日本語のあれこれ日記【2】

五十歩百歩の発音

[2013/11/22]

追記[2017/6/25]


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だいぶ昔のことだが、辞書で「五十歩百歩」をひいた事があった。

「ごじゅっ」で始まる見出しがない。これには驚いた。

こんな有名なことわざが辞書にないなんて。


それで、書店で目にした国語辞典をいろいろ引くと、どの辞書にもない。

一体どうなっているんだろうと不思議な気持ちが続いていたが、
あるとき、「ごじゅっぽひゃっぽ」の見出しを載せていた辞書を見つけた。

今となっては何という辞書だったのかは覚えていないが、書いてあったのは、
「『ごじっぽひゃっぽ』を見よ」という説明文だった。


それで、「ごじっぽひゃっぽ」の項をみると、ちゃんと載っていた。
他の辞書を見ると、どれにも「ごじっぽひゃっぽ」として収録されている。


それで、「五十歩百歩」は「ゴジッポヒャッポ」と発音するのだと分かった。
でも、なぜ「ゴジュッポヒャッポ」という発音でないのかは分からなかった。


他の例でなにかないかなと思った時、小林旭の持ち歌に、「ダイナマイトが150屯」という
変わった題名の曲があることに思い当った。

「ダイナマイトガ150トン」というフレーズがある。これを小林旭はどう歌っているのだろうか。

「ヒャクゴジットン」なのか、「ヒャクゴジュットン」なのか。


しばらくして、FMラジオで、小林旭の特集が放送される事を知った。

それで、放送の時間にうまくラジオの前に待機することができたというところまではよかったのだが、
どうもはっきりとは聞き取れなかった。

「ヒャクゴジュットン」と明確に発音してはいなかった。
でも、「『ヒャクゴジットン』と発音していた」と言い切れるまではならない。
ちょうどその中間くらいの発音だっただろうか。

それで、それ以上追及するのはやめた。


その後、偶然だが、「寒山拾得」という伝説上の中国の人物の読みが「かんざんじっとく」である、
ということを知った。

「拾」は「ジュウ」だから、私の感覚では「かんざんじゅっとく」になる。

「寒山拾得」は小説や絵画の題材として取り上げられることが多いようで、私の場合は、
日本画の作品解説に「寒山拾得」について「かんざんじっとく」と書いてあり、それで分かったのである。


じつは、ここまではとても長いはなしである。

辞書を引いてはなんで載っていないんだろう、と疑問だったときと、
FMラジオで小林旭の「ダイナマイトが150屯」を聞いたときと、
「寒山拾得」が「かんざんじっとく」と読む事を知ったのは、
それぞれ、5年とか10年とかの間隔があるという、なんとも気の長いことなのである。


そしてさらに10年、かどうかははっきりしないが、おそらくそのくらいたったとき、
古今亭志ん朝さん(故人なので例によって"さん"付け)の落語「酢豆腐」を聞いていて、
「じっせん・・・・にじっせん」というところがあって、またこのことを思い出した。

これは、「十銭・・・・二十銭」というセリフのところで、志ん朝さんは結構はっきりと
「ジッセン・・・・ニジッセン」と早口でいっている。
何回聞いても、「ジッセン、ニジッセン」である。(追記を参照のこと)

ここでまた小林旭の「ダイナマイトが150屯」に戻る。

この時はインターネットが普及している時代である。Youtubeにこの歌がアップされている
かもしれない、と思った。
検索してみると、簡単に見つかった。

ダイナマイトが150屯 小林旭 by nostalgia

注意して聞いてみると(Youtubeなら何度でも聞きなおすことができる)、
「ヒャクゴジットン」のようだ。
「『ヒャクゴジットン』と発音していた」と言い切れる、と思った。
歌詞は3番まであり、それぞれに「ヒャクゴジットン」が出てくる。


だが、ことは簡単にはすまないものだ。

別の人がこの歌を歌っている映像がいくつか見つかった。

  甲斐バンド - ダイナマイトが150屯 (*1)(現在リンク先は閉鎖)

  ダイナマイトが150屯 / 真島昌利 / LIVE

どちらも比較的最近のものだが、どちらも明らかに「ヒャクゴジュットン」だった。
ということは、伝統的には「ジットン」だが、それが次第に「ジュットン」と
一般化してきた、ということだろうか。

10枚=ジュウマイ、10本=ジッポンと発音を分けていたのが、次第にどちらも
「ジュウマイ、ジュッポン」というように「ジュウ」、「ジュッ」に収束していったのか。


次第に変わっていったのなら、小林旭も最近は「ヒャクゴジュットン」と発音しているのかも、
と思い、ネット上でさがしてみた。

見つかった。これです。

1996年のライブと紹介された記事 (*2)(現在はリンク切れ)
2006年頃の映像と思われるもの (*3)

これは「ヒャクゴジュットン」だ。


やはり、歳月が変われば発音も変わっていく、ということか。

追記 [2017/6/25]

古今亭志ん朝さんの落語で、「『十銭・・・・二十銭』というセリフを『ジッセン・・・・ニジッセン』と早口でいっている」と書いた。このことについて有力な説明を発見したので追記する。

「新訂総合国語便覧」という中学生むけの国語の副読本のなかに「ゆれる読み」という記事があり、その中で「『十銭』はジッセンか、ジュッセンか?」という項目があり、次のように書かれている。

「十」の字音は「ジフ」であるから、前項の説明の通り、「ジッセン」と読むのが本来の形である。「二十世紀・十匹」などすべて同様。「ジュッ」と発音するのは「十」の字音「ジュウ」から誤った類推をしたためだろう。

新版 新訂総合国語便覧  第一学習社 改訂34版 2005年1月10日

こんなに明快に書かれると何も言えない。

日本国語大辞典 〔精選版〕 にも「十」の項目の補注に詳細な説明があった。

「十」の日本の本来の漢字音は単独ではジフ(これがジウ→ジュウとなった)だが、「十本」「十個」「十銭」「十哲」のような語では古くは例外なくジッとなり、「ジッポン」「ジッコ」「ジッセン」「ジッテツ」と言った。これは「十」のように古くは末尾の音がpであった漢字は、後に無声子音で始まることばが来ると促音化したためである(類例、「合(ガフ)」の「合掌(ガッショウ)」「合併(ガッペイ)」)。右のような語は、NHKのアナウンサーはほとんど皆「ジッ‐」と発音しており、多くの国語辞典も「ジッ‐」の形のみを記しているが、現実には、若年層では「ジュッ‐」の形が圧倒的である。本辞典では「ジッ‐」の形で立項・解説し、「ジュッ‐」の形は空見出しとして立項した。

「現実には、若年層では『ジュッ‐』の形が圧倒的である」という表現に心打たれる思いがする。

備考

(*1) このリンク先は閉鎖されていました。[2014/4/18]

(*2) 「1996年のライブと紹介された記事」へのリンクが今では変わっている。一時期はリンク先が別の動画になっていて、その後リンクが切り替えられたというような気がする。いずれにしても、その動画内容を確認することができないので、別のリンク先を見つけたときには再度リンクを張るつもりだが、それまではリンク切れのままとする。[2014/3/14]

(*3)上記の(*2)のリンクが切れていたが、別のソースが見つかった。2番の歌詞のところで、「小林旭50周年記念」という表示が出てくる。小林旭オフィシャルサイトによれば最初の映画出演が1956年なので、それから50年とすると2006年となり、最近の録音と言えるだろう。"ダイナマイトが150屯"のレコードは1958年リリースだから、約50年の時間経過があることになる。[2016/3/31]



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