気まぐれ日記 22


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[2014/9/15] 枕草子 第32段 網代ははしらせたる その8 釭の構造を考える

鉄の分量を示す時、古事類苑の延喜式を引用したところでは"4廷"などように"廷"の文字が使われます。しかし、この文字については、辞書に当たると、金属の分量に関係する意味は見当たりません。諸橋の大漢和(補追まで含めても)、新潮社の日本語漢字字典を含めてものことです。

いくつかの文献には、"鋌"、"鉄鋌"が出てきます。一定の形・サイズに整形した金属で、"いわゆるインゴット(ingot)"という観念に近いもののようです。

念のため延喜式の原文を見てみると、確かに"金編"はついていません。ただし、別の問題が出てきて、異体字と言うのでしょうか。現在の書体からはかけ離れた感じが多数出てきて、収拾が付きません。

たとえば、一つ前の記事で、「釘料鉄三廷」という表現を取り上げましたが、近代デジタルライブラリで見るもうひとつの延喜式(国史大系本)では、「釘※三廷」という表記です。"※"は米偏に"斤"という字で、またここでは"鉄"という文字はありません。

比較のため、二つの画像を以下に示します。どちらも「インターネット公開(保護期間満了)」の表示により、転載等に制限はありません。左の画像は「国史大系. 第13巻」コマ番号294(延喜式巻17 内匠寮)、右は古事類苑 器用部29 輿」コマ番号8("延喜式巻17 内匠"の引用部分)です。

延喜式の漢字表記1 延喜式の漢字表記2

1廷の重量について参考になる情報として、「鉄の時代史」に下記の記述があります。

延喜式では・・・・注記に「三斤五両為廷」とある

1廷は3斤5両ということですね。斤は16両ですから53両になります。1両を41g(大辞林では41~42g)とすると、2173g。

1両は、大辞林(三省堂)では41~42g、「鉄の時代史 p.100」では41.1g、古語大辞典(小学館)では37.5gとあり、よくわかりません。時代に依っても変わっていたのでしょう。

「腰車では釘に7廷、釭に4艇」と書きました。それに従うと、釭に15.2Kg、釘に8.7Kgを使用することをになります。昔の釘は大きかったのでしょうが、それにしても多いです。

釭の形状

このシリーズの3回前の記事で、「釭が『轂をつらぬく円筒』なのか、『両端部にはめ込んだリング状のもの』なのか」がまだわからないと書きました。

「釭に15.2Kg」ということをもとに、釭がどのくらいの鉄を使用するのかを検討してみます。

釭の内径は、15.0cmということを「気まぐれ日記 19」に書きました。

釭の外径は、同じ記事の写真を見ると車輪の中央に白い輪が見え、これが釭であるとすると、23.9cmです。厚みは (23.9-15.0)/2=4.5(cm)。これはかなり厚い。

釭の体積を求めるには釭の長さを知る必要がありますが、これが分りません。「気まぐれ日記 19」に車輪の断面図がありますが、轂の部分が巨大で、これは祇園祭の鉾という非常に重いものを載せるためにこれほど大きくなっているのではないか、と感じます。普通の牛車ではこれほど大きなものが必要とは思えません。

古事類苑に牛車の図がある(コマ番号6)のでそれを見てみると、構造が分っていないので判断が難しいのですが、結構な厚みがあるようにも見えます。大まかに見て、車輪の径の1/8くらいでしょうか。

延喜式の漢字表記1


近代デジタルライブラリから「インターネット公開(保護期間満了)」の表示により転載しました。


そこで概略値として20cmとしてみます。

釭を単純な円筒形と仮定すると、内径/2=7.5、外径/2=12.0なので、断面積S=π(122-7.52)=275.5(cm2)。よって体積は 275.5*20=5511cm3。鉄の比重は7.85ですから、重量は5511*7.85=43.26Kg。車輪は2個ありますから、合計は86.5Kg。

釭に使用する鉄の分量として上に書いたのは15.2Kgですから、だいぶかけ離れています。ということは、単純な円筒形ではなく、轂の両端部に枠をはめたような形状でしょうか。その場合はどうなるでしょうか。

厚みを4.5cmとしているので、長さ方向も同じ4.5cmとして見ると、車輪1個当たり2個(車輪のおもて側と裏側)必要ですから、体積は 275.5*9=2480cm3。重量は2480*7.85=19.5Kg。車輪2個では39.0Kg。

まだまだ数値が大きいですね。長さ方向を2.0cmとすると17.3Kg。これだと数値としてはかなり近づいたことになります。

厚みが4.5cmで長さ方向が2cmとすると、本当に輪の様なものを轂の両端にはめたもの、ということになってしまいます。長さ方向に2cmしかないと、轂にはめ込んで抜けないようにする工夫が必要でしょうね。

更に想像をめぐらすと、厚みがもっと少ないのかもしれない。たとえば、厚みが2.0cmで長さ方向が4.5cmとすると、17.3Kgで、さすがに長さ方向が4.5cmあると、轂にはめて抜けないようにする工夫も楽になりそうです。鋳物の鉄の厚みが2cmというのは薄すぎないか、ということについては、鋳造の技術がどの程度なのかを知らないと判断ができません。鉄はさびやすいので、遺跡を発掘して釭が出てきた、ということは期待薄です。

これれ以上数値をいじっても意味がないのでやめます。もっとも、以上の計算も想像をもとに数字をいじったというものでしかないですね。

車(腰車、牛車)と輿における鉄

前回の記事に関わる鉄の分量の表記について表にまとめました。

輿 御輿一具 釘料鉄 3廷
輿一具 3廷
御腰輿一具 1廷
腰輿一具 1廷
腰車一具 11廷
牛車一具 4廷 一具

これを見ると、二つの腰輿(ようよ)は使用する鉄の量が少ないことから、かなり簡略した形式のものと思われます。

腰車と牛車の原材料・工数の比較

鉄の使用について調べるために、延喜式の"製作"の項に書かれた腰車と牛車の原材料・工数を一度まとめたことがありますので、何かの参考になるかもしれないと思い、ここに残しておきます。腰車と牛車を比較してあります。ただし工数は、期間の記述がないため、人数のみの表記です。

クリックすると別ウィンドウに表示されます。

青で染めた行は腰車と牛車で対応が付きそうな項目を示します。こうしてみると、さまざまな相違点がありますが、詳細は分りません。



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