[2026/9/2]
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ことの始め
いくつか、幕末から維新にかけての時代に関して、シリーズで記事を書いていく予定です。
このテーマを決めたきっかけは、今でははっきりはしないのですが、福沢諭吉の記事を一つ書いたことがそれであるような気がしています。
諭吉は、人生の前半を江戸時代、後半を明治時代に生きた人です。
その諭吉について、もう少し記事を続けようとして、いろいろ調べていくと、自然に幕末から明治維新の流れを理解する必要が出てきます。
諭吉の存在が巨大なものである、ということを感じつつ、その生きた時代についての興味がより強くなった、ということです。
そしてわかったことは、興味の対象は、幕末・維新の前後、すなわち、江戸時代の後半から、実は昭和の前半までに及ぶことがわかってきました。その辺はおいおい書いていく予定です。
個人的な背景
幕末・維新については、高校の日本史で学んだはずですが、ほとんど記憶がありません。
何しろ、私は、高校時代ころからしばらくの間、自分は生涯関心を持たないだろうというものとして、歴史、美術、宗教を考えていて、後に法律・経済も追加したものです。
法律と経済は別物だろうという意見もあるでしょうが、世の中の大学には、法経学部とか法律経済学科という名前の学部・学科があり、私の中では、文系と理系を分けると、文系の中には、大きく分けると文学関係と法律・経済関係の二つがある、という感覚です。
歴史、美術、宗教は、私にとって、「自然に発生したもの」で、法律・経済は「人間が意図して作り出した人工的なもの」、というとらえ方をしていました。
四つを挙げていたのですが、壮年期あたりから、いつの間にか、すっかり変わってしまいました。
読む本の多くが、歴史と宗教(といっても仏教ですが)に関するものとなり、また、美術展を見るために、県内の美術館だけでなく、東京まで何度も出かけるようになりました。
経済については、主に投資という点から本を読んで考えるようになり、実際にお金を投資に振り向けながら、いずれ、マクロ経済学、ミクロ経済学を学びたい、という思いを強くしています。備考 (*1)
さらに脱線しますが、書いておきたいことがあります。
自分の生き方として、理工系を選択し、コンピュータ・ソフトウェアの世界で60歳までを生きてきましたが、どうも自分は文系に進むべき人間ではなかったかしら、という思いが次第に強まってきています。60歳で定年退職をしてからのことです。
そして、具体的には、法律をベースにして生きていくのがよかったのではないか、と考えています。
法律の世界で、これはいいな、と思うことは、物事の判断する根拠が法律と判例という形で、明示されていることにあります。
もちろん、現実にはこんな単純な話では済まないでしょう。単に法律の条文を当てはめて結論を出すというものではないはずです。
ですが、あくまでも、論拠とすることができる"文章"があるということは、これは強みです。
実は、以前に、法律に関することとして、司法書士の資格取得を考えて、勉強を始めたことがありました。解説書を一冊買って、一通り勉強しましたが、かなり難しいことがわかり、すぐに諦めました。
あきらめた主な理由は、以下の様なことです。
・ 法律に関しては、法律自体のほかに、大量の判例を理解する必要があること
・ 資格を得ても、すぐに仕事ができるわけではなく、さらに、約100時間といわれる特別研修を受講することと、その後の能力認定考査での合格が必要、かつ司法書士会への登録も必要で、初回の登録料のほかに、毎月の会費がかかります。
このように、予想外に大変だ、ということがわかってきたのです。中年を過ぎてしまって、それでも毎日をあくせくと忙しく働く人間にとって、少ない余暇の時間で何とかなるものではないと悟ったのです。
ここで、"論拠"ということをもう少し書いてみます。理工系といっても、具体的には私の場合は工学部ですが、そこで論拠として採用できるものはもちろんありますが、自然現象は複雑で、「理論+推論」で片が付くことはほとんどありません。
どうするかというと、理論と実験を両輪として物事を進めます。といっても、理論というものは非常にに限定的で、実験が大きな要因となります。
一つの課題について、実験して特性を把握してから、処理方法を決めます。その結果を実験して正しいかどうかを判定し、問題があれば修正します。
このような事を考えると、現在の私から見ると、法律の世界は魅力的に感じてしまうのです。
ついでに言うと、文系という"くくり"では、本当のところは、興味の対象は文学ということになります。現に、このサイトでも、文学に関する記事をいろいろと書いてきました。これを避けているのは、文学の世界で生きていくことはかなり難しいと感じられるからです。「食っていくのが難しい」、ということです。
文学作品を作るという点では、その方面の才能があるはずもなく、そのほかでは、文学研究、文学評論、学生を指導する教育などがあるでしょうが、いずれも、これで生計を保つことは、私には想像がつきません。
幕末・維新について
ずいぶんと脱線してしまいました。
この部屋では、歴史の中でも、幕末・維新に焦点を当てます。いままで、いろいろと疑問を感じてきたからです。例えば以下の様なことです。
〇 なぜ江戸幕府は簡単に崩壊したのか
〇 西から薩摩、長州などの反幕府勢力が討幕のために江戸に向かった時、途中の御三家の尾張藩、紀伊藩は何をしたのか
〇 江戸時代の、外国と断絶した状態から、なぜ短期間で世界のレベルで肩を並べるまで成長できたのか
〇 幕末の混乱期において、新選組はなぜ一部で高い評価、あるいは注目を浴びているのか
〇 新政府では薩摩藩がリードしていたはずが、いつの間には長州閥が力を持つようになったのはなぜか
〇 江戸政権の下では、直接的な生産に寄与しない多数の武士は、明治政権下で、どのように生きていったのか
気の向くままに、それぞれについて、調べていこうと思います。
備考
(*1) 以下は本論とは全く関係がありませんが、経済学という言葉で非常に印象的な記憶があります。
大学に入って1年目に、選択教科の一つとして「経済学」を選んだことがありました。私は工学部の学生ですが、いわば野次馬根性的に選択したのでしょう。大学に入ると、学生の多くが左寄りになる傾向があり、私もマルクスの「経済学批判」を読んだり、また一方では、アダムスミスの「国富論」(あの分厚い)を読んだりしたので、ある程度の興味はあったようです。
そこで一つの事件が起こりました。経済学の試験が赤点だったのです。一通り回答できたと考えていたので納得がいかず、試験後に教授のところに聞きに行きました。教授曰く「君は試験の時にカンニングをしていた」というのです。これには驚きました。カンニングなどするはずがなく、また工学部の学生にとって、経済学は付録のようなもので、この科目を落としてもなにも困らないので、カンニングの必要がないのです。でも何を言っても、「いや、私は確かに見た」というのです。
これでは水掛け論で、しかも教授と大学一年生では、どうしようもありません。
じつは、それからずっと後になって、突然、教授がカンニングというようなことを持ち出したのか、合点がいくことを思い出したのです。「ああ、そういうこどだったのか」と理解できたのです
当時の授業の中で、あるとき、教授が、「経済学の世界では、信用という考え方があります。君たちは経済学というと、しょせん金勘定の話だ、と思っているでしょうが、もっと人間味がある学問なのです」といったので、私が、「先生、信用といっても、要は借りた金を返せるかどうか、という、金勘定の話なのではないですか」と発言したのです。
考えてみると、私は半年前は高校三年生だったのですから、我ながらずいぶんと大胆な発言をしたものだなあ、と思いますが、一面では核心をついているのではないでしょうか。その時の教授が、実にいまいましい、腹立たしい、という顔をしていた、ということを、思い出したのです。
それであの赤点は、これがもとになってたのだ、と理解しました。「大人の世界とはこういうものなのだ」と感じたものでした。