「小粋」という言葉について


[2020/10/7]

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【39】「小粋」という言葉について

あるニュース記事

ネット上で、次のようなタイトルの記事に遭遇しました。

土砂降りの中、スーパーの外で飼い主を待つゴールデンレトリバーに、そっと傘を差し出した警備員に称賛の嵐

内容は、「イギリスの大手スーパーマーケットで警備員をしているあるひとが、入り口の前で、ゴールデンレトリーバが飼い主が買い物から出てくるのを、土砂降りのなか、じっと待っているのをみつけ、傘を差し出した」というものです。

その様子を目撃していた人が写真を撮り、自分のtwitterに投稿したのをニュースとして取り上げたようです。

これが反響を呼び、また、飼い主もそれに答えて、「『(前略)みんながお互いのことを気に掛けていて、コミュニティの素敵な雰囲気を感じます。彼はいつも父や弟に親切にしてくれています』とツイートした」と結んでいます。

この記事の中で、ひとつ気になる表現がありました。

記事の結びで、「イーサンさんは『まあ犬が雨をどう思っているかわからないけどね』と小粋なコメントを残していったようだ。」とあります。

"イーサンさん"とはこの警備員のことです。

「小粋な」

「小粋な」というニュアンスはどこから来るのでしょうか。

このニュースは、海外のニュースメディアが元ネタかと思ったら、違いました。

この記事を載せている「FINDERS(ファインダーズ)」は日本のメディアで、この記事は、twitterのなかから興味を引く内容を探し出して掲載したもののように思われます。

と言うことは、「小粋な」という表現は、この記事を書いた、おそらく日本人の、さらにおそらく若い日本人が発したものと想像します。

私が注目したことは、「小粋な」などという表現がまだ現役だった、というのがひとつ、そして、この「小粋な」と表現されたことが、海外(この場合は英国)でも「心温まる素晴らしいエピソード」と認識されている、ということです。

「小粋な」という言葉にまつわるエピソード

随分昔のことですが、アマチュア、プロを問わず、歌を歌い、合格するとレコードが出せる、という企画のテレビ番組がありました。

偶然見ていたその回で、あるプロの演歌歌手が(たぶんあまり売れていない人でしょうね、そのようなテレビ番組に出るのですから)自分の持ち歌を歌ったことがありました。

審査員の一人が船村徹という作曲家で、次の様にコメントしていたのを憶えています。

君は今「ちょっと小粋な板前さんよ」と歌ったけど、「ちょっと小粋な板前さんよ」なんて言葉は、今時"はやらりませんよ"。

「ちょっと小粋な板前さん」という表現はもはや人の心をつかまないとは、まったくその通り、と思いました。

その時のやリ取りにはオチがあって、上記のコメントの後、「そんな詞を君に歌わせるなんて、一体君はどこのレコード会社にいるの? え、××××!そうか。僕がいる会社だね。それは困った。」

出場者のプロフィールは事前に審査員に伝わっていたでしょうから、その歌手が所属するレコード会社がどこか、その時は分っていたでしょう。ギャグに近いものです。

ふたたび「小粋な」

ただ、「小粋」という言葉のニュアンスが、なにか昔のひとの感じ方という印象で、また日本人特有の感じ方の様な気がしていました。

しかし、この記事を読むと、外国の人、少なくとも英国人にはこの様なやりとりが心温まる、素晴らしいことであると感じている、と思いました。

元記事(twitterの文章)では、その警備員について、

He said 'well you never know how dogs feel about the rain'
イーサンさんは「まあ犬が雨をどう思っているかわからないけどね」と小粋なコメントを残していったようだ。(当サイト運営者の訳)

と書いています。

英語の原文には「小粋な」に相当する言葉はありません。これは想像ですが、「このようなやりとりに対して、日本人のライターが『小粋な』という形容詞を付け加えた」のでしょう。

小粋な」に相当する英語の言葉はあるのでしょうか。

私の乏しい知識では、"witty"と"warm-hearted"の二つしか思い浮かびません。どちらもかなり大きな隔たりがあります。

ただし、"witty"と"warm-hearted"を足して2で割ると、「小粋な」にすこし近づくかな、とも思います。

かの警備員が発したという'well you never know how dogs feel about the rain'には、日本語で言う謙遜の気持ちがにじんでいる、と感じられます。

「犬は雨に濡れることはイヤなのか、平気なのか、わからないけど」(当サイト運営者の訳)と言うのですね。自分がやったことが犬にとってうれしいことなのか、どうでもいいことなのかわからない、と自分の行動を謙遜するわけです。

そういう言葉に、沢山の英国人が感動しているのです。

更に、飼い主も反応して次の様にtweetを返しています。

「みんながお互いのことを気に掛けていて、コミュニティの素敵な雰囲気を感じます。彼はいつも父や弟に親切にしてくれています」とツイートした。

原文では、この文章のあとに、次の様な言葉を続けています。

it's nice to hear nice things

いい話を聞くのはいいことだ。(当サイト運営者の訳)

"nice"を"いい"に対応させましたが、ここで使われた"nice"は"気持ちいい"に近いでしょうね。

警備員の行動に、皆がホッコリしているのですね。

ふたたび「小粋な」

文章を見返しても、「小粋な」という表現は、英語の元記事では現れていません。

しかし、やはり「小粋な」という言葉はぴったりだなあ、と感心します。

日本人が「小粋な」と感じる場面で、英語の世界ではそれに相当する言葉はどうやら無い、言い換えると、そのような言葉は使わない、ということだと思います。

英国人の場合、とりたてて「小粋な」の様な言葉を使わなくても不足はない。そのニュアンスは十分伝わるのです。

ですから、この記事の始めに書いた演歌歌手の様に、「ちょっと小粋な板前さんよ~~~」と声を張り上げてはいけないのでしょう。

備考 記事の配信元「FINDERS」

今回取り上げた記事は「FINDERS」というところから配信されています。そのホームページを見ると、"about"という見出しの自社の紹介では次の様なことが書かれています。

「FINDERS(ファインダーズ)」は「クリエイティブ × ビジネス」をテーマにしたウェブメディアです。このネーミングにはカメラのファインダーで「世界を覗く」という意味と、世の中の新しい「価値を発見する人たち」という2つの意味を込めました。

今回取り上げた記事は、「世界」のなかで「価値がある」と判断されたものなのでしょう。

他の配信記事を見ると、次の様なものがありました。以下、タイトルだけ紹介します。

お腹を空かせた野良猫に肉まんを分け与える愛犬。種族を超えた優しさに思わずほっこり

ケガをした演技をする俳優、すると野良犬が乱入し懸命に介抱。路上で起きたハプニングに心温まる

6万5000円分のおもちゃを買う予定だった6歳男の子、お小遣いをホームレスに寄付し、父親号泣

これは、いわゆる"心温まる"記事をピックアップしたもので、それと異なる傾向の記事も数多くあります。

この種の記事に心引かれる、というのは日本だけでなく、海外でも同じだ、ということに改めて気づかされました。

そして、この種の記事が、時代の先端を走るこのようなメディアで取り上げられている、ということに、「この世の中はまだまだ捨てたものじゃあないな」と思い直しました。

もっとも、このような傾向の記事に引きずられすぎないように気をつけなければ、と、関係者ではないながら気になりました。


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