然系が共通の "u-u-e" というパターンを持つこと(ラ変動詞は例外ですが、それでもすでに "u-u-e" のパターンとして部分的に扱われていること)、未然・連用形が、 "ai"、"ii"、"ee"、"oi"、"ei" の五つのパターンに分類できることを考慮して、未然・連用形のパターンで分類してみました。

終止形・連体形がほぼ同じであることを考えると、両者を分ける必要がないとも考えられます。そこで、一つのものとし、終止連体形と称することにします。

ラ変動詞についてては未然・連用形が "a-i" で四段動詞と同じですが、今の段階では四段動詞に組み入れず、変格としておくものととします。

古語の時代の一つ前の姿である可能性が有り、これを次表のように原始活用と呼び、具体的な活用形を原始ai正調などと呼ぶことにします。まったく勝手な呼び方です。

表 5

原始活用形 原始ai正調 原始ii正調 原始ee正調 原始oi正調 原始ei正調 原始ラ行変格
活用の種類 "ai"型 "ii"型 "ee"型 "oi"型 "ei"型 "ai"型変格
語の例 読む・往ぬ 見る・起く 蹴る・得(う) 来(く) 為(す) あり
未然 a i e o e a
連用 i i e i i i
終止連体 u u u u u i(u)
已然 e e e e e e

この表の活用を"原始活用"と仮称します。これ自体が正しいものなのか、全く的外れなのかは、今後吟味していきます。

原始活用から古語活用への変化

次の課題は、この原始活用(原始正調活用と原始ラ変活用)が、どのようにして古語としての九つの活用形に変化していったのか、ということです。

これはある意味で分かりきったことです。

動詞の変化部分において、 "iru"、"ire"、"uru"、"ure"、"eru"、"ere" という "r" を含むものについて、その始めの2文字 ("ir"、"ur"、"er") を取り外して表5の原始活用形と呼ぶものを抽出したのですから、古語に於ける9種類の活用形は "ir"、"ur"、"er" が付加されたことにより生じたものと想像されます。

それでは "ir"、"ur"、"er" とは何でしょうか。

想像力に頼っていえば、 "r化" だと考えます。

"rの響きを持つ"音に変えるような圧力が加わったということです。

ローマ字で表記した時に "r" の音が入るようにするには、一般的に、子音の後に "母音+r" という2文字を続けるか、母音の後に "子音+r" という2文字をを続けるか、の選択になります。

表2を見ると、語幹と活用部分の間に "ir"、"ur"、"er" が挿入されているように見えます。

なぜ「語幹と活用部分の間」という位置が選ばれたのか、ということについては確かにそうなる合理性があるように思います。

語幹と活用部分の末尾は保持したい、ということです。これは "r化" を被った側の反応なのか、 "r化" の圧力を加えた側の方針なのかは分かりません。

語幹はその語の意味的性格を表しており、これを "r化" して変えると、語の意味合いの連続性が保ちにくい、とか、変えることにより別の語と混同しやすい、などの弊害が出やすいと考えられます。

活用部分の末尾は、その次に続く語(助動詞や助詞、その他の言葉が続く場合ですが)との接続上の関係を変えてしまうことになり、それを保持するには挿入する"r化"の音が制限されます。

「語幹と活用部分の間」であれば、語幹は不変で、活用部分の末尾が変わらなければ、それまでの語の接続関係は影響されません。


ここで注意すべきことを書いておきます。

語幹は子音で終わる(唯一の例外は終止形が1音の"得(う)"のみ)ことにしたために、「"ir"、"ur"、"er"が挿入されている様子が浮かび上がった」のです。

ですが、「語幹はすべて子音で終わる」という誤った操作をしたために、本当は全く別の原理で発生した9種類の活用形について、「"ir"、"ur"、"er"が挿入されているかのように見えた」のかもしれません。


では、どの活用の種類のどの活用形にどのような "r音" が挿入されたのでしょうか。

次のようなことを想像することができます。

(1) 未然・連用形は活用の種類ごとに違いがあり、終止連体と已然形については、ラ行変格を除いた残りすべが統一されているので、終止連体と已然形に "r化" が働いた。 "r化" とは基本的に "ur化" だった(圧力の内容が "r化" なのか "ur化" なのか、についてはまだよく分かりません)

(2) 原始"ai"正調については、ほんのわずかの動詞に "r化" が働いた。それは"往ぬ"と"死ぬ"の二つで、これに "ur化" が働いた。

(3) 原始"ii"正調、原始"ee"正調についても "ur化" するのを本則とするが、未然・連用形がそれぞれ "ii"、"ee" であり、音が連続する特徴を終止連体・已然系にも"貫徹"するべく、それぞれ "ir"、"er" というタイプも作り、二本立てとする。

(4) 原始"oi"正調、原始"ei"正調についても "ur化" する。

(5) 原始ラ行変格については "ara-ari-ari-aru-are" で、すでに "r化" がされているかのような語の構成のために、 "r化" は作用しなかった。

原始活用から古語活用への変化について残る疑問点

逆に、大きな疑問があるにもかかわらず、全く見当がつかないことがあるのです。

原始活用では、終止形と連体形は、ラ行変格というそれ自体特異な活用をするもの以外は同形で、別の活用形とする必要はないので、終止連体形という一つの活用形として扱ってきました。

活用の形が同じなら区別する必要はありません。原始ラ行変格では終止形と連体形は異なりますが、その違いを延長して、すべての動詞に終止形と連体形を別物とするのは合理的ではないと思います。むしろ、ラ行変格活用においては、文が終わる時は"あり"とし、後に続く時には"ある"とする、というように、例外として処置すべきと思います。

表2を見ると、古語活用の上一段活用と下一段活用を除くと、連体形と已然形に"r化"が働いています。

ですから、 "r化" については、終止形には働かず、連体形には働く、というふうに見えるということを説明できないのです。終止形と連体形という別々の活用形として存在していたかのようです。

終止形と連体形が別の活用形になった後で "r化" が働いたのでしょうか。でも "r化" 以前に終止形と連体形が異なる活用形であった、という証拠が見つからないのです。

では、"r化"が働くのに伴って終止形と連体形が分離したのでしょうか。 "r化" が終止連体形を終止形と連体形の二つに分ける効果をもたらすという必然性が考えられません。

上一段活用と下一段活用が例外となっているのは、ある意味で妥当と考えることができます。上記の(3)に書いた「未然・連用形がそれぞれ "i-i"、 "e-e" であり、その特徴を終止連体・已然系にも"貫徹"する」ためには、終止形が"u"のままでは、 "i-i-u-iru-ire"、 "e-e-u-eru-ere" となり、 "i"、"e" が終止形で途切れるために終止形についても"r化"して、 "i-i-iru-iru-ire"、 "e-e-eru-eru-ere" になったと想像できます。

現代語では終止形と連体形は区別がなくなったことを考えると、もともと区別する必要性は低かったと考えざるを得ません。

やっかいな問題が一つ残りました。

"r化" 圧力の原因

このように "r化" を推進した圧力はどこから来たたものでしょうか。

全く分かりません。

想像できるのは"民族的な混合"です。

言葉の異なる民族が多数入ってきて定住すると、人々の混血が起こり、また言葉も混じります。バイリンガルな状態です。

私が想定しているのは、

古語の時代以前の言葉ではラ行音を避けていたところに、ラ行音を頻繁に使う人々がはいってきて、その影響でラ行音が取り込まれた。

すでに確立した言語があったので、名詞とか動詞、形容詞などの語幹には入らず、活用部分にのみ取り込まれた。

というものです。

単なる想像ですね。

備考

(*1) 全訳読解古語辞典 第3版 鈴木一雄・外山映次・伊藤博・小池清治編 三省堂 2011年2月 pp.1339-42

(*2) 新潮国語辞典―現代語・古語― 第二版 山田俊雄・築島裕・小林芳規・白藤禮幸編 新潮社 平成7年11月 付録p.16


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