小品いろいろ


[2018/4/1]

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【16】真実は到達しがたい―真白き富士の嶺―

真白き富士の嶺という唱歌―女学生趣味の歌の印象

この歌があることは昔から知っていました。

私のイメージでは、女声コーラスで歌われることが多く、また歌い出しの「真白き富士の嶺、緑の江の島」という歌詞からの印象として、いわゆる"女学生趣味"の歌と、ずっと思っていました。

従って、聞こうという気持ちが起こらない、自分とは全く無縁の歌だと思っていたのです。

"女学生趣味"という言葉はもう使われないのでしょうか。Yahoo!で検索したところ、ヒット数が1620件でした(2018/3/16)。この数値はとても少ないです。

真白き富士の嶺という唱歌―深い悲しみの曲

倍賞千恵子のCDをひょんなことから買うことになって、その中に収録されたこの曲を聴いて、初めて、子を失った母親の深い悲しみの曲であることが分かりました。

いままでとんでもない誤解をしていたのです。

別なところでは、鎌倉の海でボートが沈んで、乗っていた少年達が死亡したということがあったことは、この歌とは別に聞いたことがありました。

この歌の二番の歌詞の冒頭に「ボートは沈みぬ」とあります。

ボートとは、スポーツ競技のボートのイメージで、つまり、海に近いところにある学校ではボート部の練習を海でしていた、ということです。

海上で練習していたところ、突然強い風が吹き出して、ボートが沈んでしまった、というイメージを持っていました。

真白き富士の嶺という唱歌―深い悲しみの裏にある事情

ところが、どうもそれほど単純なものではない、ということが次第に分かって来ました。

事故のあった日は日曜日で、学生たちは学校に無断でボートを持ち出して事故にあった、その目的は海鳥を捕まえて鍋にして食おう、ということだったのです。

ボート部の練習などとはまるで違います。

海に乗り出そうというときに、地元の消防士に「子どもだけでは危ないぞ」と注意されていたという記事もあります。

こうなると、遭難した少年に対する同情の気持ちもかなり割引きして考えざるを得ません。

このボートは海軍から無償で払い下げられたもので、そうなると、海軍の立場からすると、突風という自然災害による事故というより、無茶をした結果の"とんでもない不祥事"というレベルの事件になります。


事実が分かることは良いことと決まっていますが、ちょっと複雑な思いですね。

親にしてみれば、事故だろうが事件だろうが、あるいは被害者に非があろうと無かろうと、我が子を失ったという大きな悲しみに変わりはありません。

参考情報

「二木紘三のうた物語」というサイトの"真白き富士の根"の項

「事故災害研究室」というサイトの『真白き富士の根』七里ガ浜ボート転覆事故(1910年)

この記事は一続きの超長編です。この部分は154ページ注の139ページにあります。

ブログ「今日のことあれこれと・・・」の"真白き富士の嶺の日"の記事

備考

「真白き富士の根」と"嶺"は"根"が正しい、という説があり、また「七里ヶ浜の哀歌」と呼ばれることもあります。今回の記事では私が一番多く目にした「真白き富士の嶺」の表記に統一しました。



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