気まぐれ日記 24 古今集 637 しののめの ほがらほがらと 明けゆけば


[2015/1/27]

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古今集 637 しののめの ほがらほがらと 明けゆけば

古今集 637 はよみ人知らずの歌です。

しののめの ほがらほがらと 明けゆけば おのがきぬぎぬ なるぞかなしき

後朝(きぬぎぬ)の別れの悲しさを歌った、分かりやすい歌です。特別な趣のない、平易な、といってもいいくらい・・・・「ほがらほがら」の部分を除けば。

「ほがらほがら」、とても印象的な響きです。

辞書を当たると、「ほがらほがら」または「ほがらほがらと」の形で、形容動詞として採録してあり、この歌が例文として出ています。漢字では「朗ら朗ら」です。文例がどれもこの歌なのは、ほかに有力な文例はないのでしょうね。辞書によって、この語の意味は、ニュアンスが少し異なります。

古語大辞典・・・・明るくなって万物がはっきりと見えわたるさま
三省堂 全訳読解古語辞典(第三版)・・・・空がほのぼのと白むさま
岩波古語辞典・・・・晴れ晴れと明るいさま。空などがいかにも気持よく明けてゆくさま
角川全訳古語辞典・・・・この語は採録されず

「ほがらか(朗らか)」に近い言葉だろうとは、漢字表記からも、また辞書に見出しが並んでいることからも、見当が付きますが、全訳読解古語辞典には次のように明解です。

「形容動詞『朗らなり』の語幹を重ねた語」

ただし、「朗らなり」とは何でしょうか。上記のどの辞書でも「朗らかなり」は採録されていますが、「朗らなり」の語はありません。

「朗らなり」の語は手もとの広辞苑に見つかりました。「『ほがらか』に同じ」とあり、子見出しに「ほがらほがら」を載せ、この歌を例文としています。

古語大辞典の「朗らか」の項の「語誌」の欄に「『か』は接尾語」とあります。また上記の全訳読解古語辞典の「『朗らなり』の語幹」という解説によれば、語幹は「朗ら」です。

たしかに、「ナリ形容動詞」には「××かなり」という形の言葉はたくさんあります。あきらか、かろやか、あざやか、にぎやか、ささやか、さわやか、まろやか、など、どんどん浮かんできます。

つまり、「ほがらほがら」または「朗らか」の中核となる言葉は「ほがら」です。

多くの場合に目にする記述を基に考えてきましたが、日本の古文には、もともとは濁音の表記はないはずです。たとえば、日文研データベースの中の和歌データベースにある古今集(*1)で637番歌を見ると、次のような表記で、オリジナルはこのような形で書かれていたのです。

しののめの-ほからほからと-あけゆけは-おのかきぬきぬ-なるそかなしき

(ここでは句間は記号"-"で結んでいます。)

ですから、少し上のところで、「中核となる言葉は『ほがら』」と書きましたが、文字表記の点では「ほから」というべきでしょう。

はひふへほ―FaFiFuFeFo―PaPiPuPePo

現代語の「はひふへほ」は、中世では「FaFiFuFeFo」、古代では「PaPiPuPePo」だった、ということは定説のようです。たとえば「母(はは)」は中世では「ふぁふぁ」、古代では「ぱぱ」と発音されていた、というものです。「母」は昔「パパ」だったということになります。

そうであれば、「ぽがら」が「ふぉがら」になり、「ほがら」に至った、ということは考えられないでしょうか。

さらにいえば、半濁音と濁音が続くのは調和しないような感じがあるので、最初は「ぽから」だったということは考えられないでしょうか。上記のように、文字表記としては「ほから」だったのですから、「ほから」と書いて「ポカラ」と呼んでいた、という可能性です。半濁音と濁音が続くのはどうなのか、という点については根拠は何もありませんが、興味はあります。発音としては、「ぽから」が「ふぉから」になり、さらに「ほから」と変化たものが、連濁により「ほがら」になった、という想像です。

連濁とは、「茶(ちゃ)」と「殻(から)」がくっついて「茶殻(ちゃがら)」になる、というように、後の言葉の最初の清音が濁音に変わる、というものです。連濁という現象がいつから見られるのか、ということについては何も知りませんが、表面的には"つじつま"が合います。根拠はありません。

ヒマラヤ

なぜ「ぽから」にこだわるのかといえば、ヒマラヤに「ポカラ」という印象的な名前の都市があるからです。山が好きな私にとってあこがれの地です。

ポカラはネパール第二の都市で、6993mのマチャプチャレの間近にあり、アンナプルナ、ダウラギリといった8000m前後の山々の入口として有名です。この都市名の由来は、湖を表す「ポカリ」であるという解説記事があります。ポカリについては次でふれます。

このほか、名前の響きが良いヒマラヤの地名として、「ドゥード・ポカリ」もあげられます。英語表記では"Dudh Pokhari"となります。"Dudh"がミルク、"Pokhari"が湖とか沼です。この「ポカリ」も印象的です。残念ながら、日本でスポーツ飲料の名前として使われたので、神秘性がなくなってしまいました。

ついでですが、エベレストの二大展望台として、カラ・パタールとゴーキョ・ピークが有名です。そして、ゴーキョ・ピークのふもとにある湖がドゥード・ポカリなのです。

カラ・パタールの"カラ"はカラコラム山脈というときの"カラ"と同じで、「黒い」という意味と聞いたことがあります。"カラ"が日本語の「黒(クロ)」と音が似ていて、両者を関係づける考え方があることを、むかし、何かの本で読んだことがあります。

山の名前として好きなのは「プモリ」ですね。高さ世界一のエベレスト(ネパールではサマルガータ、中国ではチョモランマ)のすぐ西にあり、高さ7165m。端正な三角形をしていて、一般的には「美しい山」として有名です。

星の名前

星の名前として好まれる第一の星は「スピカ」でしょう。天文ファンの中には、女の子が生れたとき、名前を「すぴか」にした、という人がいるくらい。おとめ座の主星です。もっとも、星の名前は、なかなか良いものがそろっていて、私の中ではプロキオン、フォーマルハウト、スピカがトップ3です。

ぱ行

結局、「ぱ行」の音を"響きがいい"、と感じるようですが、私のこの好みはどこから来ているのかわかりません。古代の日本語では「ハ行」はなく「パ行」だったものがいったん「ファ行」になり、更に「ハ行」に変わり、失われた「パ行」は外来語として復活した、という歴史をなぞってみると、失われた過去への憧憬なのでしょうか。

そういえば、作る料理としては、最近は"ぺペロンチーニ"がダントツに多いのです。

パ行の言葉を考えてみました。

かっぱ(河童、合羽)、いっぴき(一匹)、いっぷ(一夫多妻)、きっぷ(切符)、にっぽん(日本)。ぺは少ないですね。茨城の方言では「ぺ」が頻発します。「××すっぺ」は「××しよう」の意味です。

こうしてみると、半濁音は促音とペアで出現することが多いのですね。1本、2本、3本、というように「本」という数詞を使う場合の最初の三つは、ぽん、ほん、ぼんと全部違います。「っ」の次はポン、「ん」の次はポン、それ以外はホンとなるのですね。一、十、百、千、万、億、兆と並べてみると、いっぽん、じゅっぼん、ひゃっぽん、せんぼん、いちまんぼん、いちおくほん、いっちょうほん、というように、とても規則的になっています。でも私の好みが促音と関係しているとはちょっと考えられません。

語頭のパ行はないのでしょうか。擬音語、擬態語なら簡単に思いつきます。ぱらぱら、ぱんぱん、ぴりぴり、ぴんぴん、ぷりぷり、ぷんぷん、ぺろぺろ、ぺんぺん(ぺんぺん草など)、ぽりぽり、ぽんぽんなど。規則性があるような、ないような。どうなんでしょう。

最後に

このシリーズはあくまでも「気まぐれ日記」なので、結論がある、というものではありません。でも、「ほがらほがら」という響きがとても印象的なので、いろいろ考えてみると、「ぽから」→「ふぉから」→「ほから」→「ほがら」というように変化してきた、ということも"ありうる"と想像をたくましくして、なかなか楽しい思いができました。実際のところ、"ありうる"というよりは、"その様なことはあり得ない、と頭から否定することはできないのではないだろうか"、というくらいのきわめて消極的な判断ですが。

追記 [2015/02/22]

「ほがら」、「ポカラ」、「朗らか(ほがらか)」ですが、最近の辞書ではそれらが連続した項目として収録されていました。我が家にある辞書では語数の多いものとしては広辞苑があるのですが、「ポカラ」は収録されていません。第三版で昭和58年発行ですから、1983年、30年以上も前になるのですね。図書館で新しい版の辞書を見ると、広辞苑(第六版)、大辞林(第三版)のどちらにも、次の順序で項目が並んでいました。これを見ていたなら、「ほがらほがら」からすぐに「ポカラ」を連想する事ができたでしょうね。なお、大辞泉(第二版)には「ポカラ」はありませんでした。

ほがら(この子見出しとして"ほがらほがら"がある)
ポカラ
ほがらか

それにしても、代表的な中型国語辞典の広辞苑と大辞林で項目の立て方がこれほど似ているのには驚きました。また、30年前の広辞苑に「ポカラ」が収録されていなかったということは、この30年で海外旅行が盛んになったということの表れでしょうか。

参考文献

(*1) 古今集 637番歌 2015/1/27確認



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