小品いろいろ


[2024/2/4]

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【50】アリス=紗良・オットのテレビ出演

アリス=紗良・オットのテレビ出演を見た

ある日、テレビを見ていると、女性がピアノを弾いている場面で、アリス=紗良・オットだとすぐにわかりました。

難病にかかっていて、活動を中止していたはずなので、どうしたのだろうと思いました。

ここで名前の表記ですが、日本語では、アリス=紗良・オットと書かれることが多いようです。

"JAPAN ARTS"という、様々なアーティスト情報を載せているサイトで確認すると、アーティストの紹介のページで、等号("=")は全角、中黒("・")は半角なのでそれに従います。

実は、アリス=紗良・オットという表記で、中黒("・")はほとんどが全角で、"JAPAN ARTS"の他のページでも全角だったりします。私個人としては、全角の中黒("・")は間延びがする印象を持っていて、使いたくありません。

英語表記は、ネットでみつけたドイツグラモフォンからのアルバムの表記が"ALICE SARA OTT"でしたので、"Alice Sara Ott"ということになるでしょう。

英語表記(欧米語表記)では、ブランク文字が、日本語表記では"="になったり、中黒("・")になったりするのですね。

欧米語での表音文字ではブランク文字を切れ目として用います(ローマ字を習ったときに"分かち書き"ということを習いましたね)が、日本語表記ではこのような区切り文字は使いません。多くの場合、"山田太郎"のように書くわけです。

このあたりの議論はいろいろとあるようです。例を挙げると、"Jean-Jacques Rousseau"は"ジャン=ジャック・ルソー"と書くのだそうです。"-"が"="に、ブランク文字が"・"になるのですね。

脱線が過ぎました。

さて、アリス=紗良・オットの病気ですが、2019年(30才)に多発性硬化症と診断されたことを公表した、と伝えられています。難病です。

多発性硬化症と聞いて思い出すのは、チェリストのジャクリーヌ・デュ・プレという女性のチェリストです。(*1)

調べてみると、28才で発病して引退、治療に専念するも、42才(1987年)でこの世を去りました。

現役の時には、チェロの曲で名録音を選ぶ企画では常に上位にランク付けされていた、実力を広く認められた人でした。

そういう例があったので、アリス=紗良・オットは大丈夫だろうか、と心配していました。

彼女はいったん休養に入りましたが、「2年を経て、素晴らしい医師や自分に合った治療法と出会い、現在は無症状で過ごしています」と報道されています。現在ではコンサート活動を再開しているので、この間の医学の進歩に支えられたのでしょう。

再びテレビ出演に戻る

そのときは何曲かピアノ演奏をしているのですが、私が知っている曲はショパンのいわゆる「雨だれ」と呼ばれている曲です。

ですが、聞き始めてすぐに強烈な違和感を感じました。

非常に重苦しい印象なのです。

この曲はいわゆる3部形式、ABAという構成で、Aが長調、Bが短調です。ここまでは中学生で習った音楽の知識しかない私にも分かります。

Aは明るく軽やか、Bは力強く重々しい、と、大まかには言えると思います。事実、いろいろな人の演奏を聴くと、おおむねそのことが当たっていることが感じ知られます。

しかし、その日のアリス=紗良・オットの演奏は違いました。

第一にBの部分が、重々しいというより、重苦しいのです。強烈な苦しみにのたうち回っている、という印象です。いや、のたうち回る元気もなくなっているとさえ感じます。

最後のAになって、まるで悪天候が急に回復して日差しが戻ってきたというような所も、その前の重苦しいことが簡単にはクリアされずに、苦しさを引きずっているかのようです。

それで聞き返してみると、最初のAの部分でも重苦しさという要素が入っています。

どこからそのような印象が起こるかというと、音がの出だしが頻繁に遅れるからでしょう。その対極的なものは、メトロノームで刻んだタイミングと比較できます。

一定のテンポで音が出てくるのではなく、頻々に音が後ろにずれるのです。音が何かに引っかかって出てこない、という感じです。

ピアノという楽器は演奏者がキーをたたけばすぐに音が出るようにできているので、それは演奏者が音をずらしているのです。音を出すのをためらっているという印象です。

そのときに、やはり難病を患った経験から、しかもそれは完治という事にはならないような難病なので、現在回復はしたものの、いつ再発するか分からない、という不安を秘めたものがあるからなのか、と感じたのです。

そのような事があって、改めていろいろな人の「雨だれ」の演奏を聴き直すと、今まで想像していたよりはもっと深刻な思いを秘めた演奏が多いことが分かりました。

しかし、そうはいっても、アリス=紗良・オットの演奏は格段に重苦しさを秘めた、悲しくてつらい印象なのです。録画してあるものを何度聞き直してもその印象は変りません。

同じような年代で同じ病気にかかった著名な女流チェリストが結局は復帰できなかったという事実が、それを間接的に裏付けている、と思ったのです。

そうこうしているとき、アリス=紗良・オットが発病する前の「雨だれ」の録音をYoutubeで聞くことができました。

それを聞いて驚きました。テレビでの演奏ととてもよく似ているのです。あの苦しみを込めた重苦しい演奏と同じなのです。

という事は、病気とは関係なく、アリス=紗良・オットという人は「雨だれ」という曲をそのように弾いていたのです。

重苦しい演奏を、演奏者が体験した病気に結びつけて感じ取ったのは、全くの私の早とちりでした。

ただし、アリス=紗良・オットがあれほど苦しみに満ちた、重苦しい演奏をするのをどう理解したら良いのでしょうか。それがこの曲の本質なのでしょうか。

私に分かることではありません。

一つ言えるのは、アリス=紗良・オットという人はかなりユニークなところがあって、それを譲歩しない、ということです。

裸足で演奏する、ということはその一つの表れでしょう。これは徹底していて、晩秋でしょうか、紅葉が落ちた頃の福島県の神社でピアノを弾くという動画があって、壁で囲まれた室内ではなく、屋根があるだけの所でも裸足でピアノを弾いている様子が見られます。

2015/11/21 新宮熊野神社(福島県喜多方市) と動画の説明にあります。報道ステーションというテレビ番組でのライブ中継とのことで、放送開始時間は21:54ですから、その時間の演奏でしょう。

あるいは演奏中に上半身を動かすとか、頭を上下左右に傾ける、とかが頻繁に見られます。通常はピアノ教師は、そのような弾き方はいけません、と言うところではないでしょうか。

また、肘の所の腕の角度を見ると、多くののピアニストが90度から少し開いたあたりからあまり外れない位置をキープする傾向にある(もちろんはずれることも多くあります)のに対し、アリス=紗良・オットはその角度が時に大きく変わりがちという傾向が見受けられます。

私はピアノが全く弾けませんが、想像するに、ピアノは基本的に指で弾くもので、肘から先の動きは最小限に押さえるものではないでしょうか。

それにひきかえ、アリス=紗良・オットは肩から先を気にすることなく動かしているように見えます。

セオリーを無視している感があります。

セオリーを守るか

セオリーをきちんと守って演奏する人もいれば、セオリーを無視して演奏する人もあります。

オーケストラでも、たとえばバイオリン奏者とかフルートなどの木管楽器の奏者でやたらと上半身を前後左右に動かす人がいます。逆にそのような動きがごく少ない人もいます。

教育者としてはセオリーを守る人が合いますが、セオリーから外れることをいとわない、という生き方も魅力があります。

備考

(*1) 人名の綴りについて本文に書きましたが、ジャクリーヌ・デュ・プレの場合にも同じような事情があります。英語表記では Jacqueline du Pré で、この場合ではブランク文字が中黒("・")に変っています。こちらではむしろ、ジャクリーヌの部分が気になります。Jacqueline の所は、HowToPronounceというサイトで沢山の発音の事例を聞くことができ、ほとんどが"ジャクリン"です。従って、多少譲るにしても"ジャクリーン"ではないのかな、と感じます。フランス語では綴りは同じで、forvoというサイトで聞くことができ、発音は"ジャクリーヌ"または"ジャクリーネ"と聞こえます。本人は、イギリスのオクスフォード生まれとされているので、"ジャクリン"、または伝統的に"ジャクリーン"ではないのでしょうか。



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