天災を考える【1】

東日本大震災を振り返り、地震に備える

[2019/9/8]


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私の東日本大震災記録

東日本大震災について、今更ですが、経験したことをまとめ、次にそれを元に今後どのように対策するか、を考えます。

まず、その前後の個人的な経過をざっくりとまとめてみます。

1. 東日本大震災の前年、2010/5/31付けでそれまで勤めていた会社を定年退職。
2. 2010/7月から翌2011/3/31まで、県と市がスポンサーとなっている組織で、中小企業を支援する事業に従事(期間限定)
3. 2011/3/11に東北地方太平洋沖地震が発生

なお、2011/3/11の地震ですが、地震そのものは"東北地方太平洋沖地震"、そしてその地震による直接的な災害、地震によって引き起こされた津波による災害などを総称して"東日本大震災"というのが正確な表現と思われますので、このシリーズの記事でもそのように使い分けます。cf. 気象庁の"東日本大震災 ~東北地方太平洋沖地震~ 関連ポータルサイト

2011/3/11の東北地方太平洋沖地震の一日

2011/3/11、この日のできごとを書きます。

・東京に住む娘が、梅を見たい、というので、水戸駅で待ち合わせ、夫婦と娘三人でまず、駅近くのファミレスで昼食。

・その後、車で偕楽園に移動。駐車場に車を止め、偕楽園に向かって歩き出す。

・常磐線を長いスロープで越え、偕楽園入り口に向かっていたときに、突然、地面が烈しく揺れた。揺れの大きさはそれまで経験したことがないもので、地面が割れて、日本列島が二つに裂けるのではないか、と思ったほどだった。

・立っていられず、しゃがみ込んで、たまたま近くにあった松の木の周囲を囲む様に並べられた石に手をついて、揺れが納まるのを待った。

・目の前の茶店の二階の屋根から瓦が盛んに落ちてきた。

・どうも危なさそうだ、と思い、引き返すことにした。来るときに通ってきた長いスロープは幸いにも壊れていなかったが、構造物の接続部だろうと思うが、30cm位の段差が出来ていた。

・「こんなに大きな段差が出来ている、これはただ事ではない」、と思いながらスロープを下りていったのだが、逆にスロープを上って偕楽園に向かう集団と出会った。大型観光バスに乗っているときに地震があって、揺れをの大きさが実感出来なかったのだろう、と思った。

・駐車場の辺りまできたが、あの地震の後では皆が一斉に帰ろうとして、道路は大渋滞になるのではないか、と考え、少し様子を見よう、と思い、偕楽園の比較的低いところを歩く。途中、停めてあったクルマが余震で動き出すのではないか、と思うようなこともあった。歩いている内に、土砂降りの直後のように水があちこちに溜まっている。液状化ということは知識としてあったので、これはまずい、すぐに帰ろう、と思い、駐車場に戻った。

・帰ろうと思ったルートが水がでて通行止めになっていたので、別のルートを探す。なかなか進まず、だんだん暗くなってきた。そして、とうとう通行止め。どうしようかと思ったが、少しずつ前の車が進むので流れに従うと、暗い中、あちらの脇道を行け、と合図をしている人が居た。分岐点から見ると、道路に40cmか50cmくらいの段差が出来ていた。なるほど普通の車ではこの段差では前に進めない、と了解した。どうも、交通案内をしていた人は近所の人で、様子を見かねて脇道に案内していた様だった。有り難い事である。

・さて、脇道にそれた後、もう知っている道路ではないので、前車に続いて走るほかない。

・実はガソリンの残りが少ない。燃料計の針が最後の一目盛りくらいの時に出発してきて、帰りに燃料を入れようと考えていたのが災いとなってきた。ノロノロとして進まない。止まったときにはアイドリングの間の燃料が勿体ないのでエンジンを切る、という事を何度もした。車内の暖房は前から切ってある。

・星空がヤケにきれいだった。天の川がはっきり見えた。地上から照明がなくなると、こんなに夜空がきれいなんだ、とわかった。1000年前の日本はどこもこんなに星空がきれいだったんだろうな、としみじみ思った。

・途中、全く分らないところを見当をつけて走って行った。久慈川という比較的大きな川の橋を渡った。これで何とか日立市に戻ったことになる。自宅はまだ先だけれども。

・ここまで来れば道は分るが、問題はガソリンがいつまで持つか、である。既に燃料計の針は最小の目盛線を過ぎて、クルマがいつ止まるか予想が付かない。もちろんガソリンスタンドがあれば給油するのだが、今まで通り過ぎたガソリンスタンドはどこもライトが消えていて営業していない。このときに、ガソリンはぎりぎりのところまで給油しない、という方針で来たことを恨めしく思った。最悪の場合、ガス欠でクルマが動かなくなったら歩くしかない。ここからなら2時間か3時間か、などと考えていた。

・幸い、自宅までガソリンは持ってくれた。自宅のすぐ近くに妻の母が一人で居るのが心配で、まずそこに行くと、庭にクルマが止まっていた。車の中には、義母と、近くに住む妻の兄と、妻の姉の夫だった。妻の兄は近所に住んでいて、また妻の姉の夫は勤め先がこの近くで、帰りの電車が止まってしまったので、二人とも実家を心配して駆けつけてくれたのだった。

・車の中にいつまでも居られないので、皆で私の家に移動した。水道は初めは出ていたので、以前に聞いていた通りに、風呂桶に水をため、また飲み水用としてヤカン、鍋にも水をためた。しかし風呂の水は半分ほど溜まったところで、もういいだろうと思って水を停めてしまった。後で気づいた時には水道は断水になっていた。暖房としてはこたつとファンヒーターを使っていたが、停電で使えない。義母の家から石油ストーブを持ってきて漸く暖がとれた。

・その晩は義兄が持ってきていたポータプルテレビをつけて、東北地方で大津波が発生して大きな被害が出ていることをようやく知った。余震に怯えて夜を過ごした。娘は石油ストープの脇に座って余震の度に石油ストーブを押さえていた。

長い一日でした。

2011/3/11の東北地方太平洋沖地震のその後

この記事の狙いは大地震などの大災害に対して何を準備すべきか、を私個人の経験を元にまとめる、という事にあります。

ですから、なにがしかの教訓が得られたことに絞って書いていきます。

大事なことがあります。私の体験は、戸建て住宅に住んでいて、地震により数日間水道、電気などのインフラが停止した、という条件のものです。これが、津波で家が流された、とか、洪水などで床上浸水した、というと大分様子が変わります。

たとえば、自宅が流されたとすると、もう避難所に行くしか方法はないでしょう。床上浸水したなら、自宅があっても食料、燃料、寝る場所に困ることになるでしょう。地震に伴って大規模火災により焼け出されたら、自宅がないだけでなく、避難所もない、という事にもなり得ます。

ですから、災害の状況によって、対策はさまざまです。

○困った事その1―飲料水―

飲料水はヤカン、鍋に貯めた水、それと妻の兄からもらったペットボトルの水で間に合わせましたが、いつまでもつか不安でした。地震の2日後に近くの公園で水が出る、という噂を聞き、大きなタンクがなかったので、ペットボトルと鍋を持参してそれから連日通いました。運ぶのは古いベビーカーを使いました。

○困った事その2―トイレの水―

飲み水は上記の通り、細々と間に合わせましたが、トイレの水はどうしようもありません。自転車で近くの様子を見ると、近くの川からバケツでくんでいる人が居ました。飲用には使えませんがトイレには使えます。我が家はガソリン不足でクルマが動かせないのでこれも諦めました。地震から5日後に市の広報車で水道が出る、と放送していたという事を聞き、期待していると、やがて黄色い水が出てきました。急いで浴槽に貯めると排水口の少し上のところまで溜まったところで水道はふたたび止まりました。庭の水道は黄色い水が出ていたのでアイスボックスに貯めました。2階のトイレ・洗面は水圧が低いからか水は出ませんでした。

○困った事その3―電気・水道―

電気は地震の2日後の夜になって復旧しました。ガスは我が家はプロパンガスなので問題なし。ただし実際は卓上ガスコンロで充分でした。水道の完全復旧は地震の6日後で、そのときは久しぶりに風呂に入りました。

○困った事その4―クルマのガソリン―

ガソリンについては情報が色々と錯綜していたのですが、地震の10日後の朝、やっと給油できました。その日はお彼岸の中日で、墓参に行くと人が本当に少ないのです。後で分ったのですが、この日は東京電力福島第一原子力発電所からの放射能汚染の雨が降るので外出しなかった人が多数だったのです。我々はそのニュースは聞いては居たのですが、それほど深刻なものではないと思っていました。

○困った事その5―後片付け―

地震でいろいろなものが壊れしまたので、これを機に大々的に整理することにしました。今回の地震で壊れて使えなくなったものや、今までなんとなく取って置いただけのものなどです。市から廃棄場所の連絡があり、大型家電やタイヤなど通常は有料になるものでも、無料で、また分類も不要で捨てて良いことになり、クルマで何度も往復しました。ただしこの場所もやがて満杯になってしまい閉鎖されました。我が家はおよそ80パーセントくらいはここに処分できたので助かりました。

○困った事その6―余震―

地震でいろいろなものが壊れましたが、パソコンは無事でした。上に書いたように、地震発生時は自宅を留守にしていたので、パソコンの電源は入ってなかったのです。しかし、ちょうど1か月後の4/11の余震で被害が出ました。パソコンを使っていて、たまたま近くのスーパーに買い物に行き、その時に電源を切らなかったらしく、スーパーから帰ったときに、机の上に置いてあった外部ディスク装置が床に落ちているのを発見したのです。パソコン本体は最初は立ち上げが出来なくなっていたのですが、何度電源のON-OFFを繰り返すと、何とか立ち上がりました。

どのような対策を講じるべきか

○飲料水

飲料水(料理用の水を含む)はよく言われるように、ペットボトルの水を用意しておく事になると思います。通常は賞味期限がそれほど長くないので、1年に一度位は見直して、古いものは使って新しいものと交換する事になります。

いろいろなところで、大人一人1日2リットルなどと言われています。

これは、私の実感ではこれほどは要りません。

緊急事態なのです。何もかもが不足しているのです。そのようなときに、飲み水や調理のための水は最小でいいのです。コーヒーや紅茶などの嗜好品は要りません。水は時々一口飲むだけで足ります。夏の暑いときでも大人一人1日1リットルあれば足りる、というのが私の実感です。

料理用の水ですが、米を炊くとどうしても必要な水の量が増えます。麺類の方が水を使いません。更にパスタ(4~8分)よりはうどん、そば(3~4分)の方が燃料を使いません。

○トイレの水

これは困ります。切実です。どうも下水というものは自然に流れるように出来ているようで、水があれば流せるのです。

現在、自宅に雨水を貯めるタンクを取り付けようと計画しているところです。これなら200リットルくらい貯めておけそうです。飲料水には使えませんがトイレなら充分です。節水型のトイレに改装することも有効でしょう。

○電気・水道

電気が止まると色々と困った事が置きます。

照明…懐中電灯ですね。ろうそくは火災の危険から避けるべきです。明るい懐中電灯を2本。LEDライトが電池を長持ちさせる点から必須です。当然予備の乾電池も必要です。懐中電灯はできるだけれ明るいものが望まれます。市販の懐中電灯は一流メーカー製といわれるものでも明るさの数値(ルーメンなどの単位で表示される)が書いてないものが多く、私は不満です。はっきり数値が書いてあるものから、明るいものを選びます。

冷蔵庫…自然に温度が上がっていきます。しかし、冷蔵庫は保冷の性能が良く、冷凍食品や氷などが中にあれば大分持ちます。解凍したものから、あるいは冷蔵品のうち長持ちしないものから少しずつ食べていけば数日は期待出来ます。

テレビ…リアルタイムな情報収集に重要です。スマホがあれば情報収集という点ではかなりカバーできるでしょう。ワンセグチューナー付きのスマホ、あるいはクルマのナビが利用できると効果的です。予備としてラジオでしょうか。

スマホの充電…モバイルバッテリーが考えられますが、使用しないでおくと自然放電してしまいます。私の場合、クルマのUSBアダプターで充電する事を第一に考えています。ソーラー充電器というものもありますが、ユーザの評価を見ると故障が多いので緊急時の対策としては不安が大きいです。

掃除…掃除機がけは諦めます。そのような場合に備えて箒があると便利でしょう。

水道については飲料水とトイレの水について既に書きましたので、それ以外について書きます。

風呂…夏であれば、あるいは乳幼児の問題がなければほとんど問題ありません。緊急事態なのですから、暑い時期でなければ1週間程度風呂に入らないのは問題ではありません。山で遭難した時を考えれば見当が付くでしょう。汗をかきやすい時期であれば、タオルを水で濡らして体を拭く、という事になるでしょう。

食器洗い…食器は洗わなくて良いようにラップでくるんで使い、食べ終わったらラップを捨てる、という方法が可能です。箸やスプーンは予備のトイレットペーパーで拭きます。

手洗い…トイレの後、食事の前などはウェットティッシュで拭く、という程度で充分です。殺菌作用のあるスプレー型アルコールがあると助かるだろうな、と思います。

○車のガソリン

ガソリンがなくなって苦労したことは上に書きました。ガソリンがあれば、遠くに買い出しにも行けるし、水くみにも行けます。スマホの充電やナビでワンセグテレビを見ることも出来ます。

今回の地震以前のいろいろな記事では、ガソリンの給油はゼロ近くになってから半分だけ給油するのが燃費の点で有利(ガソリンの分だけ車量が増すので)、という論調で、私もそうしていたのですが、地震の経験を踏まえ、メーター読みで半分になったら満タンに給油する、というやり方に変えました。

今回の地震のもう一つの教訓は、ガソリンスタンドは停電するとガソリンを入れることが出来ない、という事です。ガソリンスタンドはほとんどの場合、地下にガソリンタンクを備え、ポンプでくみ上げます。停電するとこのポンプが動かないのです。したがって、停電するとその瞬間にガソリンスタンドで給油できなくなります。

いつ停電するかは予測できないので、自分で余裕をもって給油しておく、というほかに手がありません。

○余震

余震の問題は、地震の場合とほぼ同じです。気を付けなければいけないことは、本震と同じ程度の揺れになることがある、ということで、私の場合、余震の時にパソコンの外部ディスク装置が壊れました。実は地震の揺れは方向性があります。長方形の底面のものでも、長手方向に地震の揺れが生じた場合にはかなり絶えますが、それと直角方向に揺れたときには簡単に倒れます。地震の揺れの方向は前もってまかるものではありませんから、底面が長方形のもの(多くはそうでしょう)に対しては短手方向の揺れに対して何か支えるものが必要です。別の器具で挟んでも良いでしょう。

○パソコンのデータ

パソコンのデータをどうやって守るか。定期的にバックアップするのは当然として、大地震の時に外部メモリをどう守るか、が重要です。それまでは、我が家のパソコンは二階にあって、バックアップの外部ディスクも同様にしていました。でも、揺れは二階より一階の方が小さいので、できれば一階に置きたいものです。そこで、現在はNASという外部ディスクを一階のWi-fi親機につなぎ、二階のパソコンからはWi-fi接続しています。バックアップに使うので、バックアップソフトを使って更新ファイルだけ転送する、というスタイルです。できれば有線接続して、パソコンのファイルはOS以外は一階の外部ディスクにまとめる、というつなぎ方がいいのですが、有線というのが困りもので、どうやってもケーブルが目立ってしまい、家族の了解が出ません。

いまなら、クラウドという事も考えるべきでしょうか。それに乗れないのは、自分のデータを全部他人の管理下に置く、というのが嫌なのです。実は他人に見られても困るデータはほとんどないのです。然し、それを分析すれば、私がどのような人間なのか、どのような行動をとっていたのか、身近な人はどのような人なのか、などということが分ります。私のそのような事を詮索しても何の利益もないのですが、やはり嫌なものは嫌だ、と感じてしまいます。現実には、クラウドのデータが洩れる可能性と、自分のパソコンにウィルスが侵入してデータが洩れる、というのとでは可能性は大して違わないだろうとは思うのですが、まだ釈然としません。

○原発事故による放射能汚染

これは地域によります。私の自宅は東海原発から直線距離で11.3Kmです。東海原発に放射能汚染の問題が発生したら避難しなければなりません。1秒をあらそうというものではないでしょうが、何れにしてもとりあえず重要なものを持って急いでクルマで逃げます。その時、パソコンの外部ディスクを持ち出せるか、微妙です。前回の大地震の時に、福島県では東電福島第一原発の放射能汚染のために避難した地区でかなり多数の家に空き巣がはいって、パソコンなどもなくなっていた、というニュースを聞きましした。このような人たちは放射能汚染の危険性は無視して留守宅に入り込んで盗むのだ、ということがよく分りました。回りに人が居ないことが保証されているわけですから盗み放題という訳です。自分の命を大切に考えない人に対しては対抗する方法がありません。このような事態になるとお手上げの感があります。

○その他

これは対策というものではありませんが、一つの教訓として大事だな、と思うことがあります。

一時的に利用できるものがあれば、できるだけ早いうちにそれを利用する、という事です。たとえば水道の復旧の前に一時的に水が出た事がありました。黄色い水で飲用には向きませんがトイレの水としては充分に使えます。これもまもなく止まってしまいました。短時間の内に出来るだけたくさん貯めておいた方がいいのです。これは何かが復旧するときによく起こりそうです。一時的に復旧させたけれども問題が発生してまた止まる、というものです。類似のものに廃棄物置き場がありました。市が市内のあちこちに用意したものですが、意外に早く満杯になり閉鎖されました。ですから、なにかが使える、と分ったら、いち早く使う、ということにした方が良いのです。もちろん、怪しいものにすぐ飛びつく、ということについてはよく気をつけなければなりません。

地の利について考える

地の利という事を考えてみました。

東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震での市の震度は6強でした。これはかなりのものです。

しかしながら、津波による直接的な被害、液状化現象、土砂崩れなど家屋や土地に直接に被害を与えるものは私の周囲では限定的でした。運悪く大きな被害にあった方にとっては大変な災いだったでしょうが、全体的に見ると、もっと大きな災害になった所は沢山あります。

たとえば津波ですが、東北地方では10~15m位の津波があちこちで発生していますが、私の回りでは3~5m位です。

山の斜面を切り開いて造成した団地がありますが、崖崩れとか地滑りなどで数十軒が埋まった、という様なこともありませんでした。これは地層が関係していて、山を切り開いた所は日本最古の地層として知られ、とても安定しています。地震直後に団地を回ったのですが、屋根が壊れてブルーシートで応急処置している家が見渡せる範囲で数軒、つまり100軒に二三軒という割合で驚いた記憶があります。平地では100軒中に30~50軒が被害に遭っていました。

電気・上水道・都市ガスというライフラインの復旧も長くて10日でした。

液状化現象では茨城件では利根川沿いのところで大きな被害がでました。ただし、私が住んでいるところで地盤の問題はないか、というと、確かにあります。地震の後からですが、トラックが近くを走る、というだけでとても大きな揺れを感じるのです。宅配便のトラックが走る、というだけで震度2とか3かも、という位に揺れるのです。これは自宅の下の地盤が柔らかくなってしまったからだ、と思っています。

被害を受けやすいところと受けにくいところがあるものだ、と実感するところです。


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