小品いろいろ


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【3】For Whom The Bell Tolls (Hemingway)について

For Whom The Bell Tolls
Hemingway

For Whom The Bell Tolls を読み始めたときのこと

For Whom The Bell Tolls (誰がために鐘は鳴る)を英書で読んでみようと思い立ったことがあった。ちゃんとした作品を英書で読んでみようと思ったのだがら、ずっと昔の頃、たぶん30年くらい前のことだろう。読み始めて間もなく挫折してしまった事は例の通りである。

なぜそのことを覚えているかというと、一つの文に大変感動したからである。

手帳をパタンと閉じ、鉛筆をホルダーに差し込み、手帳のバンドを留め、胸ポケットに入れ、ポケットのボタンを留めた。

このような文だったと記憶している。

ヘミングウェイの文体は、簡潔、ドライ、ハードボイルドなどといわれている。"形容詞や副詞を避けた引き締まった文体"といわれることもある。このような批評は聞いたことがある。だが、たとえば"簡潔"といっても、本当は、簡潔な表現の中に並々ならぬ抒情とか余韻を漂わせている、とか、つまり、単にうわべだけの簡潔、というものではないのだろう。だが、そのような深い意味がわかるはずがない。簡潔な文体なら読むのも楽だろう、という安易な発想だった様に思う。

それからずっと後になって、その文がどのようだったかを探そうとして、図書館でパラパラとページをめくったことがあった。"どうせ読み始めてすぐに挫折したにちがいないから、先頭からせいぜい十数ページを眺めればすぐ見つかるだろう"、と考えたからだったのだが、なぜか見つからなかった。

最近も(といっても数年前だが)、ヘミングウェイと言えば著作権は切れているに違いない、と思ってネットでテキストデータを探したのだが、意外にもなかった。

アマゾンのKindle 電子書籍リーダー

それで、この記事を書くきっかけだが、アマゾンである。

キンドルという端末がある。アマゾンでは電子書籍リーダーとよんでいる。前から欲しかったのだが、活用度はそれほど高くはないだろう、という思いもあって手に入れるのは延ばしていた。海外で安いものが出ていたが、日本国内での通信回線に接続する方法に問題があり、通信回線の費用が高くなるとか、設定が難しいとかの問題があり、まだまだと思った。やがて日本向けバージョンが出て、通信回線に接続する問題はクリアされたが、年金生活の立場ではまだ無理、と思っていた。

あるとき、偶然に、アマゾンのページにKindleが6,980円とあり、しかも、Yahoo!ののプライム会員は3,000円割引になるという。ということは実質3,980円である。モデルチェンジに伴う旧機種のバーゲンかと思ったのだが、予約販売とのことで新製品のキャンペーンだった。もっとも、この価格なら旧機種でもかまわないのだが。

プライム会員には前からなっている。送料が無料になるので入会していたのだ。すぐに申し込んだ。2週間くらい過ぎてからだったと思うが、宅配便で届いた。

ふたたび "For Whom The Bell Tolls"

少しいじった後、何か安いものをダウンロードしようと思ったときに思いだしたのが上記の "For Whom The Bell Tolls" (誰がために鐘は鳴る)だったのである。探してみると50円だった。さっそくダウンロードを指定すると、あっという間に終った。

単語検索ができるはずである。手帳は何と言うのだろう。わからないのでpencilで検索すると、検索結果が"14"と表示された。1ページに3か所ずつ表示される。2回スクロールすると出てきた。これに違いない。

Then he shut his notebook, pushed the pencil into its leather holder in the edge of the flap, put the notebook in his pocket and buttoned the pocket.

そうか、この文だったのか。主人公のしている動作がアニメーションの様にイメージされる。

shut, pushed, put, and buttoned と動詞が続く。A, B, C and D という構文である。このような場合、andの前にカンマを入れるか入れないか、という二つのやり方があり、ここではカンマはないが、それは今はどうでもいい。日本語に訳すとどうなるだろうか。

そして彼は手帳をパタンと閉じ、その蓋の端の革製のホルダーに鉛筆を差し込み、手帳をポケットに入れ、ポケットのボタンを留めた。

おぼろげに記憶していた文はまあまあ近いものだった。「手帳のバンドを留め」というところはない。手帳はシステム手帳の様なものをイメージしていたのだが、気のせいだったか。手帳に付いている鉛筆ホルダーは革製であり、手帳の蓋の端についていた、という部分は全く記憶にないが、このように本質にかかわらない細部をくどくどと書くのはとても好きだ。案外これでリアリティをましているのではないか、と思う。

直前のピリオドからピリオドまでの文(これは重文と呼ぶのだろう)を構成する個々の文を取り出すと次のようになる。

shut his notebook,
pushed the pencil into its leather holder in the edge of the flap,
put the notebook in his pocket
and buttoned the pocket.

shut, pushed, put, buttoned と動詞が過去形で並ぶ、そのリズムが心地よい。ドライだがなめらかである。

動詞をこのように取り出して見ると、過去形の形として、現在形=過去形の形の動詞と"ed" を付ける形の動詞が交互に並ぶ。こういうことは意識されたことなのだろうか。

ヘミングウェイは1961年に死亡している。米国での著作権は70年だから、まだ著作権はフリーではない。ヘミングウェイほどの大家はとっくに著作権はフリーになっているだろうと考えていたが、そうではなかった。道理でネットで"For Whom The Bell Tolls"のテキストを探したのだが、見つからなかったわけである。

備考 [2019/9/26]

読みやすさの点から、左右に余白を入れました。


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