考えてみると=まじめ編=原発=


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【3】東海第二原発(茨城県)で事故が起こったときの影響範囲 (2011/11/5)

茨城県の各都市は東海第二原発からどのくらい離れているか

東海第二原発で事故が起こったときの影響範囲について考える。

理想的には、各原発から半径何Km圏内にどれだけの人が住んでいるか、を考えるべきだが、それはかなり難しいので、市役所の位置で考えた。
町村役場はどうなのだ、といわれるかもしれないが、議論を複雑にしないために、市役所の位置を取り上げた。

地図上に同心円でわかりやすいように表示しようと思ったが、地図は著作権の問題がクリアできないのであきらめ、数値だけにすることにする。

また、原発からの距離は、国土地理院の5万分1の地形図を4枚つないで、距離をはかった。

定規での測定では1mm以上の誤差はないと思うので、実距離での誤差は、50m以下である。

なお、位置は、原発は発電所の建物の中央、各市役所・県庁は庁舎の中央とした。


市役所(県庁)名 原発からの距離(Km) 人口(人)[2011/4/1現在]
ひたちなか 10.00 156,998
常陸太田 10.40 55,873
那珂 10.80 54,030
日立 15.25 191,750
水戸 16.35 268,529
茨城県庁 20.00

この結果は、驚きだった(いままで私が無知だっただけではあるが)。

東海第二原発では、半径10Km以内に市役所が一つあり、半径20Km以内ではさらに4つと県庁が加わる。半径20Km以内に、茨城県の人口の多い市としての1番目(県庁所在地である), 3番目, 4番目の市の市役所が含まれ、さらに、茨城県庁も含まれる。

いっぽう、福島第一原発ではだいぶ状況が違う。

半径20Km圏内に市役所はひとつもなく、24kmの位置にある南相馬市の市役所が最も近いのである。

さらには、東海第二原発は東京の都心からもっとも近い原発でもある。福島第一原発との距離の半分程度である。都市にこれほど近い位置に造られていたのだった。とはいっても、やはり、人口密集地を避けたところに原発が造られていることが理解される。

東海村の原子力施設は、日本で最初の原子力研究施設としてスタートしている。その後、原子力設備は、もっと都市から離れた位置にすべき、という認識ができたのだろうか。それはわからない。

このように都市に近い場所に原発が建設されているのは、他には中国電力の島根原発だけである。

ここは、半径20Km圏内に県庁所在地の松江市の市役所と島根県庁が含まれる。

中国電力はどうしてこの地に原発を造ったのだろうか。

東日本大震災のときの個人的な経験

ちなみに私が住んでいる自宅は、同じように計測すると11.40Kmだった。こちらもびっくりである。

東海第二原発で重大な事故が発生したなら、少なくとも一時的に避難することが必要になった可能性がある。

福島第一原発では、半径20Km以内は避難指示が出たのだから。

実は私は、東日本大震災の当時は車で1.5時間くらいのところに遊びに行っており、地震の後、8時間以上かかってようやく自宅に着いたのだった。
車のガソリンは、燃料計の針が最後の目盛を下回るまでになくなっていた。

そのあとで、自分の車で避難することはできなかったはずである。
一体どうやって避難するのだろうか、と思う。

今回の震災で、生活パターンを変えたことが一つある。今まで、車のガソリンは、かなりなくなってから補給していた。満タンに近い状態をキープするのは燃費の点で不利である、という理由である。

しかし、今では燃料計の目盛を見て半分を下回ったらガソリンを補給している。あの震災の後、何度かスタンドにガソリンが入ったようだが、量が少なく我が家の車までしばらくは回らなかった。ほとんどなくなっていたガソリンを入れることができたのは、地震から10日もたった3月21日だったのだ。


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