考えてみると=まじめ編=原発=


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【2】日本原子力発電の東海第二原発(茨城県)は本当に危険な状態を目前にしていた-東日本大震災- (2011/11/5)

要約:東海第二原発では大事故がぎりぎりまで迫っていた

このページは内容が長いので、要約をまず書いておく。

東海第二原発(茨城県)は本当に危険な状態だった-東日本大震災

日本原子力発電(株)の東海第二発電所は、東海第二原発と略称されることが多い。以下、この略称を使う。

いままで、東日本大震災に関する原子力災害に関しては、福島第一原発が注目されてきた。事実、とんでもなく大きな原子力災害となった。ついで、浜岡原発を稼働停止にしたことがある。

いっぽう、茨城県東海村にある東海第二原発は、周辺地域に対してほとんど実害は起こしていないので、あまり話題にならないようだ。


ところが、事実は、本当にぎりぎりのところで大災害をまぬかれただけだった。


私は、口コミでそのことを知ったのだが、それはいくつかの公開情報で確認できる。以下、参考にした公開情報を以下に記す。

(1)「護岸かさ上げ奏功 東海第2原発なぜ危機回避」  茨城新聞 2011年3月22日

(日本)原電(東海第二発電所)は津波対策として、2009年7月から同原発の海水取水口付近で防波堤の役割をする護岸を従来の4.2メートルから7.2(ママ)メートルにかさ上げする工事に着手。今回の大地震で、かさ上げした部分は津波を防いだが、ポンプが壊れた発電機の部分はまだ工事が終わっていなかった。

東海第二原発がぎりぎりで危機を免れたことについての新聞報道では、私が調べた範囲で最も早い。

(注)なお、この記事で、かさ上げ工事の高さを7.2メートルとしているが、正しくは6.1メートルである。念のため。7.2メートルというのは、県が出した津波の高さの値ではないかと思う。

(2)「東電、津波被害再評価後回しで間に合わず 東海第2と明暗」 msn.産経ニュース 2011.4.3 20:13
(http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110403/dst11040320160040-n1.htm)

筆者要約:東京電力福島第1原子力発電所では、東電は平成21年から津波による被害の再評価を進めてたが、揺れの対策を先に進め、津波対策は後回しにしていたため、同原発1~4号機は、津波で非常用発電機がすべて水没して使えなくなり、深刻な危機を招いた

一方、東海第二原発では、冷却用設備に防護壁を設置するなどの対策を行い、冷却機能の喪失を免れ、明暗を分けた。

国の原子力安全委員会は、2006年9月に「耐震設計審査指針」を改定し(きっかけは2000年10月に起きた鳥取県西部地震)、耐震基準を強化。津波についても「極めてまれだが発生する可能性があると想定される」レベルに備えるよう定めた。

(3)「あわや全電源喪失…津波「想定」ぎりぎり 東海第二原発」  朝日新聞 2011年4月20日 (http://mytown.asahi.com/areanews/ibaraki/TKY201104190562.html)

筆者要約:震災前、日本原電は5.7メートルの津波を想定し、防波壁の高さを6.1メートルに設定していた。津波の高さは5.4m。だが、防波壁には工事用の穴があいており、そこから海水が流入し、海水ポンプと非常用ディーゼル発電機それぞれ1台が停止した。しかし、残り各2台で原子炉が冷却され、大事に至らなかった。

(4)朝日新聞 2011年7月31日(日曜日) 13版 P.3 「津波の抜本策 手さぐり」

筆者要約:東海第二原発での想定津波は、最初は2.35mで、2002年に4.86mに見直した。

茨城県は、スマトラ沖地震を受け、津波の再評価をおこない、付近では津波の高さは6~7mという値を日本原電(株)に示した(2007年)。

日本原電は解析をやり直し、津波の想定値を5.72mに引き上げ、非常用設備の建物の壁を6.1mにする工事に取り掛かり、完了にいたる前に被災したが、工事が終わっていた2台の非常用発電機で冷却を続けることができた。

(5)日本原子力発電株式会社 東海事務所発行パンフレット 「東海第二発電所では津波などに対する安全対策を強化しています」2011年8月31日発行

(6)茨城県広報誌 ひばり 2011臨時号 茨城県広報公聴課発行 平成23年10月30日

筆者要約:茨城県は、延宝房総沖地震(1677年)を想定して津波の高さを再評価し、非常用ディーゼル発電機の冷却水ポンプ周囲の防潮壁をかさ上げするよう日本原子力発電(株)に要請し、同社は県の要請を受け、防潮壁を4.9mから6.1mへかさ上げすることにした。


それぞれの記事を読むと、微妙に違うが、おおむね、次のようである。

重要なことは以下の三点である。

地震の大きさ

今回の東日本大震災について、私には、大きな違和感を感じていたことがあった。

日本列島は世界的に見ても地震が発生しやすい場所で、「地震の巣」といういい方があるくらいである。
それなのに、日本で発生する可能性のある地震は、M8.7位である、などといままで言われてきたのである。

今回の震度はM9.0だが、世界的に見て最大の地震は、正確な記録が期待できる点で1900年以降では、M9.0は4番目(5番目という説もあり)の大きさである。
オリンピックでいえば、メダルをもらえない大きさである。

そのような地震をどうして想定しないのだろうか。世界的に見て最大の地震はM9.4である、というなら、たとえばM10.0までは発生しうる、と考えて対策するのが普通の考え方だと思う。


地震学者や防災研究者は地震の最大規模の予測について、まるで、どこまで小さい値を主張できるか、を競っているようではないか。

地震のデータはあまりに少なく、予想するのは無理

記録で確認できるのは、この500年程度で、断片的で不確実な記録まで含めてもせいぜい2000年程度だろう。それは地球の歴史ではほんの一瞬でしかない。

【参考】日本列島の地震
地震工学と地震地体構造
萩原尊禮 編
鹿島出版会
http://www.aist.go.jp/GSJ/~murakami/hagiwara/index.htm でその一部を見ることができる。

6.2.3 各地体区分内の主な活断層
 前節の地震は過去数百年ないし千年程度の歴史であるが,地学的現象にとってはこれは一瞬にしか過ぎない。

瞬間の記録をもとに将来を推測するのに、瞬間の記録を内輪に見積ってする、というのは一体何を考えているのだろうか。

ただし、茨城県の東海第二原発で津波対策が完全ではないが間に合ったことと比べて、福島第一原発で高い津波への対策が行われなかったことについては、事情が違うことは、私は理解しているつもりである。

三陸沖~宮城県沖の地域で発生する地震・津波に関しては、貞観の大地震がある。

最近この研究が進んで、従来考えられていたよりも高い津波が発生したことが分かってきた。

東京電力(株)はこの情報を得ていたが、まだ不確実な要素が多すぎる、と判断して対策をおこなわなかったことは、茨城県庁と日本原子力発電(株)との関係に比べると問題あり、と考える人もあるかも知れないが、私はそうは思わない。

茨城県の場合の場合はその対象は、江戸時代の延宝房総沖地震(1677年)で、証拠資料は比較的多い。

これに対して、貞観の大地震は約1100年昔のできごと(869年)で、最近になって研究結果がようやく少しずつでてきたという段階であり、東京電力(株)がそれをもとに対策を始めるまでにはならない、と判断したのは、やむをえないと思う。

おそらく、10年後であれば、貞観の大地震の研究成果がまとまってきて定説となり、東京電力(株)としても対策することになったのではないだろうか。

茨城県と日本原電の動きはよかった

私は、茨城県庁が、スマトラ沖地震を対岸の火事としないで、自ら問題意識を持ち、津波の再評価を行い、その結果を原発企業に伝えたこと、日本原子力発電(株)は県庁からの情報をきちんと受け止めて津波の評価をやり直し、予算措置を講じて対策工事をスタートさせた、ということを高く評価する

対策工事は東日本大震災時には完了せず、非常用ディーゼル発電機の冷却に使う海水ポンプ3台のうち1台が浸水して使用不可になったのは残念だが、残り2台は動作して非常用ディーゼル発電機2台が原子炉の冷却を続けた。

もう少し工事の完成が早ければ3台の非常用ディーゼル発電機がフルに動作して、冷却に要した時間はもっと短くなったのだろうが、まずは冷却が実際にできたのだから、評価してよいと思う。

3台の冷却ポンプが全部浸水して動作できないことになれば、東海第二原発でも大きな問題が発生していた可能性が高いのである。

だからと言って、私は、原発に賛成、東海第二原発の再稼働に賛成するわけではない。むしろ反対である。そのことは前ページに書いた。

● なお、この間の事情について茨城県庁と日本原子力発電に問い合わせた。それでわかったことを以下に記録しておく。

・非常用ディーゼル発電機は発熱が大きいため、冷却する必要がある。海水を吸い上げて冷却する構造で、海水をくみ上げるポンプが設置されている。発電機とポンプのペアが3組用意されていた。

・茨城県庁から日本原子力発電(株)に対して津波の新しい評価結果を伝え、ポンプを津波から守る防潮壁のかさ上げを要請したのは、2007年10月で、要請自体は口頭でのものだった。

・日本原子力発電(株)はその要請に対し、津波の評価データを独自に再評価し、対策案を検討、予算措置を講じて、ポンプを格納するポンプ室の防護壁のかさ上げ工事が始まったのは2009年7月だった

・2011/3/11時点で工事は完成に近づいてはいたが未完で、ポンプ室の防護壁には穴が開いており、そこから海水が流入した。ポンプ1台が浸水し使用不能になったが、残り2台は正常動作した。正確には、ポンプ1台が浸水したため動かすと負荷が大きくなって正常動作できなくなったため、それによって冷却するはずの非常用ディーゼル発電機1台の動作を止め、残りの2台非常用ディーゼル発電機を動作させて原子炉を冷却した。

● その後、また、茨城県庁と日立市に問い合わせた(2011/11/24)。結果を追記する。(2011/11/25)

・県が津波の高さ予測を行ったきっかけは、国土交通省が津波対策検討委員会を設置して各種提言を行い、それが都道府県に連絡されたことである。

・県が津波の高さ予測を行い、その結果は、原子力関係施設と県内市町村に伝えられた。

・日立市ではそれを受けて、津波ハザードマップの冊子を作成した。海岸の全地域での津波浸水予測を示すものである。
 冊子自体は16ページのカラー印刷で、海岸の全域を12,000分の1の縮尺で詳細に表現している。一軒一軒が区別できる縮尺である。
 残念ながら、冊子が完成したのが東日本大震災の直前で、配布は震災後になった。

・国交省の"ハザードマップポータルサイト"では、国内の各自治体が作成した津波のハザードマップを検索できる。茨城県についてみてみると、海岸を持つ市町村で、北茨城市(*)以外は津波のハザードマップが作成されている。ちなみに北茨城市では、死者5名、行方不明1名 が出ている。

(*) 当初、高萩市も未作成としていたが、当市の地震ハザードマップの中に津波に関する情報が盛り込まれていた(2011/12/1確認)ので、高萩市は作成済みである。

国交省・津波対策検討委員会

次に、津波対策検討委員会について調べようと国交省のホームページから入ると、津波対策検討委員会の設立の趣旨や、委員会の会議資料等を見ることができた。

それによると、国交省が津波対策検討委員会を設置して検討を開始したのは、スマトラ沖の地震・津波だった。

「津波対策検討委員会設立の趣旨」にはこう書かれている。

「平成16年(2004年)12月26日にスマトラ島西方沖の地震に伴う津波により、インド洋沿岸諸国を中心に未曾有の災害が生じた。(中略)

今般のスマトラ沖西方沖の地震に伴う津波被害を踏まえ、これまで進めてきたわが国の津波対策の現状と課題について再点検を行い、津波対策の今後の基本的な方針をとりまとめることとした。」

第1回の委員会は平成17年(2005年)2月6日(日)に開かれている。かなり素早い反応と言えるだろう。

第2回は、平成17年2月24日(木)である。第3回は平成17年3月16日(水)で、記事は、「提言について」であり、これで終わっているようだ。提言の日付は平成17年3月。

提言作成まで2カ月足らずである。これはだいぶ急いだようだ。どうしてかはわからない。

提言の最後に、「おわりに」があり、その次の「津波対策検討委員会の委員構成」で終わっている。委員構成を見ると、関係各分野の教授等に混じって、自治体から、三重県尾鷲市長と岩手県釜石市長が参加しており、津波の原因である地震として、三陸沖と東南海の地震が注目されていることを示している。

「おわりに」の冒頭では、「今回の提言は、津波対策に特化してとりまとめられたものとしては、初めての提言である」と書かれている。いままで、津波がクローズアップされることはなかったのか。

(備考)

・茨城県庁が、津波のシミュレーションを行ったきっかけは、"スマトラ沖の大津波"と書いたが、これは新聞記事によるものである。

・しかし、正確には、国土交通省がスマトラ沖大津波をきっかけに津波対策検討委員会を立ち上げて、当委員会が提言を発表し、それが都道府県に通達されて、県が動いたということのようだ。

・また、日本原電が津波高さを再シミュレーションし、その結果、津波対策工事を行うにいたった要因も、茨城県庁からの連絡だけでなく、原子力監督庁などからの指示・要請もあったのかもしれない。

このあたりの情報・指示の流れは、もう少し詳しく確認できたときに内容を見直したい。


東日本大震災で被害をこうむった方、とくに、原発の放射線に起因する被害にあわれた方にはお見舞いを申し上げるが、かたや、地道な努力のおかげて、原発事故をギリギリのころではあるが食い止めることができた事例があることを記録しておきたくて、このページを書き残した次第です。



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