前書き・後書きの部屋 [1]


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1. 豆単の思い出・・・・二十数ページにもわたる前書き
2. 岩波文庫の「読書子に寄す―岩波文庫発刊に際して―」
3. 改訂 新潮国語辞典
4. フォーサイト編集部編 お金で笑え!
5. 戦時中の学習用地図帳 新選大地図 外国編 修正版(昭和15年発行)
6. 理科年表 昭和61年版
7. 岩波古語辞典
8. 岩波古語辞典=2=
9. IDIOMATIC AND SYNTACTIC ENGLISH DICTIONARY
10. 例解現代国語辞典(第四版)


1. 豆単

二十数ページにもわたる前書き

約40年前の高校時代に使った豆単である。

英語の小型の単語帳を豆単と呼んでいた。当時のベストセラーは赤尾氏の、いわゆる「赤尾の豆単」だった。

私はへそ曲がりで、No.1 は嫌いであり、そのほかのものを探してこの本を選んだ。

残念ながら今となってはこの本がないので、どのようなことが書かれていたのかは実はわからない。ただ、「豆単にこんなに長い序文を書くものは他におるまい」、と書いてあったことは覚えている。


2. 岩波文庫の「読書子に寄す―岩波文庫発刊に際して―」

あまりに有名なので、文章を引用することは省略した。

格調高くロマンチック、自己陶酔的、コンセプトが高邁である。全集を発刊して分売を許さないのはけしからぬといいながら、岩波書店は小売り書店に対して引き取り制として返本を認めない方針(小売り書店に大きな負担を強いている)とは矛盾しないか?

【備考】 どの岩波文庫にもあるものなので、「後書き」というものではないだろうが、「岩波文庫全体の後書き」と言えるような気がする。


3. 改訂 新潮国語辞典

新潮社
久松潜一

あとがき

本辞典の成るに際し、編者として一言所懐を述べさせていただきたい。....三稿から四稿にかけてのころ、ページ数の関係でどうしても大幅に圧縮しなければならぬことになり、涙をふるって、きわめて多量の項目・解説・用例を割愛した。このことは編者の情としては誠に忍び難いものであった。…..付録の原稿も、実際には、この十数倍に及ぶものを用意していたのであるが、それらも大部分を割愛しなければならなかったのである。

編者もつらいだろうが、そう判断する出版社、とりわけその担当者もつらいことだろう。

日本を代表する国語学者の長年の労作を拒否するのだ。

すでに判型、ページ数等が決まっていて変えられないのか。価格が上がることが許されないのか。

出版社としてもやむなしとせざるを得なかったのだろう。

この辞書は漢語を外来語と同様にカタカナで見出しを付けている。

例えば、砂時計の項の見出しは「すなドケイ」である。

これにより日本古来の言葉(和語、やまとことば)が明らかになる。

「あとがき」のある辞書は少ない。長々と書いてあるものはまして少ない。この辞書に対する編者の思い入れのいかに強かったかを感じる。

なお、まえがきとしては、監修者のことば、編者のことば、改訂版刊行にあたって、と三つの文が巻頭にある。こちらも心ひかれる文章である。


4. フォーサイト編集部編 お金で笑え!

「はじめに」に当たるところ

(2番目の文)

お金をほったらかしなのも、お金でシャカリキなのも、この先どっちもツラい。だから、ツラくない方法を集めてみました。

本当にその通りと思う。


5. 戦時中の学習用地図帳 新選大地図 外国編 修正版(昭和15年発行)

帝國書院

経済学士 守屋美智雄

例言

本書は中学校の外国地理教科用地図として編纂したものである。世界の情勢は日々に革まり、日・独・伊の目覚ましい飛躍と、民主主義国家との対立は特に著しく、日支関係を始め、欧州諸国最近の国際関係は世界大戦以後最も顕著な国境の変動を現してゐる...

我が国ととくに密接な関係を有する国家、現今の国際関係上幾多の問題を包含する地域、並びに将来問題を惹起する虞(おそれ)ある地方は、拡大図を設けて時局を認識するに便ならしめた。
3. 世界大戦以来国境改廃の指導精神たる民族主義を重視し、民族と国境との関係を明瞭に表現し、就中東欧・バルカン・中欧等将来の禍根を蔵する地域は、特に拡大図を設けて明示した。...

6. 満州・支那事変を契機として、我が国民の世界的躍進の時期は到来した。この秋、同胞二百万の移民が大陸に、南洋に、将又(はたまた)両米に,如何に発展し躍進して、経済的基礎を築きつつあるかを知らしめ、少壮国民に将来の決心を促すことは、時局に当面せる地理科の一大指名である。本書はこの展に着眼し、在外大公使の駐在地、並びに本邦移民を適宜各地方に加へると共に、巻末には詳細な移民け貿易に関する統計を添へた。更に最近国民の斎しく注視する日ソ関係、殊に極東地方に於ける本邦の権益を具体的に表現することに力めた。

当時の日本は「民主主義国家と戦っていた」と認識していた。へえー、そうなんだ、と妙に感心した。

ただし、ここでいう「民主主義国家」という表現が、現在における「民主主義国家」とは異なる意味合いであったかもしれない。

それにしても学校の教科書で、しかも地理の教科書で、政治情勢にずいぶん寄り添っているものだと驚く。

もっとも、教科書にこのような長い前書きに相当する文章を載せるということの方が驚きだが。

奥付きに、昭和十五年十二月二十一日修正五版発行、とある。

このころになにがあったのだろうか、と手持ちの三省堂の「コンサイス 世界年表」を開いた。

昭和15年9月27日に日独伊三国同盟に調印、その前年の昭和14年9月1日には、ドイツがポーランドに侵入(第二次世界大戦始まる)、とある。

本書の編集はこのころかもしれない。

この時代の中学生は、このような環境で教育を受けていたのだ。

「将来の禍根を蔵する地域」として、「東欧・バルカン・中欧等」をあげ、日本人の移民先として、「大陸(中国だろう)に、南洋に、将又(はたまた)両米(南北アメリカだろう)」を挙げる生々しさはどうだろう。

P.70-71は大洋州(2)で、ハワイから西の太平洋が描かれている。

広く目立つのは、(日委)と書かれている地域で、サイパン、ヤップ、パラオ、トラック島の諸島が含まれる。

日本の委任統治地域である。

そこに食い込む形でグアム島は米国領である。その南には、オーストリアの委任統治地域と、イギリスの委任統治地域がある。

太平洋戦争で、太平洋の南の島々で激戦が行われたが、そんなところで日本は何をしていたのか、と疑問だった。高校までの歴史の授業では私の記憶では教わらなかった。

50歳くらいになって、歴史の本を読むようになってようやくわかった。

ドイツが統一を果たし、すでに植民地経営を進めていた国々に追いつこうとしたときには、おもな地域はすでにどこかの国が勢力を固めていた。

残っていたのが太平洋の小さな島々で、仕方なくこれらの国々を支配下に置いた。

第一次世界大戦では、日本は日英同盟のよしみで連合国側として参戦した。

結局ドイツ側は敗れ、日本はその支配地のうち、太平洋の島々を手に入れた。

中国を見ると、満州国があり、中華民国と国境を挟んである。

P.73には「太平洋・南極地方」という図があり、日本に対して赤の色付けがなされている。

その範囲は、日本列島、樺太の南半分、韓国と北朝鮮、台湾が含まれる。千島はこの図では小さくてわからないが、別の図では、カムチャツカ半島のすぐ南に国境線が引かれており、千島列島全域が日本領だったようだ。

満州国は別の色分けで、日本領ではなく、独立国であることが示されている。

当時、千島から台湾まで延びる日本列島のどこで、自分は生きていくのか、と考えていた中学生もいたに違いない。


6. 理科年表 昭和61年版

この年表は一般理学の教育、研究および応用に資するため、次の諸氏の監修によって編纂し、毎年発行するものである。生物関係資料を昭和59年版より新たに生物部として収録した。

(以下、9人の監修者の紹介がある。)

このほかにもう少し説明文があるが、それは文字サイズが小さなことから注意書きのたぐいであり、本文は最初に紹介した部分だけである。

簡潔明瞭、味も素っ気もない極みだが、これはこれで良いように思う。

最近の版の前書きはもう少し丁寧な説明になっている。妥当だろうがインパクトはない。

インパクトを期待する方がおかしいというあなた、正解である。


7. 岩波古語辞典

岩波書店

序にかえて

(書き出し)
長いこと力を注いできた古語辞典の世に出る日が近づいた。その仕上がりの形を見ると、まことに小さい一冊である。しかし、このささやかな辞書にもそれなりに世に送る志があり、成立の経過がある。今そのおよそのことを記しておこう。

堂々とした序文である。序文として王道を行くものだ。

書くべきことがすべてよく整理されて書かれ、なくて良いものは一切ない。

素人の立場でも、その完成度の高いことがわかる。このように読み応えのある序文はそうあるものではない。

さて、「その仕上がりの形を見ると、まことに小さい一冊である」に注目したい。

確かにできあがりは片手でもてるもので、誰でも何千円かを出せば手にはいる。

一体、一人の人間が、あるいは何人かのグループが成し遂げることができるものは、それほど小さいのだろうか。

辞書の編集者にとって、二十年(編集期間は二十年と紹介されている)の間、かかりっきりではない。しかし相当な時間が割かれたに違いない。

その結果がこれである。

ひるがえって、ひとりの人間が一生の間になせることについて考えてみる。

図書館に行くと、個人の文学全集がある。厚手の本で二十巻、三十巻などと成っている。大抵は、評論、雑誌への寄稿、果ては手紙、日記、口演内容まで収録されており、独りの活動したすべてが網羅されている、と考えて良い。

音楽で言えば、バッハ全集、モーツァルト全集、ベートーヴェン全集などがあり、CDで100枚、200枚とかと成っている。

結局、何十万円かを出せば、世界で飛び抜けた天才的巨人が生涯に成し遂げたすべてを入手できる。

天才的巨人でもその程度か、とも思う。

もっとも真の価値を理解することは別物である。

私の仕事はコンピュータのソフトウェアを作ることである。

数ヶ月の期間、夜遅くまで設計してコードを作り、動作試験してまずいところは修正し、全体が調和して動作するものを完成させたとき、その成果は記憶装置に格納される。

昔なら一枚のフロッピーディスクに入れることができ、ワイシャツの胸ポケットにはいる。

フロッピーディスクなら1枚で100円もしない。いや、雑誌の付録に付いてくるものを流用すればただである。

まあ、いまどきフロッピーディスクは使わないだろう。

メモリ・カードだろうか。これは切手を厚くした程度の大きさである。

人間のすることのいかに小さいかということに愕然とする。

人は生まれ、育ち、何かを何遂げ、やがて息を引き取る。

その前は何が起こったのかわからない。

その後はいつまでも続く非存在。

ほんの一瞬の存在の間、何かを行ったのは確かだが、その前と後の何と広大な非存在の領域。


8. 岩波古語辞典=2=

岩波書店

序にかえて

(終わり近く)
振り返ってみれば、この二十年は私の壮年の時期のすべてに当たる。私としては、ほぼ力の限りをつくしてここに到達したように感じる。おそらく前田・佐竹両氏も同じ思いであるに相違ない。しかも、果してこれは所期の内容を十分に実現したのかと問われれば、ただ、かなり誠実に奮励し続けてきたとしか申しようはない。力及ばず、行きとどかなかった所もたたあると思う。それについて博雅のお教えを心から願う。

昭和三十年に着手して完成は昭和四十九年である。1500ページ弱の辞書がこれほど多くの労力の犠牲を必要とすることに胸を衝かれる。


9. IDIOMATIC AND SYNTACTIC ENGLISH DICTIONARY

開拓社

序文

(末尾)
今日の如く、英語研究の必要が一層痛感されるときに当って、本所がこの辞典を世に送ることが出来たのは誠に喜ばしい次第であって、英語研究者は勿論、平素英語を利用している人々に於て十分之を活用されんことを切望する。
昭和十七年三月  語学教育研究所所長  市河三喜

昭和十七年に日本で英語辞書を、しかも英英辞典を発行したのだ。

昭和十七年において、「今日の如く、英語研究の必要が一層痛感されるとき」と書く状況にあったのだろうか。

私が歴史として教わった範囲ではこのときはすでに英語排斥が進んでいたはずである。

そこですこし調べてみると、英語学者の田中菊雄氏が「英語研究者のために」という著作を発行していることがわかった。

排斥が強まれば一方ではそれに抗議する人もあったようだ。抗議できる時期としては限界だったのかもしれない。

田中菊雄氏の「英語研究者のために」についてインターネット上で紹介しているものがあるので多少長いが引用する。それ自体が引用なので、下記は孫引きと言うことになる。

http://www001.upp.so-net.ne.jp/richmond/Archives/TanakaKikuo.htm

---- 引用開始 ----

1940年、時局が緊迫する中で出版された初版の冒頭の序で彼が記した気概と反骨精神の真骨頂を、少々長いですが引用しみますと、
『・・・国際関係の動きは今後いよいよ複雑微妙の度を深めていくことは火を見るよりも明らかなことで、したがって今後外国語習得の必要いよいよますます急なるものあるは言を待たぬ所である。しかるに近時ややもすれば外国語軽視の風潮の看取せらるることは、まことに慨嘆に堪えぬしだいである。
おもうに、今後の国民は、各自その専門とする分野においてファースト・ハンドに知識を世界に求むるの必要が益々多くなると共に、各自随時随所において日本国の代表者として国運の伸展に寄与し得るの素地を平素に於いて養っておかなければならない。外国語の学習のゆるがせにすべかざる所以である。しかも外国語の習得たるや決して一朝一夕にして得らるるものではない。
更に又、言語事象として、外国語を科学的に研究することは非常に興味あることで、その文化的意義は極めて深い。ゲーテが「外国語を知らざるもの者は自国語をも知らざるなり」といったのはこの故である。
本書は、外国語研究の第一歩として、英語を研究せんとする人々のために進むべき方向と分野と手段を示めさんとする意図に出たものである。若し多少にても斯学に志す人々のご参考となるならば著者の幸い之に過ぐるはない。 - 1940年秋 』

---- 引用終了 ----


注:この辞書は英英辞典であるから本文はすべて英語だが、日本人のために日本で編集・発行されたことから日本語の序文がある。ただし最近の版では編集が英国のオックスフォード大学に移管されたためか、日本語の序文はなくなっている。


10. 例解現代国語辞典(第四版)

小学館

第四版 序

ここでは、全文を引用しないと意味がないので省略する。その理由は下記に書いてある。

日本語の小型辞書は多くの出版社から様々なものが発刊されており、また毎年のように、といっていいほど新しい辞書が次々に発行されている。

で、一番気に入っているのがこれである。

具体的には第二版を買い、今度第四版を買った。

個人的な感想では、世の中に評判の「新明解」から、毒のある、したがって魅惑的な記述を削り(品行方正になった)、そしてこれが最大の特徴だが、類義語の使い分けを例文で示してある。

それで前書きはどうだろうか。

この第四版には過去の第一版から第三版までの序文に相当するものが収録されている。

念のため、タイトルは以下のようになっている。

「第一版 序」

「第二版によせて」

「第三版 序」

なお、「第一版 序」とあるが、初版ではその後で改訂版が出るかどうかわからないのだから、「第一版」という言葉はなかったのではないだろうか。

第四版(第二版かもしれない)に初版の序文を掲載するにあたり、「序」ではどの版かがわからないために「第一版」という言葉を追加したのだろうと思う。

それはそれとして、第四版の「序」を読むと気になることがある。

第一版で「いわゆる六万語辞典」という言葉が出てきて、「第二版に寄せて」、「第三版 序」にも「六万語辞典」という表現が出てくる。

それが第四版になって消えている。

問題は収録語数に違いない、とひそかに想像している。

具体的な収録語数は第一版、第二版のいずれの序文にも書かれていないが、この種の辞書は改版のたびに収録語数が増加するのが常である。

例えばこの辞書では、第二版で「語一000余を補充する」、第三版では「新項目約一000語を加えて、項目数を六七000語にまで上げる」、第四版では「一五00余語を新しく立項する」とある。

したがって第四版では68500語となる。

ちなみに、この本の外箱にかかっているオビには「約6万9,000語を収録」とある。

さて次の第五版である。第四版での増加語数と同じであれば7万語を超える。

第四版の編集会議でこの懸念が出ていたのではないか。

「この次は7万語の大台ですね」、

「こまったね、もう6万語辞典とはいえないな」、

「このあたりで6万語辞典というのはやめましょうか」、

という編集会議でのやりとりが紙背に感じられる。


【注】

一000語とか、六七000語と書くが、六万語辞典との言い方も出てくる。「六万語辞典」とは、そのような単語とまでは行かないが、単語に準ずるもの(文法的にはどういうのかしら)として扱えることによる表現であろう。住所表示では一丁目2番3号などと書く。一丁目の一は番号ではなくて「一丁目」という言葉だが、2番、3号は1、2、3、という番号だそうだ。これは最近知ったことである。番と号は番号というわけである。語呂合わせではない。もっともこうなっていないケースも多い。

さて、第五版では、「収録語数は七万語を超えることになった」と書くのだろうか。「収録語数は七0000語を超えることになった」と書くのだろうか。「六万語辞典」という言葉を踏襲するのだろうか。ちょっと気になる。


【追注】

【追注】縦書き、横書きに関して是非とも書いておきたいことがある。

小学校、中学校の教科書はなぜ縦書きなのだろうか。

日本の中学校を卒業してから死ぬまでに人は多くの文章を書く。

その人々の95%以上の人にとってその書く文章の95%以上は横書きであろう。

それなら、小学校、中学校では主として横書きを基準に教えるべきでではないだろうか。

読むことよりも書くことのほうがはるかに難しいのだから、難しいことを教えるべきである。

世の中に縦書きの文章が多いというのは錯覚である。

縦書きの代表的なものは、新聞 週刊誌、各種書籍といったところだろうが、例えば、新聞の中の広告の部分は横書きも多く、折り込みチラシではほとんどが横書きである。

新聞 週刊誌の縦書きはむしろ時代の流れに取り残された遺物と見るべきである。

小説が横書きで何の問題もない。

シェークスピアの翻訳ならむしろ横書きの方が似つかわしい。

「平家物語」でも「奥の細道」でも「我が輩は猫である」でも横書きで何の支障もない。

「罪と罰」、「華麗なるギャツビー」ならなおさらである。

「源氏物語」はどうか、というと、実は読んだことがないのでわからない。

近頃、横書きの日本語辞書もで出来た。例えば、三省堂の「辞林21」、「集英社国語辞典」である。

「辞林21」は横組みだけだが、「集英社国語辞典」は縦組み、横組みの両方が刊行されており好みで選ぶことができる。

実際には書店では縦組みのみを陳列していることが多い。

これは店長の好みというよりは現実の売れ行きを反映しているのだろう。

私の記憶では、小学校のときだったと思うが、最初は、国語と社会科の教科書だけが縦書きだったのが、卒業する前に社会科が横書きに変わったということがあった。

このとき、どのような議論がなされたのだろうか。


【追追注】

2007年3月11日のテレビで、小説家石田衣良氏を取り上げたドキュメンタリー番組があり、執筆中の姿の映像が流された。

パソコンのワープロ・ソフトを使い、画面上では横書きだった。

横書きで書いたものが縦書きに変換されて印刷・製本されるということになる。

縦書きと横書きの違いを気にする人はいないのだろうか。

ご本人はどうなのか聞いてみたい。


【追追追注】

最近、日本古典文学を勉強している。

無料で読める「青空文庫」やその他ネットで見ることができるテキストをいくつか読んだことがある。

たとえば、歌集の「深養父集」(きよはらのふかやぶ:平安時代中期の歌人)、十六夜日記(いざよいにっき:阿仏尼作)、蕪村句集(これは江戸時代の俳人与謝蕪村の句集)をネットからダウンロードし印刷してステープラーで綴じて読んだのだが、横書きでも違和感はない。

変体仮名の連綿体を翻刻していただいた労苦に感謝し、その成果をありがたく頂きたいと思う。

そして、活字になったあとは、縦書き、横書きにとらわれなくてよいのではないだろうか。

なお、上記の「追注」で、「源氏物語は読んだことがない」と書いたが、ちょうど今、源氏物語を読み始めたところである。

これは小学館の古典文学全集で読んでいるので縦書きだが、ネット上で源氏物語を含む古典文学に関するいろいろな文章を目にしている。

縦書き、横書きのいずれでも違和感は感じられない。



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