日本語のあれこれ日記【16】
[2017/7/20]
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動詞の活用
前回の記事で、助動詞"る・らる"の活用について見ました。
今回は、"る・らる"の使い分けに関して検討します。
助動詞は動詞とのつながりが重要ですので、繰り返しになりますが、前回の記事と同じ動詞の活用表を最初に出しておきます。
表 1
活用の種類 | 四段 | ラ行変格 | ナ行変格 | 上一段 | 上二段 | 下一段 | 下二段 | カ行変格 | サ行変格 | ||||||||||||||||||
語の例 | 読む | あり | 往ぬ | 見る | 起く | 蹴る | 得(う) | 来(く) | 為(す) | ||||||||||||||||||
未然 | yom | a | zu | ar | a | zu | in | a | zu | m | i | zu | ok | i | zu | k | e | zu | φ | e | zu | k | o | zu | s | e | zu |
連用 | yom | i | te | ar | i | te | in | i | te | m | i | te | ok | i | te | k | e | te | φ | e | te | k | i | te | s | i | te |
終止 | yom | u | ar | i | in | u | m | iru | ok | u | k | eru | φ | u | k | u | s | u | |||||||||
連体 | yom | u | toki | ar | u | toki | in | uru | toki | m | iru | toki | ok | uru | toki | k | eru | toki | φ | uru | toki | k | uru | toki | s | u | toki |
已然 | yom | e | do | ar | e | do | in | ure | do | m | ire | do | ok | ure | do | k | ere | do | φ | ure | do | k | ure | do | s | ure | do |
助動詞"る・らる"の活用
助動詞"る・らる"の活用は次のようになっていました。
表 2
助動詞 | る | らる | |
未然形 | れ | られ | |
連用形 | れ | られ | |
終止形 | る | らる | |
連体形 | るる | らるる | |
已然形 | るれ | らるれ |
次にローマ字で表記してみます
表 3
助動詞 | る | らる | |
未然形 | re | rare | |
連用形 | re | rare | |
終止形 | ru | raru | |
連体形 | ruru | raruru | |
已然形 | rure | rarure |
そして接続関係の点では、"る"は四段活用、ナ変ラ変活用の未然形に接続し、それ以外の動詞では"る"の前に"ら"を挿入した"らる"が未然形に接続する、ということでした。
ここまでは前回の記事に書きました。
"る・らる"を使い分ける理由
"る"はなぜ四段活用、ナ変ラ変活用の未然形から接続し、"らる"はそれ以外の活用形の未然形から接続するのか。
r+[e-e-u-uru-ure]という"る"の活用形に対し、"r"の前にさらに"ra"を付けてrar+[e-e-u-uru-ure]という活用形を持ち出すのか。
いろいろ考えてみましたが、どうもよく分かりません。
たしかに、"読む"という動詞の場合、"読まらる"というのは長すぎる、"読まる"で十分である、ということは感じます。
そこで、一つの考え方として浮かんだのが次のようなことでした。
最初に、"らる"という2文字の助動詞が考え出された。"見る"は"見らる"、"得"は"得らる"です。ローマ字では、"m-i-rar-u"、"e-rar-u"です。
四段活用、ナ変・ラ変活用では未然形はア段ですから、"読む"は"読まらる"、"往ぬ"は"往ならる"、"あり"は"あららる"です。ローマ字では、"yom-a-rar-u"、"in-a-rar-u"、"ar-a-rar-u"です。
四段活用、ナ変・ラ変活用では、"a-rar"、つまり"arar"と2回繰り返すパターンが発生します。動詞の未然形の活用部分の母音"a"が"らる"の語根"rar"とつながることで"arar"という繰り返しのパターンが発生してしまうのです。この繰り返しを避ける必要が感じられて、"らる"ではなく"る"となった、という考え方ができます。あくまでも一つの可能性として、という意味です。
"あり"や四段活用の動詞でラ行で活用する動詞(刈る、駆る、など)の場合、語幹が"ar"ですから、これを含めて3回の繰り返しになります。
"る"とするなら、"読む"は"読まる"、"往ぬ"は"往なる"、"あり"は"あらる"、ローマ字では、"yom-a-r-u"、"in-a-r-u"、"ar-a-r-u"です。
最初に"らる"という助動詞が考え出されて、次にその接続の困難性から一部の動詞では"らる"ではなく"る"を使う、という決まり方をした、という考え方をとるのです。
それでも"あり"やラ行の四段動詞については"ar-a-r-u"となり、"arar"と2回繰り返すパターンが残ってしまいます。たとえば"かる(刈る、駆る、など)"では、"kar-a-r-u"で、"arar"と繰り返しが発生しますが、もし"らる"であれば、"ar-a-rar-u"、"kar-a-rar-u"、などとなり、"ararar"と3回繰り返しが発生してしまうので、繰り返しを低減できたということはできるでしょう。
"す・さす"を使い分ける理由
"る・らる"のように、働きは同じで、接続する動詞の活用によって使い分ける助動詞はもう一つあります。"す・さす"です。
"す・さす"の使い分け方は"る・らる"と同様に、四段、ナ変・ラ変活用に"す"、それ以外は"さす"を使います。
助動詞"す・さす"の活用は次のようになっています。
表 4
助動詞 | す | さす | |
未然形 | せ | させ | |
連用形 | せ | させ | |
終止形 | せる | させる | |
連体形 | せる | させる | |
已然形 | せれ | させれ |
次にローマ字で表記してみます
表 5
助動詞 | す | さす | |
未然形 | se | sase | |
連用形 | se | sase | |
終止形 | seru | saseru | |
連体形 | seru | saseru | |
已然形 | sere | sasere |
活用は"る・らる"とよく似ていて、s+[e-e-eru-eru-ere]、sas+[e-e-eru-eru-ere]です。動詞の下一段活用(実例は"蹴る"の1語のみ)と同じです。ちなみに"る・らる"の活用は動詞の下二段活用に相当します。
以下では助動詞の終止形をとりあげてみます。
"見る"は"見させる"、"得"は"得させる"です。ローマ字では、"m-i-sas-eru"、"e-sas-eru"です。
四段活用、ナ変・ラ変活用では、"読む"は"読ませる"、"往ぬ"は"往なせる"、"あり"は"あらせる"です。ローマ字では、"yom-a-s-eru"、"in-a-s-eru"、"ar-a-s-eru"です。なお"往なせる"はぴんと来ないのですが、"死ぬ"の場合は"死なせる"で自然に感じます。
"往ぬ"は現代語では消えたこともあり、"死ぬ"を例に採った方がわかりやすいのですが、"死ぬ"という文字を何度も目にするのはなんとなく避けたいような気がしてしまうので"往ぬ"を使っています。迷信のたぐいですが、無視するのはなかなか難しいですね。
四段活用、ナ変・ラ変活用に対して"させる"を使うことにすると、"読まさせる"、"往なさせる"、"あらさせる"です。ローマ字では、"yom-a-sas-eru"、"in-a-sas-eru"、"ar-a-sas-eru"で、ここでも"asas"という繰り返しが発生します。"る・らる"では"arar"という繰り返しだったのとよく対応しています。
"る・らる"の場合に四段活用動詞でラ段の動詞をみてみましたが、同様に"す・さす"に付いてはサ段の四段活用動詞をチェックしておきます。
"貸す"に"さす"を使った場合、"kas-a-sas-eru"となり、"asasas"と3回の繰り返しが発生します。これも"る・らる"の場合とよく対応します。
"る・らる"、"す・さす"の2組の助動詞のそれぞれの使い分けについて
"る・らる"の使い分け、"す・さす"の使い分けに付いては、"arar"、"asas"と言うような繰り返しを避ける、あるいは低減するため、という理由である、という可能性があると考えられます。
可能性としては説明が付く、という段階です。根拠については薄弱というよりも"ない"というのが実情で、これから例証、傍証(確実な証拠は見つからないでしょうから)を集める必要があります。
最後に
この一連の検討では、「"る"という助動詞があり、ある条件ではその前に"ら"を付けた"らる"を用いる」、という決まりではなく、「"らる"という助動詞があり、ある条件ではその先頭の"ら"を除いた"る"を用いる」という決まりである、という考え方も可能である、ということに気づいたのはひとつの前進でした。最初はなんとなく、「"る"があって、その前に"ら"をつれた"らる"もある」、と考えてしまっていたので、「わざわざ"ら"を付け加える理由は何だろうか」、という考え方しかしていなかったのです。