日本語のあれこれ日記【14】

原始日本語の手がかりを探る[5]―現代語での動詞の活用

[2017/7/16]


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現代語での動詞の活用

前回の記事で、動詞の活用部分の特徴を分析しました。

現代語ではどうなのでしょうか。調べてみましょう。

古語から現代語への変化の様子を逆向きにたどれば、古語から原始日本語へと推測する手がかりになるかもしれないと思うのです。

最初に、前回の記事で使った活用表をここでも示します。ただし命令形は削除します。

表 1

活用の種類 四段 ラ行変格 ナ行変格 上一段 上二段 下一段 下二段 カ行変格 サ行変格
語の例 読む あり 往ぬ 見る 起く 蹴る 得(う) 来(く) 為(す)
未然 yom a zu ar a zu in a zu m i zu ok i zu k e zu φ e zu k o zu s e zu
連用 yom i te ar i te in i te m i te ok i te k e te φ e te k i te s i te
終止 yom u ar i in u m iru ok u k eru φ u k u s u
連体 yom u toki ar u toki in uru toki m iru toki ok uru toki k eru toki φ uru toki k uru toki s uru toki
已然 yom e do ar e do in ure do m ire do ok ure do k ere do φ ure do k ure do s ure do

なお、通常は現代語とは言わず、たとえば活用形に関しては、口語と文語という表現をします。しかし、古代においては口語と文語は多少の違いはあったのかもしれませんが、現在文語とか古語と言っている形が口語でも使われていたはずです。ですから、ここでは区別する時には現代語、古語という表現をとります。

現代国語例解辞典(第四版)では、付録に動詞活用表があり、そこでは現代語と古語の動詞活用形が、その関係性を含めて示されています。

たとえば現代語で五段活用は古語では四段・ナ変・ラ変・下一段に対応することが分かります。これはとても便利です。

この辞書でも口語と文語という表記です。

上記の辞書に従って活用形を古語と現代語を対応づけると次のようになります。

表 2

現代語 古語
五段 四段
ナ変
ラ変
下一段
上一段 上一段
上二段
下一段 下二段
カ変 カ変
サ変 サ変

表1が現代語ではどう変化したのかというと、次のようになりました。

なお、現代語では已然形はなくなり、仮定形が出てきましたので、已然形のところは仮定形と表示しています。また、ナ行変格の動詞では"往ぬ"は現代語ではなくなり、"死ぬ"だけが残っていますのでこれを使用しました。

表 3

活用の種類(現代語) 五段 五段 五段 上一段 上一段 五段 下一段 カ行変格 サ行変格
活用の種類(古語) 四段 ラ行変格 ナ行変格 上一段 上二段 下一段 下二段 カ行変格 サ行変格
語の例 読む ある 死ぬ 見る 起きる 蹴る 得る 来る 為る
未然 yom a nai ar a nai sin a nai m i nai ok i nai k era nai φ e nai k o nai s i nai
連用 yom i masu ar i masu sin i masu m i masu ok i masu k eri masu φ e masu k i masu s i masu
終止 yom u ar u sin u m iru ok iru k eru φ eru k uru s uru
連体 yom u toki ar u toki sin u toki m iru toki ok iru toki k eru toki φ eru toki k uru toki s uru toki
仮定 yom e domo ar e domo sin e domo m ire domo ok ire domo k ere domo φ ere domo k ure domo s ure domo

古語から現代語へどのように変わったか

四段活用⇒五段活用

たとえば"行く"の場合、"行こう"というオ段が追加されました。これは"行かむ"の"む"が"う"に変化しで直前の母音と融合して"オー"と長音化し、これが仮名遣いとして"おう"とかくことにより、オ段が生じた、とされます。つまり音便によりア段がオ段に変化したものと見ることができます。このオ段は上の表では省略しました。

ナ行変格活用⇒五段活用

ナ行変格は連体・終止が"uru"、"ure"でした。ですから、"死ぬる[時]"、"死ぬれ[ど]"という部分が"死ぬ[時]"、"死ね[ば]"というように変化したことになります。"sin-uru[toki]"、"sin-ure[do]"が"sin-u[toki]"、"sin-e[ba]"と変化したことになります。

ラ行変格活用⇒五段活用

終止形の"あり"が"ある"に変化したものです。

下一段活用⇒五段活用

大きな変化です。"け-け-ける-ける-けれ"が"けら-けり-ける-ける-けれ"と変化しました。カ行下一段活用からラ行五段活用へと変化したわけです。一つ前の記事で書いた"r音の進出"という見方をすれば、"r音の進出"が古語では終止・連体・已然までだったものが、未然・連用まで拡大してきた、ということが考えられます。

上二段活用⇒上一段活用

上一段活用と上二段活用では、未然・連体は"i-i"と同じですが、終止・連体・已然が"u-uru-ure"が"iru-iru-ire"と変化しています。"r音の進出"という見方をすれば、"ur"が"ir"に変化したこと、および終止形まで"r音の進出"が拡大した、という二つの変化です。この変化は難しい問題です。

下二段活用⇒下一段活用

下一段活用と下二段活用では、未然・連体は"e-e"と同じですが、終止・連体・已然が"u-uru-ure"が"eru-eru-ere"と変化しています。"r音の進出"という見方をすれば、"ur"が"er"に変化したこと、および終止形まで"r音の進出"が拡大した、という二つの変化です。この変化は上記の上二段活用⇒上一段活用の場合によく似ています。。

カ変、サ変

名称は同じですが、終止形が"来"、"為"から"来る"、"為る"と変化しています。"r音の進出"という見方をすれば、終止形まで"r音の進出"が拡大した、ということができます。なお、サ変では未然形のバリエーションが増えましたが、活用の変化としては取り上げる必要はないと考えます。

上一段

基本的に変化がありません。これはある意味で驚くべきことです。

古語から現代語への変化の様相

古語から現代語への変化を大まかにまとめると次のようになります。

(1)終止形まで"r音の進出"が拡大した(上二段活用、下二段活用、カ行・サ行変格活用)。

(2)未然形・連用形まで"r音の進出"が拡大した(下一段活用)。

(3)"u-uru-ure"は"iru-iru-ire"又は"eru-eru-ere"に変化した(上一段活用、下一段活用)。その結果、"ur形"はカ行変格・サ行変格活用のみとなった。

(4)ナ行変格活用では連体・已然まで"r音の進出"があったが、それが撤退してr音がなくなった。

興味深いことに、"r音の進出"が拡大する一方で、ナ行変格活用では逆に"r音の撤退"が起こっています。

前回の記事の末尾で、「ナ行変格活用では連体・已然に"r音が進出"して"ur"が付いているが、"ur"を除いても違和感がない」、ということを書きましたが、現代語ではその通りになったことになります。

この記述は適切ではありません。現代語では"ur"が付いていない四段活用に変化していたために、それになじんでいる私には違和感がなかったということです。 [追記:2018/4/20]

備考

研究とまでは行きませんが、もっともらしく調査・分析をしています。こんなことは誰かがすでにやっていることなんだろうな、という思いが幾度となく起こってきます。いまさらこんなことをやってもしかたがないのかな、と。すでに書きましたが、大学1、2年生がレポートをまとめている、という想定なので、とりあえず進めていこうと思います。もし、まだ誰も手がけていない、としたら、それはそれで、こんなつまらない、ムダなことは誰もやらない、ということかもしれません。

[追記 2018/4/20]このようなことは、次の文献に書かれています。

東郷雄二 新版文化系必修研究生活術 ちくま学芸文庫筑摩書房 2009年4月

「第1章 研究テーマを選ぶ」の「そのテーマに先行研究があるか」のところで、「先行研究がないという事実には、実はもう一つ別の恐ろしい意味を読み取ることもできる。そのテーマがつまらないので誰も扱わなかったという可能性である」とあります。


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