My Favorites バッハ 平均律 by リヒテル


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● 音楽

J.S.Bach ・The Well-Tempered Clavier Sviatoslav Richter (RCA VICTOR GD 60949)

第1巻と第2巻のCD4枚組ですが、聴くのはほとんどが第1巻の2枚です。

バッハの平均律をどうして聴きたいと思ったのか記憶がありません。

最初にLPの4枚組を購入してだいぶ聴きましたが、CDが発売されると迷いました。LPの再生音が"もやっと"して解像度があまりに低いので、CDだったらもう少しよい音がするのでは、と期待してこれも購入しました。

音は改善されましたが、まだ十分ではありません。

リヒテルのような気難しいピアニストがこのような48曲全集を辛抱強く録音してくれただけでも奇跡的、と考えますが、LPの時の音の不鮮明さについて、さらに次のような話を密かにでっち上げて自分を納得させようとしていました。

レコード会社のベテラン録音技師が定年退職間近になり、長年の功績をたたえて、会社から、最後に君が好きな録音を企画させてあげるよ、と言われ、考えた結果、リヒテルの平均律なら、と思った。リヒテルに交渉すると、「そんな曲は面倒でいやだよ。そもそもその曲はわたしが密かな楽しみとして弾くものだからね。でも録音については彼にもだいぶお世話になったな。一つだけ可能性があるとしたら、毎年夏に私の別荘で、1年の演奏旅行の疲れを解きほぐすために平均律を全曲弾いているんだ。それを録音するなら考えてもいい。でもそのときには、大がかりな録音機材を使うのはダメだ。デンスケ(ポータブルな録音機)1台と録音技師、プロデューサーを一人ずつ位でやるならOKしよう。」

その結果、音質はきちんとした録音機材を使ったものよりも劣るが、とにかくリヒテルの平均律全曲が録音されたのだった。

別荘での録音、というイメージは、気のせいかもしれませんが、野鳥が鳴いているような声が小さく混じっているところがあったからです。まあ、こんなことはないでしょうね。

録音の音質には不満でしたが演奏には満足して、聴きましたね、この曲は。

苦しい時、いやなとき、つらいとき、部屋を暗くして、安物のウィスキーをストレートでちびりちびりとやりながらヘッドフォンで聴くと、次第に頭の中が空っぽになってすべてを忘れていきます。

平均律の第1巻はこのほかに、グルダ、アファナシエフ、シフ(これは第2巻もある)のものがあります。

グルダのものはおもしろいですね。

装飾音を一切やめるのだ、と決心して弾き始めるのだが、最初の前奏曲が終わる最後の数小節前のところで、それまで我慢に我慢を続けていた気持ちが切れて、ついに装飾音を入れてしまい、そうすると一挙にタガが外れて装飾音を何構わず使いだす、という印象を受けました。

テンポを極端に落として他の演奏者と全く別の音楽をやることがあります。2番の前奏曲が一番極端な例でしょうか。

時間を比較すると、リヒテル盤は1分17秒で、グルダ盤は2分13秒でした。比率では1:1.7で、この差はすごいです。

演奏時間が演奏者によって違う例は、ベートーベンの第九交響曲が有名でしょうか。

むかし読んだ本のおぼろげな記憶では、一番速いのがライナー・シカゴ交響楽団の録音で62分、一番遅いのがフルトヴェングラー指揮の録音で74分くらい。

これだと、1:1.2でそれほどでもない。ウィキペディアによると最短演奏時間の記録は58分を切る(*1)という。これだと1:1.3くらい。


別の例ですが、山口百恵さん(進退したので"さん"づけにする)が「イントロダクション・春」を歌っています。

CDのときの録音時間は4分37秒ですが、引退記念コンサートのときに終わりから数えて4曲目に思い入れたっぷりに歌ったものは6分50秒で、比率は1:1.5 (*2)

この差もすごい。同じ曲とは思えません。

バッハやベートーベンは生きてないので、本当のテンポは何なのか確認することはできませんが、こちらは作曲家に聞くことはできるはず。

そもそも作曲した宇崎竜堂氏の意図したテンポはどうなんでしょう。

CD録音時は宇崎氏は現場にいて指示できたはず。とすると、CD録音のテンポが作曲家の意図のように思えるのですが。(*3)


余談ですが、ベートーベンの曲には、アレグロとかアンダンテとかの速度記号のほかに、数値でテンポを指示した曲があるらしいです。

そしてその数値は異様に速すぎて信用できない、という評価とのこと。

その時代はちょうどメトロノームが発明されたばかりで、発明者のメルツェルは、試作品(ある意味では完成品かも)をベートーベンに渡して、使ってみてくださいと頼んだ、ということを何かの本で読んだことがあります。

ただし、機械式のメトロノームはテンポの調整が難しく、まして発明したてのものでは思い通りの設定がなかなかできないでしょう。

私も子供がピアノを弾くときに使った経験がありますが、その通りでした。

それで、すぐに"かんしゃく"をおこすベートーベンが、メトロノームをきちんと設定してテンポを決めたはずがない、すぐにカッとなって床にたたきつけたに違いない、とのことでした。

想像がつきます。



(*1) ウィキペディアの引用

「交響曲第9番 (ベートーヴェン)」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』より。
最終更新 2011年10月7日 (金) 17:10
URL: http://ja.wikipedia.org/wiki/

「....CD時代に入って、それまで重要視されて来なかった楽譜(普及版)のテンポ指示を遵守して演奏された『第九』が複数出現し、ベンジャミン・ザンダー指揮ボストン・フィルによる演奏は全曲で58分を切った....」

(*2) 最初は 「7分02秒で、比率は1:1.5」 と書いたが、これには曲が完全終わった後の拍手の時間が含まれている。拍手の時間を除くと6分50秒であり、その値に修正した。ただし、CDの録音時間との比較では、1.48なので、1.5という値には変わりがない。

(*3) 参考になる記事がありました。藤井丈司のプログ。以下、引用がちょっと長くなりますが...。

【引用開始】
・・・・百恵さんは、宇崎さんのデモテープを聞いて練習をした、という事じゃないでしょうか。
・・・・数年前に宇崎さんと話していて、「百恵さんに、スタジオの唄入れで教えたんですか」と聞いた所、
「いや、全然。当時のスタジオなんて、駆け出しの俺みたいな作曲家なんて、入れてくれないもん」と、
宇崎さんは、おっしゃってましたから、直接に口伝え、というわけではないようです。それと宇崎さんは
「けっこうメロディ、変えられてんだよね。所々さー、ちょっと俺のメロと違うんだよな」とも言ってたから、
やっぱり酒井プロデューサーらスタッフによる、改変もあったのかもしれません。
【引用終了】

「CD録音時は宇崎氏は現場にいて指示できたはず」と書いたのですが、そうではないようですね。
せいぜい、デモテープを渡すくらい。プロデューサーらスタッフの判断が優先したようです。
作曲した宇崎氏の意図したテンポは分りませんが、CD録音が多分それに近いのではないでしょうか。
あの遅いテンポは本当に異様ですから。
というのが一番現実に近いのではないでしょうか。 (追記:2012/12/27)


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