日本語のあれこれ日記【24】

原始日本語の手がかりを探る[15]―万葉集と古今集のかなの出現頻度比較(3)

[2017/10/11]


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万葉集と古今集の仮名文字の出現頻度比較

前々回の記事で、かなの出現頻度の調査について書きました。

その結果の一例として、前回の記事では、"そ"と"ぞ"の出現頻度を万葉集と古今集とで比較した結果を書きました。

万葉集と古今集の仮名文字の出現頻度について、全体を眺めることが必要かと思い、ビジュアルに表現する方法を考えました。

今回の記事では、「あいうえお…わゐWuゑをがぎぐげご…ばびぶべぼ」という各仮名文字をその出現頻度を表として表してみることにしました。

各仮名文字の出現頻度が分かり、同時に万葉集から古今集へという流れのなかでそれがどのように変化したのかを一つの表現方法でわかりやすく表す、というのはなかなか難しいですね。

なお、調査の対象は次のようになっています。

万葉集…巻5、14、15、17~20の短歌のみ1105首
古今集…全巻(序は含まず)の短歌のみ1091首

以下がその結果です。

□、■はそれぞれ万葉集、古今集の全文字数に対する出現割合を0.2%を単位として表します。たとえば□が1個の場合、出現頻度は0.2%~0.4%です。(正確には、0.2%を含み、0.4%は含みません)

               
                 
                  
                    
                       
                        
                          
                          
                      
                     
       
       
           
           
               
                
                      
                    
              
              
                   
                   
      
          
                     
                      
                        
                         
                        
                       
               
                 
                      
                       
                
                  
                    
                    
          
        
         
    
         
          
                        
                      
                       
                         
   
 
          
        
                 
                
                     
                    
                      
                       
                      
                         
             
                
             
             
                    
                   
                       
                       
       
          
                   
                  
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Wu                           
                           
                           
                          
                 
                   
                  
                     
                        
                         
                          
                          
                          
                          
                          
                          
                           
                           
                           
                          
                         
                         
                           
                          
                          
                        
                          
                         
                          
                          
                         
                         
                         
                         
                        
                        
                      
                     
                          
                          
                          
                           
                          
                          
                           
                           

増えた文字と減った文字の変化量の評価方法について

古今集での文字出現率が万葉集に対してどのように変化したのか、をどのように評価すればいいのか、についてはちょっと迷います。

出現率の比で比較すると、もともと出現率が低い文字については変化の傾向が大きくなります。

極端な例でいうと、万葉集で出現回数が2であった文字が古今集では4だった時、100%高くなったということになります。出現数が万葉集で100の文字が古今集で200にならないと同じ変化率になりません。

万葉集で出現回数が2の文字は、たまたまその文字が使われたのであって、ほんのわずかな違いでそれが3になったり4になったりするという可能性があるでしょうから、「万葉集で100・古今集で200」という変化と同等の変化とすることはできません。

出現率の差で比較すると、もともと出現率が高い文字については変化の傾向が大きくなります。

出現回数が万葉集で200だった文字が古今集では300だった時の差100というのは、万葉集で出現回数が10だった文字については古今集で110だったという場合の変化の大きさとはだいぶ違うように感じます。


もしかすると、このような場合の比較はおおむねこのようにするものである、というような標準形があるのかもしれませんが、私には分かっていません。

そこで、変化率の大きさでトップ5を選び出し、また変化量(差分)の大きさでトップ10を選び出して、両者を総合的に判定することにします。

万葉集から古今集へという変化の方向において、増加したものと減少したものとがありますから、それぞれ独立して選択します。

評価結果

【出現率が増加した文字】

変化の差分によるトップ10

文字
古今集出現数 10091602714135227013558243864811797
出現率(%) 2.954.692.093.960.793.972.411.131.415.26
万葉集出現率(%) 1.863.701.283.430.293.501.980.781.084.98
出現数 6441284446119010012156872713761729
古今集/万葉集出現率(%)の変化(差分) 1.100.990.810.530.500.470.430.350.330.28
出現率(%)の変化(比) 1.59 1.27 1.63 1.15 2.74 1.13 1.22 1.45 1.30 1.06

変化の比によるトップ10

文字
古今集出現数 27084714100916538698121481318
出現率(%) 0.790.252.092.950.481.130.290.351.410.93
万葉集出現率(%) 0.290.121.281.860.310.780.200.251.080.72
出現数 100434466441082717087376249
古今集/万葉集出現率(%)の変化(差分) 0.500.120.811.100.170.350.090.100.330.21
出現率(%)の変化(比) 2.74 1.99 1.63 1.59 1.55 1.45 1.42 1.41 1.30 1.30

【出現率が減少した文字】

変化の差分によるトップ10

文字
古今集出現数11971164452803703199640498735183
出現率(%)3.513.411.322.352.060.581.871.462.150.54
万葉集出現率(%)4.294.081.992.942.581.072.321.892.570.93
出現数149014176911021894371806657893324
古今集/万葉集出現率(%)の変化(差分)-0.79-0.67-0.67-0.59-0.52-0.49-0.45-0.43-0.42-0.40
出現率(%)の変化(比)0.82 0.83 0.66 0.80 0.80 0.55 0.81 0.77 0.84 0.57

変化の比によるトップ10

文字
古今集出現数498279579616745227138183199
出現率(%)1.460.820.170.280.491.320.080.400.540.58
万葉集出現率(%)1.891.100.230.390.721.990.120.640.931.07
出現数6573818013625169142222324371
古今集/万葉集出現率(%)の変化(差分)-0.43-0.28-0.06-0.11-0.23-0.67-0.04-0.24-0.40-0.49
出現率(%)の変化(比)0.77 0.74 0.72 0.72 0.68 0.66 0.65 0.63 0.57 0.55

検討

古今集になって出現頻度が増えた文字としては、"る"と"れ"が変化の差分では1位と3位、変化の比では3位と4位にあり、また"ぞ"はそれぞれ5位と1位です。

両方のトップ10に入っているのはこのほかには"ぬ"がそれぞれ8位、6位にあるだけです。

この中で"ぞ"は注意が必要です。係助詞の"ぞ"は上代では"そ"である、という説が有力なのです。

たとえば、古語大辞典では、係助詞"ぞ"の項の語誌の欄に、「上代には音も「そ」であったとする説があるが(安田喜代門・大野晋など)、これは万葉仮名で「曾」などの清音字が多く用いられているのによる」とあり、また、小学館・日本国語大辞典精選版では"そ"の項の語誌の欄で、「上代には濁音仮名も見られるが、清音仮名によるものの方が多い。従って、古くは清音であったが、上代から中古にかけて濁音化したものと考えられる」とあります。

今回、万葉集のテキストとしては係助詞"ぞ"はそのまま"ぞ"としているものを使いましたが、"そ"として処理すると、古今集では"ぞ"の出現頻度の増加率は上記の値よりずっと大きなものになります。

実際には、中西進の万葉集(講談社文庫)、佐竹昭広・木下正俊・小島憲之共著万葉集訳文篇、井出至・毛利正守 新校注万葉集では、漢字の"曾"(たとえば827番歌)に対しては清音の"そ"、濁音の"叙"(たとえば843番歌)に対しては濁音の"ぞ"を割り当てています。一方、新編国歌大観では、"曾"、"叙"のいずれにも濁音"ぞ"を割り当てています。(ただしこれは、係助詞の"ぞ"が含まれる数首についてチェックしただけであり、全首をチェックしたのではありません。)

いずれにしても、係助詞の"ぞ"(上代では"そ"も用いられた)の働きについて考えるなら、万葉集での"そ"も"ぞ"としてカウントして評価した方が正しいと考えます。

"る"、"れ"、"ぞ"について一ついえるのは、古今集では「…ぞ…ける(または"なる"、"ぬる"など)」という、「係助詞"ぞ"+連体形の結び」の表現がかなり多く、これが"る"と、"ぞ"の出現頻度を押し上げているものと思われます。

ちなみに、古今集において、"ぞ"の文字は出現数は270、"ぞ"を含む歌の数は264でした。

そこで、「…ぞ…ける(または"なる"、"ぬる"など)」という表現がどのくらいあるのかを調べてみました。

以下のような手順で行いました。

(1)"ぞ"と"る"の両方を含む歌を抽出します

(2)抽出した各歌について、"ぞが係助詞か否かを判別します

係助詞でないものとしては、今年(こぞ)、数ふる(かぞふる)、大空(おほぞら)、墨染(すみぞめ)がありました。また終助詞(断定・強調)もあります。全部で9首で見つかりました。

(3)係助詞なら、"る"はその結びとしてあらわれたものか、そうでないか、を判定します

これにはいろいろなパターンがあります。

(3-1)たとえば「ぞ…ける」という形で、終止形"けり"が連体形"ける"となったもの、これは係助詞"ぞ"があることにより"る"が現れたものです。ほかに「ぞ…なる」、「ぞ…する」などがあります。

(3-2)「ぞ見る」のように、終止形、連体形が同じで"る"で終わる、というタイプは、"ぞ"の存在に関わりなく"る"が出てきます。

(3-3)係助詞"ぞ"があってもその結びがたとえば形容詞の場合(たとえば「ぞわびしき」)や四段動詞の場合(たとえば「とぞ思ふ」)などの場合では、"ぞ"の結びとしては"る"が出てこないもので、"ぞ"とは無関係に"る"がたまたまあった、というものです。

調べた結果は、上記の(3-1)と(3-2)の合計が、万葉集では1105首中33首、古今集では1091首中141首でした。

「ぞ…ける」などという構成を持つ歌が、万葉集では0.03%、古今集では短歌の12.9%がということになります。

この古今集の12.9%というのは驚くべきですね。10首に1首は「ぞ…ける」などといっているわけです。

古今集の具体的に見ていくと、並びの先頭から最初の10首は次のようになります。

歌番号「ぞ…る」の部分
9はなぞちりける
13たぐへてぞ…しるべにはやる
25みどりぞいろまさりける
26ぞ…ほころびにける
35かにぞしみぬる
38ひとぞしる
39しるくぞありける
40たづねてぞしるべかりける
42はなぞ…にほひける
56みやこぞはるのにしきなりける

「ぞ…ける」などの「ぞ…る」の構文をもつ歌が最初の56首中に10首ある、ということになります。

古今集について、「類型的発想・表現をとりながらも…」(日本古典文学大事典 簡約版 岩波書店)という評価の要因の一つなのでしょう。

古今集の985番歌から続く7首のうちの5首に「ぞ…る」の構文が出てきます。

歌番号
985わび人の住むべき宿と見るなへに嘆き加はる琴の音ぞする
986人古す里をいとひて来しかども奈良の都もうき名なりけり
987世の中はいづれかさしてわがならむ行きとまるをぞ宿と定むる
988逢坂の嵐の風は寒けれど行くへ知らねばわびつつぞ寝る
989風の上にありか定めぬ塵の身は行くへも知らずなりぬべらなり
990飛鳥川淵にもあらぬわが宿もせにかはりゆくものにぞありける
991ふるさとは見しごともあらず斧の柄の朽ちし所ぞ恋しかりける

(表記は高田佑彦訳注 新版古今和歌集 角川ソフィア文庫による。)

こうしてみてみると、古今集の撰者は、「また『ぞ…ける』か」、という印象は持たなかったのでしょうか。

ちょっと脇道に―"ぞ"について

前回の記事で、"そ"と"ぞ"についての分析結果をかきましたが、書きもらしたことを今回の記事に即して書いておきます。

985番歌の「琴の音ぞする」では"ぞ"を取り去ると「琴の音する」となり収まりが悪いように感じます。「琴の音がする」とか「琴の音はする」というように格助詞を付けた方がスムーズで、これは"ぞ"が強意とともに主語をあらわす格助詞の働きも含んでいるということだと思われます。

一方、987番歌の「行きとまるをぞ宿と定むる」では、"ぞ"を取り去って「行きとまるを宿と定むる」とした場合、歌としての感情表現はともかく、文章としてはスムーズにつながり、ここでは単なる強意の"ぞ"ということでしょう。

残りをみてみると、988番歌は「わびつつぞ寝る」で、単なる強意、990番歌の「かはりゆくものにぞありける」も同じです。

991番歌は、「朽ちし所ぞ恋しかりける」は985番歌に似て格助詞の働きも含むものです。ただしここでは目的物(目的というよりは対象と言った方がぴったり来ますが)を示しており、主語を示す985番歌とは違いがあります。

このように、"ぞ"は、強意の他に格助詞としての働きを持つことがあるものと見られます。そのときに格助詞の機能としては主格を示す、目的格を示す、などの区別があります。どちらも示せる汎用性を持っているのです。

再び"る"について

"る"ですが、古今集における出現の延べ数は1009回、歌は677首です。これは1首に"る"が2回以上使われていることが多いということを意味します。

"る"はどのように使われているのでしょうか。

次の表は使われ方を分類した時のトップ10です。

ける(助動詞けり連体)80
はる(名詞春)73
る(助動詞り連体)58
ぬる(助動詞ぬ連体)35
なる(助動詞なり連体)32
ある(動詞あり連体)29
みる(動詞見る終止連体)28
する(動詞す連体)27
つる(助動詞つ連体)22
くる(動詞来連体)21

名詞の"はる(春)"以外はすべて動詞か助動詞です。しかも、終止形を含むのは"みる(見る)だけで、残りの8件は連体形であるがゆえに"る"が発生したものです。

"けり"の連体形"ける"については、「ぞ…ける」の形式については上記で検討しました。

それ以外については、記事をあらためて書くことにします。

備考

このシリーズの記事を書き続けようと努めてはいるのですが、前回の記事から1か月以上も経過してしまいました。言葉の分析を細かくやる、ということは途方もなく時間がかかるものだと実感しています。

さらに、その中でいったいいくつ間違いをしたのか、どれだけ的外れなことを書いているのか、を考えると、不安でならない、というのが正直ところです。

でも、やってみないと、間違いを正すチャンスがないわけで、恐れることなく進めていこうと思います。

こういうことは、実はずっと昔に、もっと詳しく、もっと正確に、もっと網羅的に分析した結果が出ているんだろうな、という思いが時にわき上がって不安な気持ちになるのですが、今は大学一年生が与えられたドリルとしてこういうことをやっている、という状態だと思えば、まあ仕方がないことかな、と考えて、不安な気持ちを抑えている状況です。


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