日本語のあれこれ日記【11】

原始日本語の手がかりを探る[2]―ラ行の5文字の不思議

[2017/6/27]


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五十音図全体を眺めると

五十音図全体を眺めてみると、まず気がつくことは、ア行カ行サ行で始まる言葉が多く、ヤ行ラ行ワ行で始まる言葉が少ないことです。

このことはずっと前から経験していました。

下の写真は私が中学生の時に買った、つまり50年以上前に買った三省堂の広辞林の小口の写真です。黄ばんでいて見づらいです。

几帳面なことに、小口に「あいうえお…」と赤色でマークを付けています。

ヤ行ラ行ワ行がとても少ない。

ナ行も少ないです。別の言い方をすると、タ行から徐々に減っていくが、ハ行だけは例外的に多い、と言うことになります。ハ行がなぜ多いのかは今の時点では不明です。

サ行中の"し"のところが特別に多くなっていますが、これは"しゃ"、"しゅ"、"しょ"が多いから、もっと限定していえば"しゃ"、"しゅう"、"しょう"が多いためです。

なぜ"しゃ"は短音が多く、"しゅ"、"しょ"は長音が多いのかは、漢語音(広く漢音呉音等の中国由来の語の音をさす、以下同じ)に関係することだろうと想像します。ちょっと心引かれるところです。

ラ行の5文字は語頭に現れることが少ない、という不思議

ヤ行ラ行ワ行に注目すると、ヤ行はヤユヨの3文字、ワ行は"わ"以外はほんのわずか"ゐゑを"があるだけなので、そうなると、ラ行は"らりるれろ"の5文字がそろっていて数が少ない、というのが気になります。

語頭の"らりるれろ"が少ない、ということはほかの見方からも分かります。

片桐洋一訳・注の古今和歌集には巻末に各句索引があります。多くの古今集の本では初句索引が多く、まれに初句・四句索引がありますが、全句索引はありがたいです。なお、古今集は基本的には1100首を収めていますから、全句索引では5500句が採録されていることになります。

片桐洋一訳・注 原文&現代語訳シリーズ 古今和歌集 笠間書院 2009年4月

五十音でみていくと、次のような音が句頭に現れることが少ないといえます。下記は30句未満の文字をピックアップした結果です。

え…8句

て…13句

に…19句

へ…2句

め…19句

ら…0句

り…0句

る…0句

れ…0句

ろ…0句

ゐ…1句

ゑ…0句

見事にラ行が全く欠けています。

ワ行も"わ""を"を除くと"ゐ""ゑ"でたった1句と少ないのですが、それでも"わ""を"で始まる句はある程度はあるのです。

広辞林の小口で観察した時には、ラ行はこれほど極端に少ないということはありませんでした。

もしかして、ラ行の音は原始日本語にはなく、中国から漢字とともにもたらされた、という可能性はあるでしょうか。

全くありません。

古典の作品では"る"、"れ"は頻出します。

その原因は、よく使われる"る"、"らる"という助動詞と動詞のラ行の活用語尾にあります。

"る"、"らる"は受け身、自発、可能、尊敬という基本となる働きを持ち、出現頻度はとても高いのです。

このほかにも、助動詞では、"たり"、"けり"、"なり"、"めり"がラ行で活用しますし、活用語尾の位置ではありませんが"らし"、"らむ"などがあります。

動詞では、上四段活用およびラ変活用では「ら、り、る、れ」が使われ、上二段、下二段ではそれぞれ"り、る"、"れ、る"が使われるほか、"るる"、"るれ"なとどいうものもあります。

このようにラ行の5文字はとても基本的なところで頻繁に使われています。

ラ行の5文字は動詞の活用語尾に頻出する、という不思議

すこし上で、動詞の活用語尾がラ行になるものが多い、と書きました。

動詞の終止形は活用語尾がラ行では、"る"ということになります。ラ行変格活用では例外的に終止形が"り"になりますが、"あり"、"をり"、"はべり"、"いまそかり"の4語と限定的です。連体形が"ある"という様な形なので、ここでは含めることにして、そのほか終止形が"る"の動詞を見てみます。

すぐに分かりますが、このような動詞はとても多いのです。そこで2音の動詞に絞ってピックアップしてみました。

(カッコは説明を挿入したものです。)


有り在り荒る散る
入る要る煎る
売る熟る
選る
織る降る下る
刈る借る枯る狩る
着る切る
刳る繰る
蹴る
凝る懲る
去る
知る
擦る
競る迫る(狭める)
反る剃る
足る
散る
釣る吊る攣る
照る
採る取る
鳴る成る
似る煮る
塗る
練る
乗る載る告る
張る貼る
干る放る
降る振る
減る綜る謙る
掘る
まる(おまる(名詞))
見る
群る
減る
盛る漏る
やる
Yi 射る鋳る沃る
許る(許される)
Ye
寄る依る因る選る
割る
居る率る
Wu
彫る
折る居る

驚きですね。

「ある、いる、うる、える、おる」、「かる、きる、くる、ける、こる」…とほとんど全部の組み合わせがあります。

ないのは、「らりるれろ」と「Ye、Wu」だけです。ラ行で活用するために音が混乱するのを避けるために「らりるれろ」はない、ということになっている可能性もあります

「Ye、Wu」は文字(具体的には漢字)が中国からもたらされる以前になくなった(ア行の"え"、"う"と同化した)ということを考えると、以前はあったのだろう、と一般論としては可能性を否定できません。例えば、売る/熟るのどちらかは"Wuる"だった、とか。

"Yiる"に当たる動詞として多くの古語辞典で"射る"、"鋳る"、"沃る"などを載せています。これも驚きでした。いずれも上一段活用で、「い・い・いる・いる・いれ・いよ」と活用する中の"い"は"Yi"だと言うことですね。

すべての文字と活用語尾"る"の組み合わせで、"ないものはない"という状態に近くなっています。

こうしてみると、人工的な言語のように、動詞の活用語尾は"る"として、その上に機械的に「あいうえおかきくけこ…」を割り当てていったのかしら、と想像がふくらみます。そうなれば日本語の発明者がいたことになります。

人工的な言語といっても、例えばエスペラント語は「機械的に『あいうえおかきくけこ…』を割り当てていった」のではなく、従来の言語の影響を残しています。ただし、名詞、形容詞、動詞の現在形、過去形は、語根にそれぞれ"o"、"a"、"as"、"is"を付ける、という機械的な操作で語を構成しています。(日本エスペラント協会の★ エスペラント1分間講座)

2音動詞の同音異義語の特徴

ここに上げた2音動詞では同音異義語が発生しています。

例えば、"かる"に着いては、刈る、借る、枯る、涸る、狩る、駆る、離るなどがあります。

うまくできているな、と思いました。

意味がかぶりそうなものがうまく避けられています。

[刈る]髪の毛や植物の根元で切る

[借る]ある物を他人から一時的に受け取って使い、後で返却する

[枯る]植物などが元気を失う

[涸る]水のあるところから水がなくなり乾燥する

[狩る]獣や魚などを捕らえる

[駆る]馬などを走らせる、人をむりやりやらせる

[離る]人が離れていく、疎遠になる

"枯る"と"涸る"はどちらも水分がなくなっていくことですが、生物(枯る)と土地(涸る)では混用の恐れはないでしょう。

もう一つ考えるべきことがあります。

日本語では一つのカテゴリーととらえられていたことが、中国では(漢字では)別々のカテゴリーだと認識されていために、同じ訓を複数の漢字に割り当てたという可能性です。

"かる"の例では、もっとも親近性があるのは"枯る"と"涸る"と思います。どちらも水分と言いますか、水気といいますか、それが少なくなっていくのが"枯る"と"涸る"です。ただし、「井戸が涸れる」と「草花が枯れる」では現象としてかなりの相違があります。

やはり、ベーシックな2音語が望ましく、同音異義語であってもいとわない、という感覚があったのでは無いかと思います。


まとめると、ラ行の5文字は、語頭に現れないが、動詞の活用語尾や助動詞に広く使われる、と言うことになります。

動詞の構造

動詞には接尾辞を伴った(ように思える)言葉があります。例としては"なう"、"しむ"、"らぐ"、"めく"などがあります。

おこなふ(行ふ)、あきなふ(商ふ)、やしなふ(養ふ)、になふ(担ふ=荷+なふ))、あがなふ(購ふ)、あざなふ(糾ふ)、うしなふ(失ふ)、うらなふ(占ふ)など

したしむ(親しむ)、いそしむ(勤しむ)、つつしむ(慎む)、かなしむ(悲しむ)、あやしむ(怪しむ)、いつくしむ(慈しむ)、いましむ(戒む)、をしむ(惜しむ)など

やすらぐ(安らぐ)、やわらぐ(和らぐ)、たいらぐ(平らぐ)、ゆらぐ(揺らぐ)、うすらぐ(薄らぐ)など

きらめく(煌めく)、ひらめく(閃く)、ざわめく(騒めく)、ときめく(時めく)、春めく/夏めく/秋めく/冬めくなど

たとえば、商うは"あき(秋)"+"なう"で、秋の収穫物をもとにことを行う、つまり商売をする(主に物々交換でしょうが)、と解釈することができます。これは昔、たぶん国語の時間に教師から聞いたものです。

「小学館 古語大辞典」の"あきなふ"の項では【語誌】の欄に次の記載があります。

"あき"は秋、秋の収穫物で、これを交易・販売するの意という。"なふ"は動詞化のための接尾語。(カッコの使い方などは一部変えています)。

ただし同書には、「行う」、「養う」について「動詞化のための接尾語『なふ』(現代語では『なう』に関する言及はありません。

同じく同書では、"あがなふ(購ふ)"について、「あかふ」と同根とし、中世の頃まで清音であったらしい、と書いています。つまり"あかなふ"だったということになります。"なふ"に関する記述はありません。

また、"あざなふ(糾ふ)"については、「"あがふ(購ふ)"から"あがなふ"が発生したように、"あざふ"から発生したものか。"あぜくら(校倉)"、"あぜなは(絡縄)"などのあぜはこの語の"あざ"と同根であろう」と書いています。つまりどちらも「語幹+"なふ"」という構造ではない、ということになります。

"うしなふ"については"失す"+接尾語"なふ"の構造としています。"なふ"については「その行為をする意を添える接尾語『なふ』」という記載です。

このように、見かけ上はそうであっても、語幹+接尾辞というような成り立ちがすべてに当てはまるわけではありません。

でも、"しむ"や"めく"はいかにも動詞を作る接尾辞という感じがあります。

したしむ(親しむ)、かなしむ(悲しむ)は、形容詞の語幹"親し"+"む"、形容詞の語幹"悲し"+"む"という構造のようです(前掲書)。

さらに古代から"悲しぶ"、"悲しむ"の両方が使われてきて、最初は"悲しぶ"が優勢で、鎌倉期には両方併記、室町期では"かなしむ"だけになる、という変遷の記載があり、また、"ぶ"は動詞型接尾語としています。

"めく"は接尾語として問題ないようですね。

"○○めく"、という動詞はほとんどが"めく"の前の○○の部分を切り出したとき、その意味が推測できます。例えば"うごめく"を考えると、"うご"は"動く"だろうと推測できます。ただし、"うご"+"く"とすると、"うご"とは何か、"く"とは何か、とい疑問が出てきます。"ざわめく"が"さわ"+"めく"で、"さわ"は"さわぐ(騒ぐ)"の語幹の様に思えます。こちらでは"ぐ"とはなにか、ということになります。

なるほど、いろいろなことがありますね。

古語の"上ぐ"は他動詞で現代語では"上げる(あげる)"です。自動詞は古語からずっと"上がる(あがる)"です。同じように、古語の"下ぐ"は他動詞で現代語では"下げる(さげる)"です。自動詞は古語からずっと"下がる(さがる)"です。ここでも"る"は動詞をつくる役割をはたしているかのように見えます。

別の見方をすると、"上ぐ"が下二段活用だったものが、現代語"上げる"では下一段活用であるという、活用形の変化が関係している、ということも考えられます。

"る"には動詞をつくる接尾辞という面があるのかどうか、今後の検討課題です。

活用形との関係

多くの活用形で、連体形、已然形に"突然"の様にラ行が現れてくるのはとても奇異に感じます。

四段活用がその行だけで活用する(例えば"読む"は「まみむむめめ」と活用する)のに対し、上二段活用の"起く"は「き・き・く・くる・くれ・きよ」です。四段活用はその行だけで活用し、ラ行変格活用はもともとラ行です。その他のナ行変格、上一段、上二段、下一段、下二段、カ行変格、サ行変格の各活用形では連体形、已然形で突然ラ行の音が入ってきます。

こう考えてくると、やはりラ行というものは特別なものだ、という印象が深まります。

備考

改訂 新潮国語辞典―現代語・古語―の付録中の国文法概要・口語活用表で、四、助動詞の項に次のような記載がありました。

「る」「らる」「す」「さす」「しむ」について、これらは上の動詞の意味の能動・受身・使役・自発態を示していて、言語主体の判断を示すう右表の助動詞とは根本的に性質を異にする。したがってこれを接尾語と認めようとする見方がある。しかし、動詞に直接に付くという点で他の助動詞と同趣とする一般の取り扱いに従って助動詞とした。



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