日本語のあれこれ日記【1】

格助詞「に」と「へ」の使い分け

[2013/11/13]


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「東京に行く」と「東京へ行く」というときの、格助詞「に」と「へ」の使い分けについては、「に」は目的地に対して、「へ」は方向に対して、というのが定説になっている。

だが、それでは割り切れないことも時にはある。


引退した歌手山口百恵さん(引退しているので"さん"づけ)の持ち歌に「穏やかな構図」という曲がある。

作詞は来生えつこ、作曲は来生たかお。(二人とも活動中の芸能人なので敬称なし)


問題の歌詞は次の二か所である。

    「お茶をいれてそばへ置くと」
    「ここへ来て そばへ来て」

どちらにも違和感を感じてしまう。

    「お茶をいれてそばに置くと」
    「ここに来て そばに来て」

ではないのだろうかと、長い間思ってきた。

もっとも作詞家として有名な人であるから、こんな事で間違えるはずがない。


最近、ある考え方ができることに気付いた。


「そばに置くと」であれば、お茶は相手の人物が手を伸ばせば届くところに置くというイメージである。
これが普通の状態だろう。

置いた人は、相手の息遣いが感じられるくらいのところまで近づいてそこに茶碗を置くのである。

「そばへ置くと」では、相手の人物からちょっと距離がある。数歩離れた位置、というところだろうか。

具体的なイメージとしては、比較的広い部屋のなかで、相手は窓際にいるときに、部屋の中央にあるテーブルの上に茶碗を置いた、という感じである。

あるいは、相手がテーブルの前の椅子に座っているとすると、本人はテーブルの端にいて、腕を伸ばして茶碗を相手の近くに置いた、という感じである。


なぜ「そばに置く」のではないのか。

それは相手の人物との心理的な距離感である。

このことに最近気が付いたのである。

相手の息遣いが感じられるくらいのところまで近づくことは、まだためらっているのである。


「ここへ来て そばへ来て」についても同じで、「ここに」、「そばに」という非常に具体的な位置を示すのではなく、「このあたり」とぼかしているのである。


だから、格助詞「に」と「へ」の使い分けについては、

    「に」は目的地を具体的に示す
    「へ」は方向を示す、または目的地をあいまいに示す
という表現の方がいいように思う。

「目的地をあいまいに示す」のだから、「目的地の方向くらいを示す」というになるのではないだろうか。


ただし、どちらも同じような意味で使える場合もある。

例として思いついたのは、残念ながら大したものではない。
    「だれか逃げてきたやつを見なかったか」
に対して
    「あっちに行った」
    「あっちへ行った」
では違いはほとんど感じられない。これは「あっち」という言葉であいまいに方向を示しているので、違いが出てこないのだろう。

区別がつかないこともあるのは確かだ。



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