専門家の猿知恵・小役人の浅知恵


[2022/8/3]

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【46】専門家の猿知恵・小役人の浅知恵

専門家の猿知恵

この言葉は私が考えたものです。

google検索でも出てきません(2022/7/31時点)ので、オリジナルな言葉と考えて良いでしょう。

なにしろ、ほとんどの言葉はgoogleなりYahooなりで検索すると出てくるものです。私などが考えることはどこかの先人がすでに言い出した物であることがほとんどです。

専門家の言うことも、時と場合によってはまるで当てにならないことがあります。

そもそも、この言葉を思いついたのは、東日本大震災での津波の高さ予測を考えたときです。

このときの津波は地震によって引き起こされたもので、地震そのものは"東北地方太平洋沖地震"と呼ばれます。

2011年3月11日14時46分発生という忘れられない事象です。

このときに、とんでもない高さの津波が発生したので、東京電力福島第二原発が大きな被害を受けたことは、ほとんどの日本人にとって鮮明な記憶があると思います。

なぜ東京電力福島第二原発において巨大な被害が発生したのかというと、東京電力側の言い分は、「想定外」という見方でした。

具体的な主張を確認しておきます。

「東京電力からのお知らせ(平成24年4月17日更新)」という記事があります。

タイトルは「今回の津波は、それまでの知見では想定できない大規模なものでした」というものです。

その中で、津波対策について次の様に説明している個所があります。

(土木学会の基準による見直し)  その後の技術進歩を踏まえて、2002年に土木学会「原子力発電所の津波評価技術」 が作成されました。これは、津波シミュレーション技術を適用し、より保守的な結果を与えるものと考えられ、この基準にしたがって再評価を行なった結果、津波の高さは約6mとなりました。東京電力では、この結果をもとに自主的に対策を講じ、結果について国に報告を行ってきました。なお、この津波評価技術は、大震災に至るまで国内の原子力発電所の標準的な津波評価方法であり、太平洋岸に設置される他の原子力発電所を含め全国の発電所で国に提出する評価にも使われているものです。

大まかに言うと、15mの津波が来る場所で、6mと言ってしまいました。

土木学会の評価は大きく外れたわけです。

どうして大きく外れたかということが問題になります。それについては、津波の前提とする震源の広さが従来は想定できないものだったからであるとしています。

今回の地震は岩手県沖から茨城県沖までの500km×200kmという広範な領域を震源としたものでした。これは地震調査研究推進本部のいう福島県沖海溝沿いの地震や貞観地震とはまったく規模が異なり、土木学会「原子力発電所の津波評価技術」で個々に評価することが求められていた波源の複数が同時に動いたことに相当するような巨大なものです。したがって、東北地方太平洋沖地震は、これまでの知見では想定できないような規模のものであり、この地震によって生じた津波の高さ(規模)を想定できるものではなかったと考えています。

津波の問題は常に最大津波が問題になります。「こういうときにこれこれの小さな津波が起こる」ということはどうでも良いのです。

ですから、津波の原因となる地震の想定がちがっていた、というなら、最大地震を想定するところに誤りがあったのです。それで津波の評価が適切でなかった。

土木学会、東京電力には、地震、津波の専門家がいます。日本におけるこの分野の最先端の知見を持つ人々です。

このような専門家中の専門家が間違ってしまった。


専門家といっても限界があるということです。

人間の知恵は、所詮"猿知恵"だったのです。


ではどうしようもないのでしょうか。

"猿知恵"を自覚したらどうすればいいのか。

何もできないのではないのです。猿知恵なりに考えるのです。

その一つが"安全率"というものです。

専門家が、津波の最大高さを6mと見積もったとするとき、安全率を1.1とするなら6.6mの津波の対策をする、安全率を2.0とするなら12mの津波への対策をする、ということです。

この考え方は、最悪の事態の評価が正確ではない、と"おそれる"ことから始まります。

正確ではないとすると、どの程度の誤差を想定するべきなのか。

安全率は大きくすればするほど"安全"になりますが、そうなると実用性を失います。

ジェット機が落ちて壊れることが絶対にないように安全率をとると、飛べなくなります。

そこで、起こるかもしれない被害と安全率を天秤にかけざるを得ません。

相手が地震とか津波とかの自然現象の場合、安全率をいくらにするか、これは難しいのです。

ここで、費用という事を前面に押し出すと、安全率などは吹き飛んでしまいます。

東京電力の発表内容が安全率に触れていないのは、まさに吹き飛んだ結果です。

専門家の猿知恵―続き

福島第一原発の結果からは、専門家の猿知恵の評価に対して、3倍の安全率を見込むのが最低でも必要ということになります。

6mという評価に対して3倍の18mの津波を想定していれば、津波対策ができていた可能性が高いです。

18mというと途方もない、と考える人もいるでしょう。でも現実にそれに使い考え方をしている実例があります。

東北電力女川原子力発電所について、

「東日本大震災と女川原子力発電所」という記事があります。

その中の一部を抜粋します。

1号機の設計時(昭和40年代)、文献調査や地元の方々への聞き取り調査から津波の高さを3m程度と想定していました。しかし、専門家を含む社内委員会での「貞観津波(869年)や慶長津波(1611年)などを考えれば津波はもっと大きくなることもあるだろう」等の議論を経て、当社は敷地の高さを14.8mと決定しました。

当時、たとえば貞観津波については詳細は分かっていませんでした。現に、東京電力では「貞観津波については確実な証拠がない」として考慮しないことにしています。

「もっと大きくなることもあるだろう」という程度しか分かっていなかったのです。それでも「考慮」対象に含めたのです。

これが上記の"おそれる"ということです。

「われわれには分かっていないこともあるだろう。でも無視してはいけない」と"おそれるのです。

東京電力の津波の専門家が「自分たちの計算結果は"猿知恵"かもしれない」とおそれるだけではなく、一般市民も、「専門家があのように言っているのは"猿知恵"でしかない」とおそれることが必要なのです。

小役人の浅知恵

この言葉は、ネット検索すると沢山ヒットするので、よく知られているのでしょう。

私はテレビで誰かが言っていたのを聞いた、と記憶しています。

私が聞いたのは非常に具体的な事例です。

役人が大臣に対して提言し、その後役人のその提言は誤りであるとの結論が出たときに、その役人は大臣に対して、「このたびは小役人の浅知恵でした」と謝ることになっている、というものでした。

大臣に提言するのですからかなり上級の役人で、"小役人"と呼ぶような人ではないのでしょうが、そのところをへりくだって"小役人"と表現するのでしょう。

役人がいい加減なことをしたという例は、いくつもニュースになって知られます。

各地で起こる自然災害に対して、きちんと対策ができていれば多くの人命がを救うことができたとか、最近何か事件が起こると、行政の不手際が指摘されます。

注意が足りなかった、危険性の認識が甘かった、などいろいろな原因がその都度指摘されます。

このように、「本当に浅知恵だった」という場合のほかに、「浅知恵を強要された」場合があります。

本当は深く考察して、問題をあぶり出したかったが、中断せよという圧力が途中でかかり、それ以上の行動は認められなかった、というような場合です。

本人にとっては悔しいことでしょう。しかし、個人の思いが不当な圧力によって押しつぶされることは、現実には起こりえます。

私は、そのような場合、その瞬間の圧力には屈しても、そのことを記録を残す、という態度が望ましいと考えます。

そしてそれを追求する側の立場に立てば、最初はどちらのケースなのか、しいて区別せずに追求すべきと思います。

このような内部の動きは、なかなか出てきません。言わば、チューブをつぶして中身を絞り出すように、強い圧力をかけないと出てきません。

逆の見方をすると、厳しく調査していくと、いろいろなことが分かってきます。資料がないと分からないままなのです。

話は飛躍しますが、日中戦争の中で、上海事変が起こります。このことがあったことは日本、中国ともに認めていますが、その内容、たとえば犠牲者の数については日中間で大きな違いがあります。

日本軍は関係資料を全部処分してしまいました。その結果、「このようなことを行った。それ以上は行わなかった」ということの根拠を示すことができなくなってしまっています。

「このようなことを行った」という部分を隠そうとした結果、「それ以上は行わなかった」という主張に根拠を示すことができなくなっているのです。

敗戦国は戦争中の関係書類を処分する、ということは普通に行われますが、なんとか保存する方法はないのでしょうか。

たとえば、捕虜虐待の禁止、というルールを戦勝国も敗戦国も守らなければいけないように、交戦中の戦いに関する資料、たとえば、命令書や会議の議事録、現地からの報告書などは戦中、戦後を通じて保存しなければならない、という事をルール化するべきだと思います。

これは「捕虜虐待の禁止」よりもっと重要なことだと思われます。

調べてみると、「捕虜虐待の禁止」は第二次世界大戦後に成立したジュネーブ条約によるもので、軍隊構成員の傷病者、捕虜、戦争国に滞在する外国人、軍隊構成員以外の文民などを保護する内容でした。(外務省の"トップページ > 外交政策 > 人権"。基本的に人間の保護という範囲に限られます。)

現実は

現実はどうかというと、専門家の猿知恵と小役人の浅知恵がタッグを組んでうごめいています。

とてもかないません。

何ができるでしょうか。

唯一の対抗手段は、上記した"記録に残す"ということではないかと思います。

有力な対抗手段はありません。そこで、「誰が何をしたのか、それは正しかったのか正しくなかったのか」ということがいつかはあきらかになりますよ、といわば脅すわけです。

「今は明らかではないけれど、将来は明かされますよ」というものです。

無力な人々ができる唯一の対抗手段ではないでしょうか。


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