気まぐれ日記 8
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[2012/11/29] 満月の夜に枕草子の一節を思い出す
ある日の夜遅く、我が家の二階から外を見ると、隣家の屋根がぼおっと白い。
まさか。初雪?
11月下旬では、北関東といっても海に近いところで、雪には早すぎます。
雪でなかったなら、霜がおりたのか?
窓ガラスに眼を近づけてよく見ました。
隣の家の物置の屋根や、数軒先の家の屋根などがぼんやりとですが白く光って、周囲の暗闇から浮き出ています。
急いで階下に行き、懐中電灯を取り出し、食堂のガラス戸から外を照らしてみました。
庭のあちこちを何度も見ましたが、雪や霜のようには見えません。
そういえば、何時間か前に、満月に近い月が昇っていたのを見ていました。
ああ、月あかりか。
高校のときに漢文の時間に習った漢詩の世界そのものですね。
牀前看月光 牀前(しょうぜん)月光を看(み)る
疑是地上霜 疑(うたが)うらくは是(こ)れ地上の霜かと
挙頭望山月 頭(こうべ)を挙げて山月(さんげつ)を望み
低頭思故郷 頭(こうべ)を低(た)れて故郷を思う
このような感じでしょうか。
枕元まで月の光がとどいている
庭先に目をやると霜が降りたかのように白い
頭をあげて遠くの山々を眺めると
自然に故郷のことが思い浮かび、寂しく懐かしく、そのままうなだれた
月の光に照らされている光景として、枕草子の一節があります。
以前から気になっていたので、再度確認しました。
小学館 新編日本文学古典全集 底本は三巻本(陽明文庫蔵本)
岩波書店 新日本古典文学大系 底本は三巻本(陽明文庫蔵本)
岩波書店 岩波文庫 底本は三巻本(岩瀬文庫蔵柳原紀光自筆本本)
本文自体は、漢字とかなの使い分けに違いはあるもの、かなとしてみれば三本ともに同じです。
章段の番号は、上記の順に、216、215、232と違いがあるとはいうものの、もともと章段の番号はなかったはずですから、気にする必要はないでしょう。
本文はこうです(改行はサイト管理人による)。
月のいと明かきに、川をわたれば、牛の歩むままに、
水晶などのわれたるやうに、水の散りたるこそをかしけれ。
この短い文章がとっても印象的なんです。
絵画的ですね。あるいは、写真の一カットですね。
「牛の歩むままに」ですから、清少納言が牛車に乗って、それを引く牛の足の辺りを見ていたのでしょうね。
牛が川の中で、足を持ち上げて前方に下ろす。
ばしゃっ、ばしゃっ、という音が聞こえてきます。
ひづめの部分が水面から出るときに、水が滴り落ちる。
水面に突っ込むときに水がはねる。
その水滴が明るい月の光を浴びて玉のように光る。
ちょうど、水晶が割れて破片となって散り、
破片の一つ一つが月の光を浴びて光っているかのように。
水晶は、清少納言の時代には、どのように扱われていたんでしょうか。
「水晶」という言葉で、新編日本古典文学全集を単語検索すると(*2)、一番古い文例は、落窪物語に一か所ありました。
経典を巻物に書き、その「軸には、水晶して」とあります。
巻物の軸を水晶で作った、というのでしょうか。
「華麗極まりなく法華八講を営んだ」、という場面なので、丸い棒の形をした水晶を巻物の軸として使ったのでしょうか。
あるいは、何かの軸の端部を水晶で飾っている、というのでしょうか。
ネットで検索すると、巻物の軸は、軽い、という点で木製がよく、端部に紫檀、黒檀とか、象牙とか、水晶を使って仕上げる、というようなことが出てきます。
もっとも、贅を尽くす、という場面なので、水晶そのものを軸にしたかもしれません。
厳島神社のサイトを見ると、
「平家納経では、....軸には水晶を使い、両端に精緻な細工を施した金銀金銅の透かし彫り金具をつけている」(*1)
という記載があり、水晶そのものでできた軸のようです。
ということであれば、水晶と言うものは、結構、身の回りにあったのかもしれません。
さらに、それが割れた、という場面を、清少納言が実際に目にしたことがあったのかもしれませんね。
何と言っても、清少納言が仕えた相手は中宮定子ですから、最高の調度品に囲まれていたことでしょう。
(*1) http://www1.odn.ne.jp/~vivace/itsukushima.HP/heikenokyo.htm
(*2) 新編日本文学古典全集のオンライン版で「水晶」を検索すると、かんじんのこの箇所が検索できませんでした。原因は、「水」の次で改行していて、「水晶」という言葉が二行にまたがっていることのようです。いわゆる「泣き別れ」ですね。たとえば、国文学研究資料館の電子資料館で、「古典選集本文データベース」(http://base1.nijl.ac.jp/~anthologyfulltext/)のところには、「絵入源氏物語などでは、本文領域と標準領域の項目で、行や頁を跨ぐ連続文字列(泣き別れ)も検索できます」と記載されています。新編日本文学古典全集のオンライン版で「泣き別れ」の検索が出来ないのは、要注意です。