日本語のあれこれ日記【34】
[2018/4/22]
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寝(な)す
寝(な)すという動詞があることを偶然知りました。
大きな発見です。
実は二種類あります。
四段活用の自動詞と四段活用の他動詞です。
この記事ではわかりやすくするために"活用"という言葉を使います。
まず自動詞ですが、これは「動詞『ぬ(寝)』に上代の尊敬の助動詞『す』が付いて音の変化したもの)と説明されています(日本国語大辞典 精選版。以下同じ)。
尊敬の助動詞"す"は「四段・サ変動詞の未然形に付く」と説明されていますが、語誌欄には「四段活用以外の、『着る』(上一)『見る』(上一)『寝(ぬ)』(下二)などに付く場合、『けす』『めす」『なす』の形が用いられる」とあり、四段以外の動詞に接続するときには動詞の母音に変化が起こるようです。
しかし、他動詞"寝(な)す"は、辞書には「(「ぬ(寝)」の他動詞形)」としか記述がありませんから、"な"という音(おん)がどのようにしてできたのかはわかりません。
前々回の記事で書いた「自動詞に as/os/is を挿入して他動詞化」ということとの関係が興味深いのです。
他動詞"寝(な)す"の由来
動詞"寝(ぬ)"の活用の種類は下二段ですから、n-e/e/u/uru/ure です。
"寝(ぬ)"はその意味から当然自動詞ですから、as/os/is を挿入して他動詞にできる可能性があります。
このシリーズの考え方では、動詞は不変化部分+変化部分(活用語尾)という構成で、不変化部分は子音で終わり、変化部分(活用語尾)は母音で始まることとしています。
そこで、動詞"寝(ぬ)"は "n-e/e/u/uru/ure"と書くことができ、四段型の他動詞化の助動詞"as"を付けたときには、次のようになります("as"は四段動詞のように活用します)。
n-as-a/i/u/u/e
まさしく、四段活用の他動詞"寝(な)す"です。
このことは、以下のことについての有力な例としてあげることができると考えます。
(1)動詞の構造は、変化しない本体部分と変化(活用)する変化部分に分けられ、本体部分は子音で終わり、変化部分は母音で始まる、と考えるのが妥当である。これは動詞をローマ字表記したときに変化しない部分を抜き出して得られる部分である。この例外は動詞"得(う)"の1語だけである。本体部分の最小の例は子音1文字であり、その代表例は上一段動詞である。
(2)動詞の変化しない本体部分に接続され、動詞の変化部分(活用語尾)と同等の部分をもつ、助動詞より独立性の低い語の構成要素がある。これを動詞修飾子と仮称する。
(3)動詞修飾子が付く動詞は限定され、その点では接続の自由度は助動詞よりも狭い。(助動詞はそれが付く動詞の活用の種類と活用形は限定されるが、それに属するほとんどの動詞に付くことができる。)
(4)動詞修飾子はそれ自体が動詞の変化部分(活用語尾)に相当する部分を含んでおり、ある動詞に動詞修飾子が付いた場合、もとの動詞の活用は消滅し、その動詞修飾子の活用の種類の動詞に変化する。
(5)動詞修飾子の変化部分(活用語尾)の種類は動詞の変化部分(活用語尾)の種類の範囲を越えない。
(6)動詞修飾子が付いた新しい動詞は、助詞、助動詞と接続できる。
すでに、本体部(子音で終わる)に"as-a/i/u/u/e"などの語の要素が付く例をいくつか確認してきましたが、本体部が子音1文字でもそうなるのか、については自信がやや乏しかったのです。
実際には上一段動詞はそうなのですが、どうも上一段はそれ自体がある種の特殊性を持っているような印象があり、例外として扱うべきなのかもしれない、という思いがありました。
また、干(ふ)という上二段動詞があり、本体部は"h"の1文字なのですが、平安時代以降は上一段化して"干る"になる(日本語大辞典 精選版)とあり、根拠とするにはまだ弱い、と思っていました。
ここにきて、寝(ぬ)という非常によく使われる言葉でも他動詞化の"as-a/i/u/u/e"が付く、ということになれば、やはり「本体部(子音で終わる)に他動詞化の"as-a/i/u/u/e"が付く」という可能性がすこし現実味を帯びた、と思うようになりました。
今まで、"n-e/e/u/uru/ure"の様な表現をしてきながら、本当にこれが妥当なんだろうか、と疑問を抱き続けてきたのですが、少なくとも有力な例が一つ出てきたといえるでしょう。
もちろん、例がまだ少ないですから、確実なこととはいえません。あくまでも例証の一つです。
ふたたび自動詞"寝(な)す"
上に書きましたが、尊敬の助動詞"す"は「四段・サ変動詞の未然形に付く」ということにヒントが一つあります。
サ変動詞はひとつだけなのでひとまずおいて、四段の未然形はア段です。これは"as-a/i/u/u/e"ということが考えられます。
自動詞"寝(な)す"は尊敬の意味を含み、他動詞"寝(な)す"は他に働きかける、使役に近い意味を持ちます。
尊敬と使役との関係については、次の文献に触れているところがあります。
藤井貞和 日本文法体系 ちくま新書 筑摩書房 2016年11月
第五章2 「敬意と使役[す、さす、しむ]」と題したところの pp.168-172 でいろいろなことを展開しています。
ここの話題に関係するところを私の理解の範囲で要約すると以下です。
・サ変動詞"す"から下二段の自動詞"す"(下二段型)が生じた。
・四段動詞"す"を想定し、それから助動詞化されて尊敬の助動詞"す"(四段型)が生じた、と考えることが可能である。
・四段動詞"す"は、「寒気がする」、「音がする」など、自然勢としての意味合いを含む。
・想定される四段動詞"す"は自然とする、そうなるままに置く、という意味合いである。
・万葉集の1番歌にある「菜採ます子」は、自然なこととして採む、ということに成り、「無作為から敬意が生じてくることに無理がない」。「採むことがなされる、お採みになる。(中略)そのような経過を辿って『尊敬』という機能を獲得してきたと考えられる。」
・サ変動詞"す"は他動詞だから、そのような自然となすことにはならない。したがって、そこから生じた助動詞には敬意は生じない。
私は、四段の助動詞"す"は他動詞化の"as"であり、他動詞、あるいは使役という役割を持ち、尊敬の助動詞"す"と微妙に対応する所に位置づけられ、"as-a/i/u/u/e"という形で、動詞の不変化部分(私のやり方では子音で終わる)の直後に挿入された、という印象を持ちます。
"印象"という大変あやふやな表現しかまだできませんが。
助動詞が"付く"ということはどういうことか
なお、「動詞の不変化部分の直後に挿入」と書いていますが、元々の動詞"寝(ぬ)"の変化部分である"e/e/u/uru/ure"はなくなりますから、"挿入"という言葉は適切ではないですね。変化部分が交替した、ということでしょうか。
助動詞が動詞に付くときには、動詞の本体部分+変化部分の一つ、つまり活用形の一つに助動詞が付きます。
上で述べた"as-a/i/u/u/e"という動詞修飾子は動詞の本体部分に付きますから、助動詞の付き方とは全く違います。
付記
どうもはっきりしません。使役の助動詞と"as-a/i/u/u/e"という動詞修飾子との関係が気になります。