小品いろいろ
[2025/7/5]
【57】真意はわからない―長嶋茂雄氏の発言によせて
長嶋茂雄さんが2025/6/3になくなりました。
長嶋茂雄さんはいろいろなエピソードが語られてきましたが、その中で、私がよく憶えているものとして、次のような話があります。
長嶋茂雄さんは若い頃、米大リーグでプレーすることを本気で考えていたが、ある時そのことを球団幹部に言うと、こうた返されたという。「何を言うんだ。長嶋茂雄は巨人軍、ひいては日本プロ野球を背負って立つ立場にあるんだぞ」。その言葉を聞いて長嶋茂雄さんは「私は考えを360度変えました」と言った。
360度変えたら、もとにもどってしまうだろう、そういうときは180度というんだ、という突っ込みがあって、これが笑い話になるわけです。
私も、とぼけたことをいったものだ。でも、「考えを360度変える」というギャグのような話は何度か聞いたことがあって、確かに勘違いしやすい話だな、と思っていました。
長嶋茂雄さんが亡くなって、いろいろな回想番組やさまざまなかたちの特番がテレビで放送されました。
その中に、徳光和夫さんという長嶋びいきで有名な元アナウンサーが一つの笑えるエピソードを語っていました。
結婚式の乾杯の音頭を長嶋さんに頼んだところ快諾していただき、楽しみにしていたが、長嶋さんが結婚式の前日に急に熱が出て、結婚式に出られなくなった。長嶋さんは律儀な性格だから、当日はきちんとモーニングを着て受付まで着て、「熱が出てしまいましたので、乾杯の音頭はだれか他の人に頼んでください」と言い、ご祝儀だけ置いて帰られた。後日、本人に会ったときに、「先日の結婚式では熱が出て出席されなかったんですね。残念でした。熱はどれくらいだったんですか」と聞いたところ、「そうですね、3割7部8厘でした」と言ったのだそうだ。「長嶋さんは何事にも野球から離れないんですね」と徳光さんは笑っていました。
実はこれで終わりではないのです。その時に徳光さんは次のように言葉を続けました。
「長嶋さんは、『あのような言い方をすると、徳光があちこちでしゃべるだろう』、と考えて言ったのかもしれませんねぇ」
つまり、長嶋ファンへのサービスとして、あえて笑いを誘う言い方をしたのかもしれない、ということです。さらに徳光さんに言うことによって、長い間長嶋さんをもり立ててくれた徳光さんに、話のネタを提供した、という面もあるのかもしれません。
とぼけたことを言ったり、とぼけたことをした、というエピソードが豊かな長嶋さんですが、もしかすると、ファンへのサービスとして意識的にしていた可能性があるのですね。
2025年は、米価が急上昇して、いろいろな問題が起こりました。
米が飢饉に近いような不作のときの為に、政府は備蓄米を保管していて、これを放出すべきと言う意見がだんだん強くなり、当時の江藤農相が、備蓄米の放出について、ゴーサインを出しました。ただし、政府の、ある意味で資産であるので、入札方式を採り、入札に参加できる団体も制限があり、結果的に農協が大部分を落札しました。しかしこの米がなかなか市場に出てきません。原因は、農協の出し渋り、精米能力の限界、米の輸送の逼迫、海外からのインバウンド客の影響、とりわけ大阪万博の影響など、いろいろなことが言われましたが、状況が改善することはありませんでした。
そのような中で、江藤農相の発言が注目を浴びました。「私は米を買ったことがありません。支持者から沢山いただいていて、我が家には米が売るほどあります」
米が売っていない、あるいは売っていても高くて買えない、と問題になっているところにこの発言ですから、非難が集中して、結局、辞職に追い込まれました。
後任の小泉孝太郎農相は、入札方式をやめ、受け手の範囲も広げて、迅速に市場に出せること、という条件を付けるなど、非常に積極的に備蓄米の市場放出を強力に推進しました。
その結果、前農相のときよりもずっとスムーズに備蓄米が市場に出てくるようになりました。
そのような状況で、ある元農水大臣が「小泉さんは党内のルールを無視して動いている。○○さんにちくっと言ってもらいたい」というような発言が出たのです。
これに対し、非難がわき上がりました。当然です。
ここからが問題なのですが、あるひと(複数のような気がします)が、このように言ったのです。
とんだ茶番だ。こういうことを言って小泉新農相の評判を上げて、まもなくある参議院選挙を乗り切ろうとしているのだ
つまり、上の発言した人はあちことで非難される、ということは、逆に小泉新農相の評価が上がることにつながる。与党は少数与党で参議院選挙でも苦しい立場にある。米問題を見事に対処したようにみえる小泉人気が高くなれば、与党の評価も上がる、つまりこれは選挙対策だ、というわけです。
私はそこまで深読みができませんでした。そもそも、自分が悪者になってまでも、自分が所属する政党の評判が上がればそれでいい、とまで考える、ある意味で自己犠牲をいとわない気高い精神の自民党議員がいるのだろうか、と疑問を持ちます。
ただし、備蓄米の処理において大きく評価を高めた小泉農相の存在は、与党・自民党の評価を高めたという効果は確かにありそうです。
人の発言が、どこまで意識的になされたのか、単なる不用意な発言なのか、ということを、みきわめるのは難しいですね。
仮に「実は本音はこうでした」と本人が語っても、そのこと自体が真実かどうか分りません。
私の経験でも、私の発言が「的外れな、不用意なものだ」と言われたときに、「いやいや、それはこういう真意が含まれているのだ」とかばってもらったことがありましたが、実は単なる不用意な発言だった、ということが何回かあった憶えがあります。
そのような経験に照らし合わせてみると、真意というものはなかなか分らないだろうな、と考え込んでしまいます。
謎のままになってしまうことがいろいろとありそうです。
こので記事を書いている時点で、長嶋(茂雄)氏と書くか、長嶋さんと"さん付け"にするかは微妙なところがあります。私は原則として、現役の有名人は敬称なしで、引退後は敬称をつけることにしており、"長嶋(茂雄)氏"あるいは"長嶋さん"になりますが、この使い分けは迷います。この記事で両者を使っていますが、書いていて自然な方を採用しました。結果的に混在していますがそのままにします。
なお、有名人でも没後長い時間が過ぎれば、敬称はつけません。夏目漱石さんとか、湯川秀樹さんという言い方はなじまないです。
ただし、これは「長い時間が過ぎれば」という問題ではなく、同時代の人かどうか、に依存するのかもしれません。現時点で、このあたりを整理するのは難しそうです。