日本語のあれこれ日記【6】

「五重塔」と「三重の塔」

[2014/12/11]


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発端は

自分のホームページに英語のページも作りたいと考えていました。写真であれば文章はかなり少ないので、先ずは写真のページを英語化しようと作業を開始しました。

英語化に当たっては、日本語の文章で英語化するのが難しいところは削除する、といういい加減な方針を立てましたが、それでも専門用語は苦しみながら、ネット検索、ネット翻訳サイト、和英辞典などを利用してすすめました。

風景写真なら「写真だけでキャプション・説明なし」という事でもかまいませんが、寺院建築物をシリーズで撮影したものがあり、これはある程度の説明をしないとわけが分からないということになりそうです。

その時に遭遇したのが「三重塔」です。

問題は

「三重塔」が「三重の塔」とされているケースが目に入るのです。「さんじゅうのとう」は「三重塔」と書くのではないの?

和英辞書でいちばん信頼できるのは、となると、研究社和英大辞典ということになるでしょう。最新版の第五版を見ます。

「三重」の項・・・・"句例"として「三重の塔」とあり、"a three-storeyed pagoda"と記されている

「五重」の項・・・・"複合語"として「五重塔」の見出しがあり、"a five-storied[―storeyed] pagoda"と記されている (*1)

三重塔と五重塔では扱いが違っています。五重塔は複合語として見出しになっていますが、一つの単語と同等の扱いですが、三重塔は"句例"ですから単語とは違います。この違いは下に述べる広辞苑での扱い方と同じです。

建築や歴史の用語では「三重塔」「五重塔」という表記が普通です。文化財という観点でも、たとえば国宝・重要文化財(建造物)を見ると、「三重塔」「五重塔」という表記がすべてで、「三重の塔」という表記はありません。

「五重塔」を「五重の塔」と書いてあるものはとても少ないのに、「三重の塔」は結構見つかります。

和英辞典などで、「三重」、「五重」の項に、文例、句例として、「三重の塔」、「五重の塔」と書いてあるケースは、一般的に「三重のなんとか」、「五重のなんとか」という意味ではおかしなことではありません。

どうも、「三重の塔」、「五重塔」と書くのが標準として扱っているような印象があります。

手もとの広辞苑(第三版)ではどうなっているか。「三重」の項では、用例として「―の塔」とあります。一方、「五重」の項では、複合語として「―のとう[五重塔]」とあります。つまり、「五重塔」というのは定着した複合語であり、「三重塔」はそうではなく、「三重の(構造を持つ)塔」という書き方です。広辞苑第三版というのはちょっと古い(30年くらい前の版)ですが、最新版を見ても同じです。

「五重塔」というのはひとつの複合語になっているが、「三重塔」はそうではないので、「三重の」という連体修飾句+「塔」、と書く、ということのようです。

三重塔はマイナーか

三重塔がめったにないもので、五重塔は有名なものがたくさんある、というのなら分かりますが、三重塔は決して少なくないのです。たとえば国宝・重要文化財に指定された物としては、文化庁のサイトの国指定文化財等データベースで「近世以前」つまり江戸時代またはそれ以前に建立されたもので見ると、三重塔は13基、五重塔は11基で、三重塔の方が多いのです。

その資料で念のために「名称」の欄をチェックすると、すべて「三重塔」、「五重塔」であり、「三重の塔」、「五重の塔」はありません。なお、名称欄には、三重塔であっても「東塔」、「西塔」というものがあります。名称だけで見ると、三重塔は10基になります。いずれにしても、三重の構造を持つ三重塔はけっしてめずらしいものではないのです。

やはり、塔の建築物(仏教の世界では塔婆といいます)では、その代表は五重塔であり、三重塔は存在感としては大分水を開けられている、ということなのでしょうか。

手元にある「図解 文化財の見方―歴史散歩の手引き」の「塔」の項目では、五重塔、三重塔、多宝塔、と続きます。「知っておきたいお寺の基本」でも、「塔」の項目では、最初のイラストが五重塔で、解説も五重塔を最初に取り上げています。「形や構造のちがいでわかる4つの塔」という項目では、三重塔、五重塔、十三重塔、多宝塔、と続きます。そもそも表紙が五重塔の写真であり、お寺をイメージする代表は五重塔であることを物語っています。

(*1) 研究社和英大辞典での英語表記で、「三重塔」が "a three-storeyed pagoda"、「五重塔」が "a five-storied[―storeyed] pagoda"というように、英語訳が対象的でないのはどうしてでしょうか。まずstoryとstoreyの違いですが、辞書ではstoreyは"主に英"で"storyを見よ"などの表記で、基本的に同じものとされています。さて上記の書き方ですが、その違いが意図的であるのであれば、三重塔は主に英国の文献にあらわれるので"storey"を用い、五重塔は米国で良く出現するので"story"とし、それに対して英国では"storey"も使用される、というように想像できます。なぜ英語の話をこの「日本語のあれこれ日記」の記事で書くのか、というと、三重塔と五重塔とでその英語表現を変えているからで、これは日本語辞書の扱い方と似た側面を持っているとも言えます。ただし、研究社和英大辞典でのこの様な違いが意図したものだったのかはわかりません。storeyとstoryは英式・米式の違いとみて間違いないようですが、上記の句例が対応しない理由が分かりません。別の件ですが、two-storeyed/storiedかtwo-storey/storyか、つまり"ed"を付けるか付けないか、についてはよくわかりません。編集の新しい辞書ほどtwo-storey/story building のように"ed"を付けない文例が多いような感じがしますが、さてどうでしょうか。Collins COBUILDの第3版(2001年)では、"-storeyed"の項で「米国ではstoried」と書いた後、"-storeyed means the same as -storey"とあります。"ed"が付いているのと付いていないのは、「同じである」、とはっきり書いていますね。



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