日本語のあれこれ日記【30】

原始日本語の手がかりを探る[21]―"る動詞"と"す動詞"

[2018/4/5]


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1音動詞

以下、辞書については主に「精選版日本国語大辞典」と「小学館 古語大辞典」を参照しました。また活用形については「新潮国語辞典―現代語・古語― 第二版」の付録の"時代別活用表に助けられました。これらの詳細は本ページの末尾の"参考文献について"のリンク先にまとめてあります。

1音だけの動詞があります。

得(う)、来(く)、為(す)、寝(ぬ)、経(ふ)などです。

このほか、出現頻度がきわめて低い動詞として、坐(う)[座っている、の意]、干(ふ)[乾く、の意、平安以降は干(ひ)る]などがあります。

最初に挙げた五つの1音だけの動詞は、出現頻度は高いのですが、なんと言っても数が限られています。

2音動詞

2音の動詞は多数あります。

私は以前に2音動詞をざっと調べたことがありました。

その中で、"○る"という動詞がきわめて多いことが分かりました。

カ行で見ると、刈る・借る、切る・着る、繰る・刳る、蹴る、凝る、などがあります。

サ行で見ると、去る、知る、擦る、競る、剃る・逸るなどがあります。

"競る"だけは用例が江戸時代またはそれ以後ですが、それ以外は上代のものが記載されています。

次に多いのが、"○く"、"○す"、"○む"というタイプの動詞です。

どのくらい多いかを定量的にあらわすと、次のようになります。

2音動詞の1音目は、"あいうえおかきく…わゐWuゑを"です。"ん"で始まる動詞はありませんから50種類とします。Yi、Ye、Wuは対応する文字がありませんが、類推できる場合もあるのでカウントします。

この50種類のどれに動詞が存在するか、を数えることにします。刈る・借るのように音(おん)が重複していても1と数えます。

そうすると、"○る"は86%で断然多いです。次に"○く"が60%、"○す"が58%、"○む"が54%の順です。

その次は"○ぐ"と"○ゆ"の34%で、かなりの開きがあります。

"○る"が多いことについては上に書きましたが、ラ行の文字で始まる動詞はないことを考え、1音目の文字を50種類ではなく45種類とすると、この数字は96%に跳ね上がります。

"る"が付く2音動詞のほとんどが使われているということですね。

私が調べた結果では、"○る"の形の2音動詞で存在しなかったのは"Yeる"と"Wuる"だけでした。なるほどという気がします。

ちなみに、"射る(Yiる)"は「矢を射る」というときの矢の"や"がヤ行であることから"射る"は元来"Yiる"だったであろう、という説に基づいています。「弓で矢を射る」というときの"弓"もヤ行の"ゆ"ですね。

"○る動詞"と"○す動詞"

ここからが本題です。

"○る動詞"に対して、その意味が"ある種の対応関係"のある"○す動詞"が認められます。これはどういうことなのか、ということを考えてみたいのです。

"足る―足す"、"成る―成す"、"乗る―乗す"、"似る―似す"、"見る―見す"、"寄る―寄す"が代表的なものです。

このことは広く知られていることと思われます。

たとえば下記の「第一章 古代前期―奈良時代まで」には、「自動詞ル:他動詞スという様にペアとなるものがある」(P.54-55)と書かれています。

沖森卓也 日本語全史 筑摩新書 2017年4月

語感として"○る動詞"が自動詞的、"○す動詞"が他動詞的であるのは、上記の例でも明らかです。

自動詞的、他動詞的ということをもう少し考えていきたいと思います。

なお、現代口語を考えると、"足る⇒足りる"、"乗す⇒乗せる"、"似す⇒似せる"、"見す⇒見せる"、"寄す⇒寄せる"と変化しています。活用形についてはすべて下二段活用から下一段活用への変化です

四段活用の"成す"は変化していません。

下二段活用が現代語では下一段活用に変化した、ということの表れなのか、まだ明確とはいえません。

"○る動詞"と"○す動詞"の音(おん)

共に四段活用の"成る―成す"を例に取って、その活用をみてみます。

今までこのシリーズの記事で表現したやり方を踏襲すると、次のようになります。

成る…nar-a/i/u/u/e

成す…nas-a/i/u/u/e

"成る"と"成す"は非常に関係の深い言葉です。そこでこの二つの言葉をまとめて考えれば、"na"が共通部分、"r"および"s"が"成る"と"成す"を区別する特徴付けの部分、a/i/u/u/eが変化部分という3部構成ということが可能です。

"乗る―乗す"については、活用形はそれぞれ四段と下二段で次のようになります。

乗る…nor-a/i/u/u/e

乗す…nos-e/e/u/uru/ure

これも上記と同様に、noが共通部分、"r"および"s"が両者を区別する特徴付けの部分、a/i/u/u/eおよびe/e/u/uru/ureが変化部分ということになります。

"見る―見す"については、活用形はそれぞれ上一段、下二段で次のようになります。

見る…m-i/i/iru/iru/ire

見す…m-is-e/e/u/uru/ure

"見る"は共通部分mと変化部分i/i/iru/iru/ireの二部構成であり、"見す"は共通部分mと変化部分の間に"is"が挿入された3部構成のようです。

"○ゆ動詞"と"○す動詞"

自動詞的と他動詞的という組み合わせは、"○ゆ動詞"と"○す動詞"にもあります。

たとえば、"超ゆ―越す"、"燃ゆ―燃す"、"消ゆ―消す"です。これも同じように分析してみます。

超ゆ…ko-y-e/e/u/uru/ure

超す…ko-s-a/i/u/u/e

ここでも、koが共通部分、yとsが"超ゆ"と"超す"を区別する特徴付けの部分、e/e/u/uru/ureとa/i/u/u/eが変化部分の3部構成と考えられます。

"燃ゆ―燃す"ですが、問題が出てきました。

"燃す"は私にとっては普通の言葉と考えていましたが、どうやら方言らしいのです。多くの辞書で再録されていますが、その意味としては"燃やす"としてあることが多いのです。そして、一部の辞書では"東北・関東の方言"としています。

いままで2音動詞を対称に考えてきたので、それから外れてしまいますが、"○る"―"○○す"という対応関係が少なくないので、これについても考えてみることにします。

"消ゆ―消す"はki-yuとke-suですから、今までの例とは事情が違っています。これについては、"○ゆ"―"○○す"という対応関係で説明できます(後述します)。

"○る動詞"と"○○す"

"枯る―枯らす"は、"見る―見す"の様な関係と同様と考えられます。その活用の音(おん)は次のようになります。

枯る…kar-e/e/u/uru/ure

枯らす…kar-as-a/i/u/u/e

共通部分は"kar"で、変化部分は"e/e/u/uru/ure"と"a/i/u/u/e"で、両者を区別するために共通部分と変化部分の間に、他動詞的な言葉の方に"as"が挿入されるという形です。

使役の助動詞"す・さす"を使う場合、"枯る"は下二段活用ですから、"枯れさす"となり、"枯らす"と意味は同じですが、音(おん)としては別物です。

つまり、"枯る"については、"枯る―枯らす―枯れさす"の3パターンがあることになります。

枯る…kar-e/e/u/uru/ure

枯らす…kar-as-a/i/u/u/e

枯れさす…kar-es-as-e/e/u/uru/ure

わかりにくいので、終止形を考えると、"kar-u"、"kar-as-u"、"kar-es-as-u"と成ります。

この順番で考えると、"as"が挿入され、さらにまた共通部分の次に、"es"が挿入されます。

活用形は、下二段、四段、下二段です。

四段・ラ変・ナ変動詞に接続する使役の助動詞は"す"で、活用の音(おん)は次のようになります。

減る…her-a/i/u/u/e

減らす(四段動詞)…her-as-a/i/u/u/e

減らす(減る+使役の助動詞す)…her-as-e/e/u/uru/ure

"枯らす"、"減らす"などの"as"という要素があるようです。"照る―照らす"、"反る―反らす"、などのラ行動詞の他に"癒ゆ―癒やす"、"肥ゆ―肥やす"などのヤ行の動詞もあります。

癒ゆ…iy-e/e/u/uru/ure

癒やす…iy-as-a/i/u/u/e

癒Yeさす(癒やす+使役の助動詞さす)…iy-es-as-e/e/u/uru/ure

四段動詞では終止形は上に書いた"減る"の例の様に"減らす"で区別が付きませんが、下二段活用では"as"挿入型は四段活用で"癒やす"、使役の助動詞の結合したものは下二段活用で"癒Yeさす"という違いがあり、区別されます。

"消ゆ―消す"について

"癒ゆ―癒やす"、"肥ゆ―肥やす"などのヤ行の動詞と対応づけて考えると、"消ゆ―消す"は次のように理解されます。

消(き)ゆ…kiy-e/e/u/uru/ure

消(き)やす…kiy-as-a/i/u/u/e

"iy"という部分は"iとy"との音(おん)の近さから一体化して"kiy-as-u"から"ki-as-u"になり、さらに"ia"が"e"に変化して"kes-u"、つまり"消す"になったと考えられます。

"as"という部分について

自動詞的な言葉と他動詞的な言葉の構造は、"rまたはy"に対する"s"という関係と、自動詞的な言葉の変化しない部分の直後に"as"を挿入する、という二つのタイプが想定できます。

ここでいう"s"と、挿入される"as"はどちらも四段活用です。

"精選版日本国語大辞典"では、現代語の"せる"(古語の"す")の項の[語誌]欄において、次のように書かれています。

(3)使役の「す」は、平安時代に発達したものであるが、上代にも、㊀①(ママ)の挙例「万葉集」の「聞かす」のほか、「知らす」「逢はす」など、その萌芽とみられる例がある。他動詞語尾の「…す」と密接な関係を持つものであろう。

また、"小学館 古語大辞典"の"す"(サ行四段型助動詞)の項では語誌欄で次のように書かれています。

中古に一般化する使役の自動詞「す」は下二段に活用し、上代に尊敬の意に用いた「す」は四段に活用しているが、どちらも語源的には「枯らす」「濡らす」などの他動詞語尾的なものから分化したものであろう。他動詞語尾が他の対象に働きかける意味を分担していると考えれば、尊敬の意の「す」は、他者に働きかけ、他者を使役するということに上位者たる資格を認めて、上位者の資格(表現主体の側からいえば、敬意であり、親愛感にもつながる)を表すだけのの意味にも、同じ形式を用いたことから、その成立をみたと考えられる。他動詞語尾「す」も、四段動詞未然形をはじめ、それ相当のア列音に付くことが多く、四段に活用する傾向が強い。

挿入される"as"の"a"が、それ自体に備わるものなのか、それが付着する相手である共通部分に由来するのかはまだ分かりません。

"枯る―枯らす"の対応では、"枯る"は下二段活用で、"枯ら"(kar-a)という音(おん)は含まれません。従って、挿入される"as"の"a"は、それ自体に備わるもの、という様に一応は考えられます。しかし、"s"の連結ではその前の母音が"a"に変化する、という作用があるなら、挿入されるのは単に"s"だけ、ということになります。

さらに、"すべての動詞は原初段階では四段活用だったことのなごりである"と想像することもできます。

原初段階で"枯る"から"枯らす"が分離し、そのあとで四段活用から上一段/上二段/下一段/下二段などの活用形が分離したと考えるのです。"枯らす"の"す"が他動詞を作る働きであれば、その働きが共通の語は同じ活用のままで、活用系が分離しないのが自然でしょう。

"上ぐ―上がる"について

"上ぐ―上がる"という対の動詞を考えると、"上ぐ"が他動詞的、"上がる"が自動詞的です。

"下ぐ―下がる"も同様のパターンです。

一般的に、"○ぐ"が他動詞的で、"○がる"は自動詞的です。

上ぐ…ag-e/e/u/uru/ure

上がる…ag-ar-a/i/u/u/e

変化しない部分の後に"ar"が挿入された形式で、"ar"は四段活用です。

自動詞を他動詞化する語尾が"as"だったのに対して、他動詞を自動詞化する語尾が"ar"であるかのようです。この"as"、"ar"は共に四段活用である、という共通点もあります。

"as"は意味としては使役の助動詞"す、さす"に近く、"ar"は意味としては自発の助動詞"る、らる"に近い、ということができます。

ただし、自動詞化する語尾が"ar"ということの分析は例が少なすぎるので、これ以上は進めないことにします。

備考

この記事は特にまとまりがなくなってしまいました。今後、少しずつ整理していく予定です、


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