日本語のあれこれ日記【23】

原始日本語の手がかりを探る[14]―万葉集と古今集のかなの出現頻度比較(2) "そ"と"ぞ"

[2017/8/20]


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万葉集と古今集の仮名文字の出現頻度比較

前回の記事で、次のように書きました。

使用頻度の差がもっとも大きい文字は"ぞ"で、万葉集では甲類4、乙類7の合計11に対して、古今集では274で、出現頻度では万葉集を1とすると古今集は29.2と急増している結果になりました。

前回の記事で紹介している方法で、仮名文字の出現頻度を調べやすくする準備ができたので、調べてみました。

狙いは"ぞ"ですが、濁点があるかどうかはひょっとすると変動するかもしれないと思い、"そ"と"ぞ"について調査することにしました。

結果は以下のようでした。

表 1

万葉集の"そ" 万葉集の"ぞ" 古今集の"そ" 古今集の"ぞ"
229 100 277 269

まず気がつくのは、上記で引用した数値との違いです。万葉集の"ぞ"が11としていたものが、100でした。"そとぞ"の間の混乱が原因かといえば、それはないですね。"そ"で比較すると、が229に対し万葉集古今集では277です。

「大野晋著 古典文法質問箱」との違いについてはここでは無視して、自分の比較結果を検討していくことにします。

"そとぞ"の出現頻度トップ10の比較

表 2 "そ"の出現頻度

万葉集 古今集
使用語 出現数 全文字数比使用語 出現数 全文字数比
こそ(係助) 43 0.12% こそ(係助) 109 0.32%
な-そ 20 0.06% 36 0.11%
18 0.05% な-そ(係助) 15 0.04%
17 0.05% 染む 14 0.04%
其の(そ:代名詞) 13 0.04% よそ(余所) 14 0.04%
その(園) 11 0.03% 11 0.03%
遊ぶ 10 0.03% それ 6 0.02%
やそ(八十) 7 0.02% 初む 5 0.01%
7 0.02% 石上(いそのかみ:枕詞) 4 0.01%
よそ(余所) 5 0.01% 4 0.01%

表 3 "ぞ"の出現頻度(使用語が最大でも9種類如かないので結果的にトップ9となっている)

万葉集 古今集
使用語 出現数 全文字数比使用語 出現数 全文字数比
ぞ(係助) 70 0.20% ぞ(係助) 248 0.73%
ぞ(終助詞) 23 0.07% なぞ(なぜ) 5 0.015%
きぞ(昨夜) 4 0.01% ぞ(終助詞) 4 0.012%
なぞ(なぜ) 1 0.00% 去年 3 0.009%
去年(こぞ) 1 0.00% 数ふ 3 0.009%
数ふ 1 0.00% 大空 2 0.006%
墨染 2 0.006%
ふし染め 1 0.003%
中空 1 0.003%

検討―"そ"について

"そ"が使われる形としては、係助詞の"こそ"がもっとも多い、ということは驚きでした。そして万葉集と古今集を比べてみると、万葉集で出現数が43に対し、古今集では109と大幅に増えています。全文字数に対する比で見ても、0.12%が0.32%へと2.5倍以上に増えています。

次の表3にある"ぞ"についても同様で、係助詞としての使用例が持つとも多くなっています。万葉集と古今集の比較では、出現数が70から248、全文字数比でみても0.20%から0.73%へと3.5倍以上に増えており、両方を会わせると、"こそ"や"ぞ"による強調表現が頻繁に見られ、表現の定型化、あるいは類型化という傾向がよく現れている、ということができるでしょう。

強調表現としての"こそ"、"ぞ"は1首に2カ所以上使用することはないでしょうから、"こそ"、"ぞ"を会わせた出現数が357ということは、357首において係助詞の"こそ"あるいは"ぞ"を使った強調表現があるだろうと想像できます。歌集全体の短歌1086首のほぼ1/3であり、ずいぶんと多いのは確かで、これも古今集では表現か定型化してきた、という格好の材料でしょう。

古今集において、なるぞわびしき(8)、はなぞちりける(9)、あらじとぞおもふ(11)、たぐへてぞ(13)、うぐひすぞなく(15)、と次から次へ見ていくと、定型化、類型化という言葉が思い浮かびます。

古今集で大幅に使用例が減った言葉としては、"遊ぶ"(万葉:10、古今:0)、"園・苑"(万葉:13、古今:1)、磯(荒磯、磯菜なども含む)(万葉:22、古今:6)が上げられます。いずれも使用例はそれほど多くはないので、確かなことはいえませんが、自然の中で歌を詠んだ万葉集と室内で詠んだ古今集という違いが出ていると感じます。もちろん、古今集といってもあちこち出かけて読んでいる歌も少なくはないのですが、歌会、歌合わせなどで複数の人が詠み合う、という傾向は確かでしょう。

それら以外には、出現数が少ない点から、特に取り上げる項目は見つかりませんでした。

検討―"ぞ"について

係助詞の"ぞ"については、すでに上記の"そ"の項で触れました。

それ以外では、終助詞の"ぞ"が万葉集で出現数が23に対し、古今集では4と大幅に減っています。全文字数に対する比で見ても、0.07%が0.012%へと約1/6に減っています。その中でも、"むぞ"として現れる例が万葉集で4例あります。いもまつらむぞ(3982) なきわたらむぞ(4068)、われまつらむぞ(4072)、めしたまはむぞ(4228)で、最初からの3例では歌の末尾に現れ、最後の例は歌の途中ですが、文としての切れ目になっています。この"むぞ"は古今集には出てきません。

しかし、そもそも係助詞と終助詞との判別が難しい場合があること、万葉集では東歌など訛りがそのまま取り込まれていることが多いこと、などを考えると、特別の傾向としてとらえるには至らないと感じます。

まとめ

"そとぞ"の出現頻度について検討してみました。

万葉集から古今集へという変遷を逆向きにたどって、万葉集以前の日本語の手がかりを得よう、ということが最初の狙いでしたが、"そとぞ"に関しては特にめぼしいものは見つからなかった、という結果でした。

今回は、結局は"ドリル"という面だけで終わった、というのが正直な感想です。

備考

この記事の初めのところで、「狙いは"ぞ"ですが、濁点があるかどうかはひょっとすると変動するかもしれないと思い」と書きました。

ためしに、上記で"むぞ"の4例を見ると、私が参照したオンラインのテキストではすべて"ぞ"でしたが、中西進の万葉集(*2)ではすべて"そ"でした。角川の新編国歌大観(*3)では4例ともに"ぞ"でした。

万葉集の原文は4例ともに"牟曽"です。万葉仮名としては"曾"は乙類の"そ"とされています。

辞書によると、古くは静音の"そ"で、上代では"そ"と"ぞ"が混用された、というように書かれています。

最初は"そ"で、徐々に"ぞ"に変わっていった、ということでしょうか。確かに、強調するなら濁音の"ぞ"の方が印象が強いですね。

備考2

上記の"そ"、"ぞ"をネットで調べていたところ、万葉散歩 フォトギャラリーというサイトに「 万葉集に使われている強調の係(終)助詞「そ」と「ぞ」について。(2013/3/31) 」という記事があり、「"そ"なのか"ぞ"なのか」について詳細な分析がされていました。このほか万葉かなの詳細な分析結果を見ることができます。リンクフリーということなのでリンクを張っておきます。トップページしかリンクできないようなので、上記のリンクから「雑記」―「万葉集に使われている強調の係(終)助詞「そ」と「ぞ」について。(2013/3/31) 」へとたどってください。

参考

(*1) 古典文法質問箱 大野晋 角川ソフィア文庫 角川学芸出版 平成20年8月

(*2) 万葉集 全訳注原文付(一)~(四)、別巻 中西進編 講談社 2009年6月

(*3) 新編国歌大観 第二巻 私撰集編 歌集 角川書店 昭和59年3月


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