気まぐれ日記 20


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[2014/9/1] 枕草子 第32段 網代ははしらせたる その6

拾遺和歌集にある"車のかも"を詠んだ歌

古事類苑器用部(*1)のなかの釭(かりも)の項目で、気になる記述を見つけました。

拾遺和歌集の535番, 536番

   能宣に車のかもをこひに遣して侍けるに侍らずといひて侍ければ、

かをさして馬といふひとありければかもをもをしと思ふなるべし  藤原仲文

   返し

なしといへばをしむかもとやおもふらむ志かやうまとぞいふべかりける  能宣

535番の題詞で、「車のかも」の4文字に傍点(ただし白小丸)が付けられています。歌を分かりやすく書き改めるとこうなります。

鹿をさして馬と云ふひとありければかもをも惜しと思ふなるべし

なしと云へば惜しむかもとやおもふらむ鹿や馬とぞ云ふべかりける

鹿のことを馬と言って周囲の者を試した、という中国の故事を踏まえた歌のようです。要点は、"かも"を借りようとしたらないと言われたのは、本当はあるのだが貸すのが惜しい思ったのでしょう、と歌ったのに対し、ないといったので惜しんでいると思っているのでしょう、というようなやり取りの雰囲気は部分的には見当がつきますが、それ以上は分かりません。釭の項目にこの記述があることから、「車のかも」とは「車の釭」であるとの解釈でしょうが、"車のかもを乞いに遣"わす、ということが理解できないのです。釭を借りる(あるいは譲り受ける)、といっても、釭というのは車輪と一体化したもののはずで、部品交換して使うようなものではないはずです。使わなくなった車輪から釭を取り外して、別の車輪で釭が傷んでいるものがあるのでそれと交換して使う、などということは納得できません。拾遺和歌集であれば新日本古典文学大系(*2)にありますから、図書館に出かけて調べてみました。

それによると、ここでいう"かも"については二つの解釈があり決着がついていない、と脚注にありました。一つは"釭"、もう一つは"動物の毛で織った敷物"でこれは毛氈(もうせん)ということもあるということのようです。むかし、ニホンカモシカの毛で"かも"を織ることがあったということがたとえば広辞苑(*3)にも書かれています。一方、古語大辞典(*4)では、"かも"という項目に対して[氈]の文字をあてて、535番の題詞を例文として「車の氈をこひに遣はして」と書いています。「車の釭」ではなく「車の氈」という解釈です。なお、古語大辞典では"かも"については、"釭"の意味では立項せず、"かりも[釭]"の項目の説明文の中で「俗に『かも』とも」とひとこと添えるのにとどまっています。(ただし、広辞苑には"かも[釭]"という項目があります。)

私としては、「車の氈」をよそから借りる、とかもらう、ということは十分ありうるのではないかと思います。しかし、これが「車の釭」となれば、それをよそから借りる、とかもらう、という解釈には無理があるのではないかと思います。釭をよそから手に入れたとしても、釭は車輪の轂(こしき)にぴったりとはめ込まなくてはならず、それは車輪の製造工程の一部です。当時、釭のサイズが統一されていて、釭が傷んだ時にはそれを取り外して新しい釭を組み込む、というようなことが行われていたとは想像できません。確かに釭は貴重な金属部品でしょうが、車輪の轂が摩耗しないように金属の釭を取り付けるのであって、交換するのは車軸のはずです。

追記:「『車の釭』となれば、それをよそから借りる、とかもらう、という解釈には無理があるのではないか」という判断は、その後の検討で"妥当ではない"との結論になりましたので撤回致します。次の記事にその説明を書きました。 (2014/9/11)

「車の氈」とすれば、人が乗って座るところ、つまり屋形(または箱)と呼ばれるものの内部に敷くもので、大まかにサイズが合えば使い回しができます。

サイズについては、この古事類苑器用部の"製作"という項目に"牛車"についての延喜式の規定が載っています。

牛車一具、屋形長八尺、高三尺四寸、廣三尺二寸

屋形の標準サイズが具体的に規定されているわけで、そうなれば屋形の室内寸法も決まってきます。このことは、「年中行事絵巻」などで、同じ形、同じサイズの牛車が複数並んでいる場面が描かれていることからも、牛車全体としては形式、サイズの標準化が進んでいたことを示しています。「屋形の内部に敷くかも(氈)」というものが共通部品として認識されていた可能性は十分あります。


追記[2014/10/10]

この記事では「釭(かりも)」と「氈(かも)」に焦点を合せていますが、気になる事を一つ見つけました。松平定信というあまりに有名な江戸時代の老中が編集した「輿車図考」という図書に、輿、車の部品について解説した部分があります。それを見ていくと、"釭"の次の項目が"氈"なのです。釭は車輪の一部、氈は屋形の中に敷くもので、なぜ続いているのかが理解できません。

部品の配列は、「『輿車図考』の諸写本について」という論文に整理されているのを参考にすると以下の様になります

前略
牽引機構・・・・轅(ながえ)、雨皮付(あめかわつけ)、軛(くびき)、鴟尾(しび)、
車輪関係・・・・軸、輪、輻(スポークの様な部品)、轂(こしき)、轄(くさび)、轉、釭、
屋形関係・・・・氈、簾、下簾、中引、畳、榻(しじ)
後略

『輿車図考』の諸写本について(杉橋隆夫教授退職記念論集) 立命館文學 624, pp 737-748, 2012-01
(http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/lt/rb/624/624PDF/kyoraku.pdf)

氈の次は簾(すだれ)です。かりに、釭の項で車輪関係の項が終わったとして、次に屋形関係に進むとなると、最も目立つ簾が続くのが順当ではないでしょうか。氈の説明はたった1行ですが、簾の説明はそのページに24行あり、更に次のページに続くほど書く内容があります。

上記の拾遺和歌集の535番, 536番の歌が念頭にあってこの配列にしたのではないか、と考えるのも一理あると思います。

なお、"轉"は転の旧字体で、牛車の部品には見当たりません。この"車へん"は"革へん"で"とこしばり"ではないでしょうか。

参考文献

(*1) 近代デジタルライブラリー 古事類苑 器用部10 車上
(*2) 新日本古典文学大系 7 拾遺和歌集 岩波書店
(*3) 広辞苑 第三版 新村出編 岩波書店
(*4) 中田祝夫・和田利政・北原保雄 古語大辞典 小学館 1983年12月10日 第一版



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http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/lt/rb/624/624PDF/kyoraku.pdf