日本語のあれこれ日記【15】

原始日本語の手がかりを探る[6]―助動詞の活用

[2017/7/19]


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助動詞の活用

このシリーズは、和歌においてラ行音は句頭に現れない(つまり語頭に現れない)が、語末には頻出するのはどうしてだろうか、ということがきっかけでした。ラ行の5文字の不思議の記事です。

ラ行がなぜ語末に頻出するかというと、活用語尾、および助動詞に頻出するからです。

前回までは動詞の活用について分析してきました。今回は助動詞を取り上げます。

最初に、前回の記事で使った動詞の活用表をここでも示します。ただし命令形は削除します。

表 1

活用の種類 四段 ラ行変格 ナ行変格 上一段 上二段 下一段 下二段 カ行変格 サ行変格
語の例 読む あり 往ぬ 見る 起く 蹴る 得(う) 来(く) 為(す)
未然 yom a zu ar a zu in a zu m i zu ok i zu k e zu φ e zu k o zu s e zu
連用 yom i te ar i te in i te m i te ok i te k e te φ e te k i te s i te
終止 yom u ar i in u m iru ok u k eru φ u k u s u
連体 yom u toki ar u toki in uru toki m iru toki ok uru toki k eru toki φ uru toki k uru toki s uru toki
已然 yom e do ar e do in ure do m ire do ok ure do k ere do φ ure do k ure do s ure do

助動詞"る・らる"の活用

ラ行音がかかわる助動詞を考えると、"る・らる"がその代表でしょう。

接続関係を見ると、以下のようになります。

る…四段活用、ナ変ラ変活用の未然形に接続する

らる…上記以外の活用形の未然形に接続する

意味は同じで、接続する相手の動詞の活用の種類でどちらを使うかが決まるというわけです。

"る・らる"の活用形は未然・連用・終止・連体・已然を取り上げます。命令形を取り上げないのは前回までの動詞の活用の場合と同じです。

助動詞の活用表などを見ると、助動詞においては命令形がない例が数多く見られます。考えてみると、推量・願望とか自発の意味の助動詞では命令することはないので、当然といえます。

この点では、いままで動詞の活用について命令形を除いて分析してきたことと整合性がとれていることになり、すこし安心しました。

表 2

助動詞 らる
未然形 られ
連用形 られ
終止形 らる
連体形 るる らるる
已然形 るれ らるれ

一目見て、ラ行音のオンパレードです。

"り"と"ろ"がありません。このことは一応、頭の隅にとどめておくことにします。

ローマ字表記

ローマ字で表記してみます

表 3

助動詞 らる
未然形 re rare
連用形 re rare
終止形 ru raru
連体形 ruru raruru
已然形 rure rarure

一目で気がつくことは、"る・らる"ともに終わりが"e-e-u-uru-ure"という活用で、動詞の下二段活用の活用部分と同じです。

助動詞"る・らる"は「下二段活用する」といって良いでしょう。

活用する部分以外の変化しない部分が語幹ですが、これは"る"は"r"、"らる"は"rar"です。

これを、r+[e-e-u-uru-ure]、rar+[e-e-u-uru-ure]と書くことにします。

つまり助動詞"る"の機能の主体は"r"が荷なっていて、同様に"らる"は"rar"が荷なっているということになります。

脱線しますが、"になう"という言葉は漢字では"担う"が常用漢字表に音訓が採用された表記で、「慣用的には"荷う、荷なう"とも書く」、というように辞書には書かれています。成り立ちとしては"荷"+"なう"(行うという意味の動詞を作る接尾辞"なう")ですから、"荷なう"が適しており、"担う"と書く必要はないと思います。もっとも、それなら"商う"ではなく"秋なう"、"伴う"ではなく"伴なう"あるいは"友なう"になってしまうが、歴史的にそれらの表記は主流ではないから、そのように書くことは妥当ではない、ということでしょうか。あるいは"荷なう"では送り仮名は活用部分とする、という原則から外れてしまう、ということなどを考えると、たしかにどれがいいのか悩ましいですね。

現代語への変化

"る・らる"は現代語では"れる・られる"に変わりました。

上記の表3、表4に現代語を追加してみます。

表 4

古語 現代語
助動詞 らる れる られる
未然形 られ られ
連用形 られ られ
終止形 らる れる られる
連体形 るる らるる れる られる
已然形 るれ らるれ れれ られれ

表 5

助動詞 らる れる られる
未然形 re rare re rare
連用形 re rare re rare
終止形 ru raru reru rareru
連体形 ruru raruru reru rareru
已然形 rure rarure rere rarere

"る・らる"は現代語では"れる・られる"となり、活用は下二段から下一段に変わりました。

下二段活用の動詞が現代語では下一段活用に変化したのと同じです。

上記で、"る・らる"を r+[e-e-u-uru-ure]、rar+[e-e-u-uru-ure] と書きました。

現代語では、r+[e-e-eru-eru-ere]、rar+[e-e-eru-eru-ere] と書くことができます。

古語と現代語の比較では、語幹の"r"、"rar" は変化せず、また活用部分では、未然・連用は変化せず、終止・連体・已然の三つで、次のように変化しています。

・終止形… 活用部分が r-u ⇒ r-eru に変化しています。つまり活用部分の先頭に"er"が挿入されています。

・連体・已然… 活用部分の "uru-ure" が "eru-ere" に変化しています。

終止形の変化は、活用部分が u ⇒ eru と変化しています。

以前の記事で、「ラ行音の侵食作用」と書きました。

終止形は、活用部分が u ⇒ eru という変化で、それと見かけ上は同様の変化です。

終止形が u ⇒ eru と変化した後では、連体・已然が "uru-ure" のままでは連続性が良くないので、 "eru-ere" に変化した、と想像することはできます。(予想とまでは行きませんが)。それは終止形が「ラ行音の侵食作用」を受け、その結果、連体・已然が連動して変化した、のですから、終止形が「ラ行音の侵食作用」を受けたということが下二段活用から下一段活用に変化した原因だ、ということになります。

もっとも、「ラ行音の侵食作用」というようなことがそもそもあったのかどうか、定かではありません。一つの可能性について言っているに過ぎません。また、すでに書きましたが、「ラ行音が侵食した」のか、「(必要があって)ラ行音を導入した」のか、などの可能性についても、一つも分かっていません。

備考

ネットでいろいろと検索していると、派生文法と呼ばれるものがあるようです。解説記事(たとえばhttp://www.inagaki.nuie.nagoya-u.ac.jp/research/derivation_grammar.html)を読むと、たとえば"書く"という動詞は、ローマ字表記で、kak-ana-i、kak-imas-u などと表現していて、語幹は"kak"としているなど、私が書いてきたこのシリーズと大変似たところがあるようです。詳しい情報がないのでまだなんともいえませんが、調べるのが楽しみです。


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